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文字数 923文字


それからというもの、わたしはしばらく無気力状態だった。
おばあちゃんが亡くなってから、家に帰るのが余計苦痛になった。それだけおばあちゃんの存在に助けられていたんだと、後になって実感した。

そんなある日、バイト先でいつものように賄いを頂いていると、目の前にグラスに入った水がやってきた。そこには、木下さんの姿。デジャヴだったが、この前と違うのは、木下さんがわたしの隣に座った事だ。


「・・・ありがとうございます」

「雪音ちゃん、疲れてるね。大丈夫?」

「あ、はい。あの、ここに居ていいんですか」

「うん、一通りオーダー終わったから」

「そうですか」

木下さんはボーッと前を見ながら、両指でピアノを弾くようにテーブルを鳴らしている。
この前から、いったいなんなんだ。

「あの、わたしに何か、話があるんですか?」

木下さんは虚を衝かれたようにわたしを見た。「え、わかるの?」

「・・・なんとなく」そりゃあ、無言で隣に居座られたら、そう思うだろう。

「うーん、そうなんだよね?」

なぜに、反疑問形?「なんでしょう?」

「うん・・・」それから間があった。何か、言いづらい事なのだろうか。「雪音ちゃんに、相談があるんだよね」

「相談?」

「うん」

その先を待ったが、木下さんは何も言わない。そんなに躊躇するような事なのか?

「お金ならありませんよ」

木下さんはブッと噴き出した。こういう姿を見るのは、何気に初めてだったりする。

「高校生にお金せびったら、俺もう人として終わってるよね」

「よかった。じゃあ、なんですか?」

「うん、単刀直入に言うけどさ、雪音ちゃん、俺と一緒に働かない?」

今度は、わたしの間が空いた。とりあえず、言葉通りの意味を理解する。

「一緒に働いてますけど」

「あー、そうじゃなくてね。新しい店でってこと」

「新しい店?」

「うん。俺さ、独立して自分の店持つんだ」

「・・・えっ、そうなんですか?」

「うん、これは一部の人間しか知らないんだけど。着々と準備は進めててね、来年の春にはオープンする予定なんだ」

「ほえー・・・凄いですね」感心して、先程の言葉の意味を理解する。「えっ、そこで一緒にってことですか?」

「うん。ダメ?」

「・・・ダメって・・・」本当に単刀直入だった。イマイチ頭が追いつかない。




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