p.12

文字数 907文字


それから30分程車を走らせると、ガラリと景色が変わった。オフィスビルのような高い建物は見当たらなく、一軒家が広い間隔で建っている。そして、それを囲む山々。昼間だったら緑豊かな景色が見れただろう。

早坂さんは車の速度を20キロまで落とし、携帯を見ながら舗装されていない砂利道をゆっくりと進んで行く。

「川に架かる橋って、コレの事よね」

「たぶんな。しかしボロい橋だな。渡ったら崩れ落ちるんじゃないか」

「・・・怖い事言わないでくださいよ」

車1台分の幅の橋を渡り、更にまっすぐ進むと何もない広場が出てきた。ここで行き止まりだ。早坂さんは山のほうに向かってまっすぐ車を停めた。

「ここからは歩きね」

「あ、山って言うからもっと高い所に行くんだと思ってました」

「そうね、山って言うより森林ね」

「けっこう歩くんですか?」

「現場まではここから北へ50メートルくらいって話だけど、目印になる物もないからわからないわ。まあ、歩いてればそのうち出てくるでしょ」

そんな、探し物みたいなノリでいいのか?
車を降りた早坂さんはトランクから懐中電灯を取り出し、わたしと瀬野さんにそれぞれ渡した。前回のヘッドライトじゃなくて、ちょっと安心する。
そしてもう1つ、わたしに差し出した。

「なんですかコレ」受け取り、広げる。「割烹着?」にしては生地が厚く、重い。

「防炎服よ。火に強いから」

「・・・コレを、着ろと?」

「ええ、念には念をよ」

「・・・お2人の分は?」

「あたし達はいらないわ。そんな簡単に燃えないわよ」

その自信の根拠をお聞かせ願いたい。
どうせ、わたしに拒否権はない。黙ってその"割烹着エプロン"に袖を通した。

「手術室にいそうだな」

ええ、色も青ですからね。早坂さんがわたしに後ろを向かせ、背中の紐を結んでくれた。

「ふふ、可愛いわ」

わたしの中の可愛いという認識が合っているなら、早坂さんは絶対間違っている。

「ずるい・・・なんでわたしだけ」

「ん?何か言った?」

「いえ別に」

「誰に見られるもんでもない、気休めでも着ないよりはマシだろう」

「じゃあ瀬野さんにお譲りします」

「そんなもん着るくらいなら火傷のほうがマシだ」

濁りのない正直さに反論の余地なし。

「よし、行くぞ」



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み