其の百二十五 人を引き付ける力
文字数 3,039文字
『ほんとに、別行動を取るつもりなの!?
相手は得体の知れない化け物かもしれないのに、いくら何でも危険すぎるわ!!』
自分を見つめる鋭い眼と向かい合いながら、スマホのLINEを開く。
『そこらにいるちゃちなヤクザとはわけが違うのよ。
2人で行動した方がサポートし合って生き残れる可能性が高くなる――、わざわざ1人で吉田ミョウに合うことは無いわ!!』
『レン、わかってるよ。
でも、ヨウ先輩やカズミちゃん、25区高校の友達と連絡が取れなくなってる。』
『……!!』
『2人で戦ってるなか、人質を利用されたりしたら、それこそ大惨事になる。別行動は『人質を助ける』役割ってわけだ。』
レンは額に伝う冷やせを拭う。
『だったら、私が吉田の相手をするわ。なにもあなたである必要性は無いでしょ?』
スイはスマホの画面に映る、真っ黒な自分の瞳を見つめる。
『いや、俺がやらないといけないんだ。
あの夏の日、ビビッて、人が殺されるのを見てただけの自分に決着をつけないといけないんだよ。それに――』
続いて、自分の耳に寒空に当てられた手を沿えた。
『ずっとなんだよ。
カズミちゃんの悲鳴が、ずっと耳から離れてないんだよ。喉から血を吹いてもお父さんお母さんって叫び続ける悲鳴が耳から頭から離れないんだ……
その感情が、いつか俺にも向けられる気がしておかしくなりそうなんだよ。
これはその贖いみたいなものだ。』
レンは観念したような、同情したような顔を俯かせる。
『死んだら許さないから。
あなたが死んだら、私にもユキちゃんにも迷惑するし、そのときは天国で私が殺すわ。』
その怪文書のような言葉に、スイは不意をつかれたように笑った。
『はは。なんだよその予告は。死なねぇよ。
死ぬことがどれだけ迷惑な事か分かってるつもりだからよ。』
そんな会話があって、はや3時間が経過した。
血の様に、染まった空を見上げながら、肺を焦がすほどの熱気を浴びる身体を全力で支える。
東棟が崩れ落ち、真上に建設されているホールが徐々に傾きつつあった。
――もうちょっと実力を出そうかな。
400人あまりの生徒の命が掛かっているとは思えない程、陽気な声が響きわたる。
「もう限界だろ。
戦うどころか、自分が今立っているのかどうかさえ分からない程、感覚マヒを起こしてるはずだ。
ここまで手こずらせたんだ。シャブ付けにするつもりだったが、私 の手で葬ってやるよ。」
吉田は折られた腕をプラプラと揺らしながら、スイに歩み寄っていく。
コンクリートの破片がパラパラと落ち、地面の温度のせいかたちまち火の粉に変わっていく。
「――俺は死なない!!たとえこの肉体が滅んでもッッ!!」
スイの鼓舞にも、何気ない顔で果物ナイフを取り出す。
「俺の意志を持った人が必ず立ち上がり!!!
そして――お前たち悪を倒すッッ!!!」
瞬間、うって変わって吉田が切りかかった。
圧し潰すように飛び上がり、にんまりと歯を見せつけながら、ギラりと光るナイフを振りかざした。
それを辛うじて、鈍らと化した刀で受け流し、ふらつく足で後ろ向きに距離を取る。
「でぃああやああああ――!!!」
「グぅ……ッ!!」
距離を取るスイを追い立てるよう、吉田はスピードを上げ頭突きをかまして、ナイフと刀が激しくぶつかり合う。
「クク、だりゃぁ!!!」
慢心総意の人間にもお構いなく、朱い瞳の青年は飛びまわし蹴りで、吹き飛ばした。
崩れたガレキの山に突っ込み、スイは血を交えた咳をする。
「――!!
ッッこっのぉぉぉおお!!!!」
同時に、地面に映った影に気づき、バク転で回避して拳を突き出した。
武器の次は肉弾戦といった感じに、目の前にもまた拳を突き出す吉田が見られた。
「でああありゃぁぁあああああ!!!!!!!!!」
「クッソがぁぁっぁあああああああああ!!!!!!!」
2人の拳が、大気を揺るがすほどにぶつかり合い、地面に放線上の亀裂が広がっていく。
「――っああぁあ!!!」
打ち勝ったのは、最後に力を込めたスイであった。
彼の拳は、吉田の拳を砕き、その胸を穿つ。
「ギャあああがああぁぁ―――」
肋骨が肺に刺さったのか、ダム決壊の様にとめどなく血を散らして、転がっていった。
すかさず、今度はスイが飛び上がり、心臓目掛けて、刀を突き指す姿勢を取る。
「……ニヤ。」
スイの意図をくみ取ったのか、刀だけ避けて、吉田は顔面にカウンターを喰らわせた。
そうして改めて距離が離れた二人は、瓦礫やプラザを走り回り、隙を伺い、
スイは吉田目掛けて、2メートルほどの瓦礫を投げ飛ばした。
「……!!!?」
火事による黒煙のせいか、吉田は飛んできた破片を顔に受け、視界が真っ赤に染まる。
スイは空中で態勢を崩した吉田の足を掴み、力任せにコンクリートの地面に叩きつけた。
――はぁ……はぁ……!!
いつの間にか、空はどす黒い雲に包まれていた。
冷たい雫がポタポタと、地面にシミをつくり、体は冷たく、気温は高いという風邪を引いた感覚に襲われる。
吉田が言ったように、自分が立っているのか座っているのか、暑いのか寒いのかさえ分からない程、感覚が無くなってしまっていた。
ガラリ――と破片が崩れて、中から真顔の吉田が現れる。
トマトを潰した感じの顔を手の平で拭い、ホコリのついたボサボサの髪を整えもせずに、真っすぐ雨宿スイを捕らえる。
「………。」
あのけたたましい様子はどこへ行ったのか。今度の彼は口を閉ざして何も喋らない。
真顔よりかは無感情に近い顔に、濃度の高くなった赤々しい瞳がただ揺れるだけであった。
真夜中といっても差し支えない暗さ。
全てを灰に変える炎が、影を波に変えていくなか、2人は何も話さずじっ―と佇んでいた。
……!!
静寂を破ったのは吉田だった。
顔も口も変化させず、無感情な顔で突っ込む様に、スイは後ずさりをしてしまう。
「ぬがっ!??」
高く飛び上がって、回避しようしたが、見切られたように裏拳が炸裂して、スイは一瞬目が開かなくなった。
「――ぁ」
そのコンマ数秒の間のなか、吉田は刀が握られている手を目掛けて手刀を繰り出し、刀を遠くに蹴り飛ばした。
「――ぁ」
そこからは後手後手だった。
刀に気を取られ、息もつけない打撃の雨が襲い掛かる。
もはや本能だけでさばいたが、それも限界。
足払いでこけそうになりながら、スイは完全に背を向けて走り出し、鬼ごっこのように吉田も追いかけ始めた。
このとき、スイは気づかなかった。今にも爆発しそうな南棟に誘導されていることに。
南棟の玄関付近に近づいたとき、吉田は懐から手榴弾を取り出して、スイの足元に放り込んだ。
光と音を生み出し、玄関のガラスが高速で飛散するなか、スイは南棟の大黒柱に背を預けていた。幾重もの下駄箱に、下半身を圧し潰されて。
「――――――――。」
吉田はその時、口を開いてスイに言葉を掛けた。
ただ、その言葉は誰にも拾われることは無かった。
足首から先は吹き飛んだのか切断され、あまりの高温にズボンの繊維が皮膚に溶けて食い込み、そして、鼓膜が破れ聴力を失ってしまったからである。
そんな焦げ付いた、勇ましさを体現した彼を見たまま、
運動会のスタート合図のよう、上空に向けて発砲した。
射出された弾は、南棟3階のガス管を貫き、瞬く間に赤白い火球を作り出す。
その花火のような輝きは、あらかじめ設置された大型爆弾に着火し、南棟全体が倒壊し始めた。
(ごめんレン俺はもしかしたらしんじゃうかも)
さきほどの手榴弾で、大黒柱にもダメージが入っていたのか、一息する時間もなく、
雨宿スイごと、南棟は完全に崩れ落ちた。
相手は得体の知れない化け物かもしれないのに、いくら何でも危険すぎるわ!!』
自分を見つめる鋭い眼と向かい合いながら、スマホのLINEを開く。
『そこらにいるちゃちなヤクザとはわけが違うのよ。
2人で行動した方がサポートし合って生き残れる可能性が高くなる――、わざわざ1人で吉田ミョウに合うことは無いわ!!』
『レン、わかってるよ。
でも、ヨウ先輩やカズミちゃん、25区高校の友達と連絡が取れなくなってる。』
『……!!』
『2人で戦ってるなか、人質を利用されたりしたら、それこそ大惨事になる。別行動は『人質を助ける』役割ってわけだ。』
レンは額に伝う冷やせを拭う。
『だったら、私が吉田の相手をするわ。なにもあなたである必要性は無いでしょ?』
スイはスマホの画面に映る、真っ黒な自分の瞳を見つめる。
『いや、俺がやらないといけないんだ。
あの夏の日、ビビッて、人が殺されるのを見てただけの自分に決着をつけないといけないんだよ。それに――』
続いて、自分の耳に寒空に当てられた手を沿えた。
『ずっとなんだよ。
カズミちゃんの悲鳴が、ずっと耳から離れてないんだよ。喉から血を吹いてもお父さんお母さんって叫び続ける悲鳴が耳から頭から離れないんだ……
その感情が、いつか俺にも向けられる気がしておかしくなりそうなんだよ。
これはその贖いみたいなものだ。』
レンは観念したような、同情したような顔を俯かせる。
『死んだら許さないから。
あなたが死んだら、私にもユキちゃんにも迷惑するし、そのときは天国で私が殺すわ。』
その怪文書のような言葉に、スイは不意をつかれたように笑った。
『はは。なんだよその予告は。死なねぇよ。
死ぬことがどれだけ迷惑な事か分かってるつもりだからよ。』
そんな会話があって、はや3時間が経過した。
血の様に、染まった空を見上げながら、肺を焦がすほどの熱気を浴びる身体を全力で支える。
東棟が崩れ落ち、真上に建設されているホールが徐々に傾きつつあった。
――もうちょっと実力を出そうかな。
400人あまりの生徒の命が掛かっているとは思えない程、陽気な声が響きわたる。
「もう限界だろ。
戦うどころか、自分が今立っているのかどうかさえ分からない程、感覚マヒを起こしてるはずだ。
ここまで手こずらせたんだ。シャブ付けにするつもりだったが、
吉田は折られた腕をプラプラと揺らしながら、スイに歩み寄っていく。
コンクリートの破片がパラパラと落ち、地面の温度のせいかたちまち火の粉に変わっていく。
「――俺は死なない!!たとえこの肉体が滅んでもッッ!!」
スイの鼓舞にも、何気ない顔で果物ナイフを取り出す。
「俺の意志を持った人が必ず立ち上がり!!!
そして――お前たち悪を倒すッッ!!!」
瞬間、うって変わって吉田が切りかかった。
圧し潰すように飛び上がり、にんまりと歯を見せつけながら、ギラりと光るナイフを振りかざした。
それを辛うじて、鈍らと化した刀で受け流し、ふらつく足で後ろ向きに距離を取る。
「でぃああやああああ――!!!」
「グぅ……ッ!!」
距離を取るスイを追い立てるよう、吉田はスピードを上げ頭突きをかまして、ナイフと刀が激しくぶつかり合う。
「クク、だりゃぁ!!!」
慢心総意の人間にもお構いなく、朱い瞳の青年は飛びまわし蹴りで、吹き飛ばした。
崩れたガレキの山に突っ込み、スイは血を交えた咳をする。
「――!!
ッッこっのぉぉぉおお!!!!」
同時に、地面に映った影に気づき、バク転で回避して拳を突き出した。
武器の次は肉弾戦といった感じに、目の前にもまた拳を突き出す吉田が見られた。
「でああありゃぁぁあああああ!!!!!!!!!」
「クッソがぁぁっぁあああああああああ!!!!!!!」
2人の拳が、大気を揺るがすほどにぶつかり合い、地面に放線上の亀裂が広がっていく。
「――っああぁあ!!!」
打ち勝ったのは、最後に力を込めたスイであった。
彼の拳は、吉田の拳を砕き、その胸を穿つ。
「ギャあああがああぁぁ―――」
肋骨が肺に刺さったのか、ダム決壊の様にとめどなく血を散らして、転がっていった。
すかさず、今度はスイが飛び上がり、心臓目掛けて、刀を突き指す姿勢を取る。
「……ニヤ。」
スイの意図をくみ取ったのか、刀だけ避けて、吉田は顔面にカウンターを喰らわせた。
そうして改めて距離が離れた二人は、瓦礫やプラザを走り回り、隙を伺い、
スイは吉田目掛けて、2メートルほどの瓦礫を投げ飛ばした。
「……!!!?」
火事による黒煙のせいか、吉田は飛んできた破片を顔に受け、視界が真っ赤に染まる。
スイは空中で態勢を崩した吉田の足を掴み、力任せにコンクリートの地面に叩きつけた。
――はぁ……はぁ……!!
いつの間にか、空はどす黒い雲に包まれていた。
冷たい雫がポタポタと、地面にシミをつくり、体は冷たく、気温は高いという風邪を引いた感覚に襲われる。
吉田が言ったように、自分が立っているのか座っているのか、暑いのか寒いのかさえ分からない程、感覚が無くなってしまっていた。
ガラリ――と破片が崩れて、中から真顔の吉田が現れる。
トマトを潰した感じの顔を手の平で拭い、ホコリのついたボサボサの髪を整えもせずに、真っすぐ雨宿スイを捕らえる。
「………。」
あのけたたましい様子はどこへ行ったのか。今度の彼は口を閉ざして何も喋らない。
真顔よりかは無感情に近い顔に、濃度の高くなった赤々しい瞳がただ揺れるだけであった。
真夜中といっても差し支えない暗さ。
全てを灰に変える炎が、影を波に変えていくなか、2人は何も話さずじっ―と佇んでいた。
……!!
静寂を破ったのは吉田だった。
顔も口も変化させず、無感情な顔で突っ込む様に、スイは後ずさりをしてしまう。
「ぬがっ!??」
高く飛び上がって、回避しようしたが、見切られたように裏拳が炸裂して、スイは一瞬目が開かなくなった。
「――ぁ」
そのコンマ数秒の間のなか、吉田は刀が握られている手を目掛けて手刀を繰り出し、刀を遠くに蹴り飛ばした。
「――ぁ」
そこからは後手後手だった。
刀に気を取られ、息もつけない打撃の雨が襲い掛かる。
もはや本能だけでさばいたが、それも限界。
足払いでこけそうになりながら、スイは完全に背を向けて走り出し、鬼ごっこのように吉田も追いかけ始めた。
このとき、スイは気づかなかった。今にも爆発しそうな南棟に誘導されていることに。
南棟の玄関付近に近づいたとき、吉田は懐から手榴弾を取り出して、スイの足元に放り込んだ。
光と音を生み出し、玄関のガラスが高速で飛散するなか、スイは南棟の大黒柱に背を預けていた。幾重もの下駄箱に、下半身を圧し潰されて。
「――――――――。」
吉田はその時、口を開いてスイに言葉を掛けた。
ただ、その言葉は誰にも拾われることは無かった。
足首から先は吹き飛んだのか切断され、あまりの高温にズボンの繊維が皮膚に溶けて食い込み、そして、鼓膜が破れ聴力を失ってしまったからである。
そんな焦げ付いた、勇ましさを体現した彼を見たまま、
運動会のスタート合図のよう、上空に向けて発砲した。
射出された弾は、南棟3階のガス管を貫き、瞬く間に赤白い火球を作り出す。
その花火のような輝きは、あらかじめ設置された大型爆弾に着火し、南棟全体が倒壊し始めた。
(ごめんレン俺はもしかしたらしんじゃうかも)
さきほどの手榴弾で、大黒柱にもダメージが入っていたのか、一息する時間もなく、
雨宿スイごと、南棟は完全に崩れ落ちた。