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文字数 947文字


話題を切り替えるために手をパンと鳴らす。
「そうそう空舞さん、今ね、この子の名前を決めるって話をしてたんですよ」

「聞いてたわ」

「何か、いい名前ありませんか?」

空舞さんはわたしに何か言いたげだったが、それは飲み込んだようだ。この"間"でわかる。

「わたしは空を舞うから空舞(あむ)よ」

優子さんがつけてくれた名前だ。本当に素敵だと思う。なるほど、空舞さんなりにヒントをくれているのか。

「そうですね。空舞さんは空を舞うからアム。この子は、水の中にいるから・・・」水に関連する、男の子っぽい名前──・・・「水太郎(すいたろう)?」

再び流れる、沈黙。今の空気を文字にしたら、何だろう。興醒めといったところか。

「ごめんなさい。あなたの冗談では笑えないわ」

「いえ、気にしないでください」

「ボク、それでいい」

──空舞さんと同時に、同じ方向を見た。
今言ったの、この子だよね。

「やめときなさい」

「なんで?変なの?」

「もっと良い名前があるわ」

「じゃあ、なに?」

空舞さんは、わたしを見た。気温は涼しいくらいなのに、汗が出てきた。

「えっと・・・ボクは・・・泳げるんだよね?」

「水の中にいるのよ」

「泳ぐ・・・男の子・・・泳ぐ・・・」その時ふと、ある顔が脳裏に浮かんだ。そう、あれは中学の時の担任だ。あの人の名前は、泳に斗と書いて──・・・「泳斗(えいと)!・・・は、どうですか?」

「・・・いいんじゃない。水太郎よりは」

ホッと胸を撫で下ろす。頭に浮かんでくれた担任に感謝だ。陸上部の顧問も兼任していて、毎日嫌と言うほどスカウトされていた事は水に流そう。

「エイ・・・ト・・・?」

「うん!泳斗くん。どうかな?」

微かにだが、口角が上がったように見えた。

「いいよ」

「良かった・・・じゃあこれから泳斗くんって呼ぶね」

泳斗くんは照れたように1度頷いた。その仕草が可愛らしくて自然と笑みが出る。

「ところであなた、なんの妖怪?見た事ないわね」

空舞さんの問いに泳斗くんは戸惑っているようだった。その時ふと、思い出した。

「あの、わたし、前に泳斗くんに似た妖怪に会った事あります」

「わたしと会う前?」

「はい、家の近所の川で。泳斗くんとはちょっと違うんですけど、あの時見たのは全身が緑色で顔は本当の魚みたいに平たくて、瀬野さんが半魚人って言ってました」
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