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文字数 881文字


「昔の話だよ。今はもう引退した身だ」

「・・・凄い」それしか言葉が出てこない。一つ一つの模様を見ても、人の手で作った物とは思えない。
「嬉しい。ありがとうございます。これでビール飲みます!」

財前さんがハハッと高い声を上げた。「ビールか。いいね」

「・・・すみません。もっと特別な時に使います」

「なんでだい?きみの好きにするといい。作り手としては、使ってくれるほうが嬉しいものだよ」

「じゃあ、最初はビール飲んじゃいます」

子供の顔だから尚更なのか、財前さんはとても嬉しそうに笑っていて、わたしまで嬉しくなった。
明日の事を考えて、少し気が滅入っていたけど、このグラスに元気を貰った。我ながら、単純だけど。



その日はそれで、解散となった。
初めてわかったのだが、わたしの家には瀬野さんの方が近いらしく、瀬野さんが送ると買って出てくれたが、早坂さんに楽しみを取るなと、却下されていた。瀬野さんはいつものように呆れながら、最初に帰路についた。


「雪音ちゃん、ちょっとそれ貸して」

車に向かう途中、早坂さんが言った。

「え?あ、これ?」

言われたまま、財前さんから貰った紙袋を渡す。ただ持ってくれるものだと思って油断していたら、突然、足が地面を離れた。

「わっ!ちょっ・・・早坂さん!」

「ホッホッホッ、よし、行くわよ!」

早坂さんはわたしを肩に担いだまま、下り坂を走り出した。

「ギャ───!!」

早すぎて、逆ジェットコースターのようだ。一瞬で駆け抜け、あっという間に車へ辿り着いた。早坂さんがそっとわたしを降ろす。
地面に着地した足に力が入らず、よろついた。

「わっ、ちょっと、大丈夫!?」

── 大丈夫って、誰のせいだ。

「おーい、雪音ちゃん?・・・やりすぎたかしら」

「ぷっ・・・ククッ・・・アハハハハ」

なに今の、面白すぎたんですけど。
子供の頃を、思い出した。休日になると、寝坊するわたしを父さんが起こしにきて、肩に担いで階段を駆け下りる。それが楽しくて、寝たふりをした時もあったっけ。

早坂さんは最初キョトンとしていたが、ホッとしたように笑った。「良かった。怒られるかと思ったわ」

「怒ってます」

「ええ!?」









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