第74話
文字数 1,285文字
「だ、大丈夫だよ、似合ってるよ、一来君……」
稜佳は大真面目な口調で慰めたが、片眉があがり、口元は両はじが上がろうとするのを無理に抑え込んでいるので、もごもごと動いていた。笑いをこらえている三人を見回し、「やっぱりドラムなんか引き受けるんじゃなかった……」と一来がぼやいた時、ガラッと部室のドアが勢いよく開きました。
「大変なことになった!」と、強ばった顔の浅葱先生が部室に入ってきました。「Death ClownのポスターがSNSで拡散されていたんだ」
「え、でも……、それは別に、問題ないですよね?」
ポスターを作成した稜佳が、不安そうに首をかしげました。
「ポスターには顔は出してないし。メンバー名には芸名を載せていたし、個人情報は写真に限らず、何も流出させていないように気をつけました。このポスターが拡散しても問題ない……と、思いますけど」
「それが、SNS上のポスターでは、Death Crowのコピーバンドだという説明文が消されてるんだ」
稜佳がはっと息を飲み自分のスマートフォンを取り出しました。素早くいくつかの検索ワードを入力すると、拡散したポスターを見つけ出し、目を見開きました。
「何、これ……」稜佳が画面をマスターと一来に見せる。 ロゴマークも加工され、Death Clownの後ろに描かれているのは、王冠ではなく本家と同じ翼を広げた鴉になっています。
「これじゃ……、本家が出るって皆勘違いしちゃう。だからこんなにお客さんが押し寄せちゃったんだ。どうしよう……」稜佳は机に手をついて、体を支えました。「コピバンだってわかったとたんに、大変なことになっちゃうよ」と言って目を瞑りました。
閉じた瞼がピクピク痙攣しています。なんどか深呼吸を繰り返し、ゆっくりと瞼が持ち上がりました。稜佳の瞳には怯えが見えました。これから起こる災厄を、その瞳の中にはっきりと見ているようです。
「ごめん……、アイラ、一来。二人とも、ごめんなさい……」稜佳は頭を下げました。
「なにが」マスターの声が平らに響く。質問でもなく、怒りでもなく。
「稜佳ちゃんが悪い訳じゃないだろ」一来が稜佳の肩を軽くぽんぽん、とたたきました。「ほら、顔をあげなよ」
「二人はこれから起こることが分かってないんだよ。いい? あの人たち……」
窓を指さす稜佳の指先が小刻みに震えています。先ほどまでは応援してくれると思っていた客は、今ではほんの数十分後に敵意を向けて来るに違いない正体不明の集団となって、押し寄せてきていました。黒い服はさながらサバトに赴く人々の群れのようです。
「私たちがDeath Crowじゃないと知ったら、暴徒化してもおかしくないんだよ。そうでなくても、ひどいヤジが飛ぶだろうし、リアル炎上するのはほぼ確実なんだよ!」
浅葱先生が落ち込む稜佳に足早に寄ってきました。ふと一来が顔をあげて浅葱先生を見ました……。
「あっ……」と小さく声をあげ、反射的に空中を手で払う仕草をしました。どうやら一来は気が付いたようです。浅葱先生が影だということに。そしてすでに影羽虫にたかられているということに。
稜佳は大真面目な口調で慰めたが、片眉があがり、口元は両はじが上がろうとするのを無理に抑え込んでいるので、もごもごと動いていた。笑いをこらえている三人を見回し、「やっぱりドラムなんか引き受けるんじゃなかった……」と一来がぼやいた時、ガラッと部室のドアが勢いよく開きました。
「大変なことになった!」と、強ばった顔の浅葱先生が部室に入ってきました。「Death ClownのポスターがSNSで拡散されていたんだ」
「え、でも……、それは別に、問題ないですよね?」
ポスターを作成した稜佳が、不安そうに首をかしげました。
「ポスターには顔は出してないし。メンバー名には芸名を載せていたし、個人情報は写真に限らず、何も流出させていないように気をつけました。このポスターが拡散しても問題ない……と、思いますけど」
「それが、SNS上のポスターでは、Death Crowのコピーバンドだという説明文が消されてるんだ」
稜佳がはっと息を飲み自分のスマートフォンを取り出しました。素早くいくつかの検索ワードを入力すると、拡散したポスターを見つけ出し、目を見開きました。
「何、これ……」稜佳が画面をマスターと一来に見せる。 ロゴマークも加工され、Death Clownの後ろに描かれているのは、王冠ではなく本家と同じ翼を広げた鴉になっています。
「これじゃ……、本家が出るって皆勘違いしちゃう。だからこんなにお客さんが押し寄せちゃったんだ。どうしよう……」稜佳は机に手をついて、体を支えました。「コピバンだってわかったとたんに、大変なことになっちゃうよ」と言って目を瞑りました。
閉じた瞼がピクピク痙攣しています。なんどか深呼吸を繰り返し、ゆっくりと瞼が持ち上がりました。稜佳の瞳には怯えが見えました。これから起こる災厄を、その瞳の中にはっきりと見ているようです。
「ごめん……、アイラ、一来。二人とも、ごめんなさい……」稜佳は頭を下げました。
「なにが」マスターの声が平らに響く。質問でもなく、怒りでもなく。
「稜佳ちゃんが悪い訳じゃないだろ」一来が稜佳の肩を軽くぽんぽん、とたたきました。「ほら、顔をあげなよ」
「二人はこれから起こることが分かってないんだよ。いい? あの人たち……」
窓を指さす稜佳の指先が小刻みに震えています。先ほどまでは応援してくれると思っていた客は、今ではほんの数十分後に敵意を向けて来るに違いない正体不明の集団となって、押し寄せてきていました。黒い服はさながらサバトに赴く人々の群れのようです。
「私たちがDeath Crowじゃないと知ったら、暴徒化してもおかしくないんだよ。そうでなくても、ひどいヤジが飛ぶだろうし、リアル炎上するのはほぼ確実なんだよ!」
浅葱先生が落ち込む稜佳に足早に寄ってきました。ふと一来が顔をあげて浅葱先生を見ました……。
「あっ……」と小さく声をあげ、反射的に空中を手で払う仕草をしました。どうやら一来は気が付いたようです。浅葱先生が影だということに。そしてすでに影羽虫にたかられているということに。