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文字数 779文字


早坂さんが真顔に戻る。わたしを見るその目には、驚きと困惑が見て取れた。
話題を逸らすべきか──いや、わたしは知りたい。この人が、わたしに対してどんな感情を持っているのか聞きたい。
早坂さんは一瞬口を開きかけたが、すぐに閉じた。


ここで、おばあちゃんがわたしの腕を掴んだ。「雪音!早ぐ中に入れ!」

それに安心したのは、早坂さんだ。顔を見てわかった。いや、実際、わたしもだ。聞かなくて良かったと思う自分が何処かにいた。
早坂さんがわたしの頭に置いた手をスッと離す。

「そうね、入りましょう。ご飯の準備するわね」早坂さんはいつもと変わらない笑顔に戻った。

「・・・はい」

安心と同時に心にかかるモヤモヤ。それは意気地なしな自分に対してだ。自然とため息が漏れた。




今日のスペシャルディナーはなんと、和食だった。海老と筍の入った茶碗蒸し、鯖の味噌煮、塩風味の肉じゃが、舞茸の炊き込みご飯に魚のすり身のお吸い物。見た目だけでグッと胃袋を掴まれたが、その味ときたら、言葉で表すのが難しいほど素晴らしかった。どれをとっても絶品。一口食べる度に発狂した。そんなわたしを見て、早坂さんはおかしそうに笑っていた。



食後、食器洗いを買って出たが、早坂さんに即却下された。お客さんは黙って座っていなさいと。わたしも譲らず、2人でやるということで折り合いをつけた。


「早坂さんて、作れない物あるんですか」

「ん?料理の話?」

「はい」

早坂さんは皿を洗っていた手を1度止めて考えた。「んー、どうかしら。まあレシピがあれば出来るわね。誰だってそうでしょうけど」

「・・・いや、レシピ通りにやっても上手くいかない事もありますよ」

「まあ手際の問題もあるしね。そーゆう意味では慣れかしら?」

「手際・・・」先程から早坂さんの洗った皿がどんどんわたしの前に積み重なっていく。わたしも負けじと拭いているが、手際の違いとはこの事か?
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