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文字数 944文字


──ヤバイ。また来る。

その時、わたしの目に、2つの事が見えた。

わたしを抱き上げた早坂さんが、ギリギリのところで糸を避ける。
瀬野さんが、蛾に向かってナイフを投げる。

初めて聞く"音"だった。ナイフがお腹に命中した蛾の悲鳴だ。声というより、地鳴りのような轟音。羽の動きが止まり、蛾は地面に脚をついた。

そして、また2つの事が同時に視界に入ってきた。
空から向かってくる空舞さん。地上から向かう瀬野さん。2人はほぼ同時に、ターゲットの頭にナイフを突き刺した。

蛾はピクリとも動かない。そして頭から徐々に白くなり、塵と化していく。
見るのはこれで3度目だが、神秘とも言えるこの光景に思わず見入ってしまう。そのうち慣れる日が来るんだろうか。

早坂さんが、わたしを降ろした。足についた糸をナイフで切ると、蛾同様、塵となって消えた。

「ありがとうございます」

スッと立ち上がった早坂さんは、無言でわたしを見下ろした。──あ、まずい。

「また、やってくれたわね」

「いや、それが、また勝手に足が・・・あっ、そうだ、靴」逃げるように靴を取りに行く。

「ほれ、まさか靴を投げるとは思わなかったが。よくやった」瀬野さんが拾って、渡してくれた。

「瀬野さんも、ナイスです。空舞さんも」

空舞さんはナイフを咥えたまま瀬野さんの肩に乗っている。

「空舞さん、危ないから返してください」

「まだ残ってるわ」

「え?」

それだけ言うと、空舞さんは校舎の方へ飛んでいった。

「ん?屋上?」

「そういえば、繭があるって言ってたよな」

「・・・あっ」

空舞さんは、すぐに戻ってきた。わたしの肩に降り立つ。

「返すわ」

「あ、はい」慎重に、空舞さんの口から受け取る。

「あそこにあった繭も始末してきたわ。これでもう問題ないわよね?」

「ああ、よくやった」

空舞さんの体に触れた。「ナイスです空舞さん」

「あなた達もね」

──あとは・・・後ろの人だけだ。さっきから何も喋らないのが、怖い。振り返る勇気もない。

「財前さんへの報告は帰ってから俺がしておく。さて、ずらかるか」

「ほい」恐る恐る後ろを振り返る。「早坂さん、帰りま・・・」驚いた。早坂さんの身体が、目と鼻の先にあった。

そして、「ギャッ!」早坂さんは、わたしを抱き上げた。子供を抱っこするように。「ちょっ、何ですか!」

「お仕置きよ」


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