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文字数 727文字


思わず、自分の手を確認した。血は出ていない。解放されたその子は、高笑いと共にその場から逃げ出した。

「あっ!待っ・・・」追いかけようとしたけど、足が動かない。あの爪で攻撃されたらと思うと、恐怖で足が竦んだ。


「雪音」

聞き慣れた声に、ハッとした。

─── まずい。

さっきとは非にならないくらい、心臓がバクバクと音を上げる。

ゆっくりと振り返った。お母さんはその場に立ち、両手で顔を覆っている。

「お母さん・・・」

何てバカなんだ。勝手に身体が動いていたとはいえ、このタイミングで ──。
そうだ。わたしは、お母さんと買い物に行った帰りだったんだ。

一連のやり取りを、お母さんは全部見ていた。
わたしが見えない何かに話しかけ、存在しない何かを掴み、声を荒立てるその姿を。

今のわたしに、何が言える?何を言っても信じてもらえないわたしが、何を?

お母さんは、しばらくその場に立ち尽くしていた。顔を覆い、表情が見えず、泣いているのかと思った。

わたしは待った。お母さんが何か言ってくれるまで。でも、お母さんは何も言わなかった。落とした買い物袋をゆっくりと拾い上げ、「帰りましょう」その一言だった。

わたしはお母さんの後ろを離れて歩いた。
なんとなく、側に行ってはいけない気がしたんだ。お母さんは1度も振り返らない。

あの子を掴んでいた自分の手を見た。
あの時、離さなければ、怪我をすれば、そしたら、お母さんも信じてくれたかな。


その日、家に帰ってからのお母さんは明らかに様子が変だった。一点を見つめ、ボーッとしていることが多く、時々大きなため息をついていた。
日常的な会話はするが、わたしを見ようとしない。目を合わせるのを避けているように感じた。いつもと変わらない空間なのに、息が詰まりそうだった。










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