其の百九十七 早妃の願い

文字数 2,133文字

12月31日

「あ、動いた。」

隣の看護師が口にした
暇つぶしに軽くという感じに

「とても同じ人間とは思えないわね。
一番軽傷であるアヤカさんでも重度の凍傷。
そして、
レン君とカイ君は凍傷に加え、ひっどい火傷。
肺が爛れちゃってる。」

「治るんですか?」

「早妃さん…うん治ることは治るよ。」

白いカーテンが揺れる

【朱】はいなくなった

平和になった

夏から始まり、
今日に至るまで、……忙しかった。

人が死ぬことも大して驚くことの無い普通のものと思った
いや知っていたはずだ

――手に収めたスマートフォンを見つめる

この世界がどんな場所か、私は知ってきたはずだ

「早妃さんは、この子たちをどう思ってる?」

看護師が口を開く

「どう…とは?」

「目の前に寝ている子は、
最初から――戦いに明け暮れる子なのかなって思って。」

窓の外は白い雲に覆われている
曇りでも晴れでもない

「聞いたよ。
この子たちが、聖夜戦に大きく貢献したってことはね。
でも思うんだ。
この子たちは――人を殺したいと思ったことあるのかなって。」

「それは……――」

私はアヤカを見た
三尾アヤカ――私の幼馴染で同じ中学校で同じ高校。
【欲】と【蟲】嫌いで、真面目で決まり事に忠実な女の子。
だけど……

「これも聞いている
そこにいるアヤカさんが人を殺したことがあることも。
レン君とカイ君、そして雨宿スイって子も――ね。」

「……。」

「分かってるわよ。
アヤカさんが、実は親に脅されて援助交際をしていたことも。
男の子たちきっと事情のあってのことでしょう。
事情ね事情。そう事情があったの。
そこでね、私はこの子たちを殺すべきだと思っているの。」

空気が一転したのを感じた
胸になにかが突き刺さるような

「え…なんで――」

「なんでって。
この子たち殺人者なのよ。
事情があったら人殺しをしても良いという手本じゃない。
ウザいのよ。
その事情――その背景――そんなのを考えているから、複雑なことになるのよ。
生きることにおいて必要なのはシンプルさよ。」

「……」

「イライラしちゃうの。
正義と正義のぶつかり合い、とか。
正義の敵は正義、とか。
結局――そうやって事情を絡ませて出来上がったのが、戦争というバースデーケーキじゃない。
人は戦争をやめないわ。
戦うことでしかこの世界は成り立たないの。」

思わず耳をふさぎたくなる

「全ての人が同じ人でない限り、平等も公正も――平和もないのよ。
人種
宗教
経済
土地
言葉
世界
神――異なる数の分、それは溜まって爆発する。
うん。間違えて人を殺すだけで世界大戦になるくらい、人間ってバカなの。
いっそ人間って滅ぶべきだと思うのよね。」

「だったら全員を殺せばいいんじゃないですか。」

―――。
言葉が先に走ってしまった
意識するよりも前にそんなことを言ってしまった
異常者だと思われていないのか、不安で熱い汗が出てくる

「早妃さん。
それが一番模範解答だよ。」

看護師の言葉に情緒がおかしくなりそうになる

「さじを投げるのが平和なのよ。
テストを解くためにと、
図や方程式を書き続けていったら、
どこまで解いたのか、そもそも自分がなにをしているのかわからなくなるわ。
だから――いったん消して新しく書く必要があるでしょう。」

「はは…、看護師さん、人殺さないでくださいね。」

「私は犯罪者になりたくないわ。
職を失ったら生きていけないじゃない。
それといい?
生きていくのに必要なのはシンプルさよ。」

「シンプルさ?」

「つまり、バカのほうが楽しいわ。
賢い人はね、世界に絶望しちゃうから。
もし賢いっていって絶望もなにも感じてないなら、それはカッコつけよ。
事情や背景より、自分がなにをしたいのかが大切なの。
そしてそれを否定するヤツがいたら殺せばいいのよ。」

看護師の言葉がどことなく背中を押してくれるような気がした



-―――――――――――

1の手紙と1000の祈り

病院にある遺体安置所
そこに一人の女の子が眠っている
誰かが寄り添ってくれたのか、とても優しい顔をしている

手にした【千羽鶴】を握りしめる

『完成…してたんですか……』

『千羽鶴はね、ユキちゃんが作り終えていたのよ。』

『じゃあなんで……
私といっしょに折り鶴を……』

『あの子はこう言っていたの。
友達になりたかったと。』

手紙を広げる

『怖かったとも言ってたわ。
早妃さんに嘘をついていたから。
だけど、手紙の内容からして早妃さんに救われてたとは思うよ。』

はぁ…
違うでしょ。
ユキちゃん、あなたは人の心配する場合じゃなかったでしょう。

【さきちゃんありがとう】

あなたが、誰よりも一番優しく、強い人だった
とても7歳とは思えないわ

まったく。あなたより年上の人たちは、欲に塗れたというのに
私もよ。
気付いたの。
私もまた蟲の一人だったのよ。
いいえ。
人に生まれた時からみんな蟲なの。
花に群がる害虫。
蟲を生かしてはいけない。そこから子供が生まれてしまう。
永遠に。永遠に――。
だから女である私は死なないといけない。
でも先にやることができたの。

生命があるかぎり、
こんなに嫌なことがあるなら――

(オレ)は神を必要としない】

全部、この私が消してやる
失うくらいなら、
優しい人たちが血を流すなら、
私を否定するのが世界だというのなら
その世界は死んでしまうべきだ
誰かが否定をすれば殺してあげればいい

【私は生命を必要としない】
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登場人物紹介

吉田ミョウ/パーフィット (AL)


生徒会七人目の生徒


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