其の三 優しい優しい吉田先輩

文字数 12,564文字

 ここ図書室かつ放課後。そこで吉田ミョウは優雅になんか難しい本を読んでいた。
 (フッ、オレってカッケーッ!)
 いや本は読んでない。ただそこでページを開いてブラックコーヒーを嗜むその自分に酔っていた。正直ニガイ。
図書室にはあまり人は来ない。室内には図書の先生と小柄の文学女学生が一人見えるだけ。そして私のところ男子生徒がやってきた。
「吉田先輩~またかっこつけてんすか?」
「む、スイか」
この男の娘ともいえる姿をしている生徒は雨宿スイ。二年。生徒会所属。図書仕事に勤務しているためにあまり生徒会室には顔みせない女…男である。その男は私の右隣に座り頬杖をついた。
 「いえいえ、今まで立ち仕事に力仕事をしていたもの足が疲れちゃって…」
 言いながら足をもんでいる。一人で本を読むのも良いけど誰かが話しかけくれるのはとても嬉しい。
 「先輩…顔がにやけてます。はっきりいってキモイです。」
 「イッッ−−‼」
 傷ついた。やっぱ本は一人で読むのに限る。
 ズビ…ズビ…。コーヒーを強がりで飲みページをめくる。
 「リンフォン…(凝縮された地獄)……?」
 スイが口にしたのは私が読んでる本のタイトルだ。
 「なんですか?この本。……」
 スイに本を貸す。ぺらぺらとめくってるため流し読みだと感じる。
 「…なんかよく分かんない本っすね。境界とかなんとか…僕には理解出来ません。」
 パタンと閉じて私に戻した。
 (…あのさぁ読んでる途中だから閉じる?そこ?普通?)
 悪態をつきながら目的のページを探す。
 「それで俺のところに来たのは、暇つぶしか?」
 「もちろんそうですよ先輩♪だって~ここには本しかないんですもん。人だって来ないしずっと手持無沙汰。言わないとやってられませんよー。」
 そういいながら、椅子の前脚を浮かせている。
 「図書の人間がそないなこと言ってええんか?」
 「先輩がそれいいますぅー?」
 ガタっと前脚と床につけた。
 「今年の一月の先輩のしたことは僕にとっては忘れられないことなんですよ。」
 必死の形相で顔を近づかせる。男であるのが惜しいくらいの顔を。
今年の一月といえば−−。


 「今年の一月…まだこの学校にメイクやオシャレ要素が認められていないときの事。僕とハチミツ先輩が中心となって認めてもらおう活動してたんです。でも…まだ生徒会じゃなかったから、そこまでの発信力はなかったし他の生徒も応援はしてくれたけど、協力行動はしてくれなくて…」
 フゥ。息をつく音がした。黙って聞き続ける。
 「ハチミツ先輩がチームを支えてくれたんですけど…僕自身も先生たちとの議会で勝てるイメージも持てなくて…ハハ…」
 空笑いを起こしている。
 「それで議会でもやっぱり…雰囲気でも分かるくらい僕たちが劣勢のまま、他の生徒の意見を聞く時間になったときに助け船をだしてくれたのが先輩達だったじゃないですか。」
 あーうんうんそうだった。と頷く。あの時意見を出したのはシンだった。まだ会長ではなかったが、あの眩いばかりのカリスマで言の葉を紡いでいたのは印象に残っている。しかしたった一人の意見では、いくらシンでも分が悪かった。
 「会長の助けもやっぱり駄目なのかなって思ってたら、伝説の先輩が立ち上がったじゃないですか!」
 いや伝説って…ほどでもあるけどね。それは。
 「最初は悪く言えば普通な質問ばっかりだったすけど、先生の中の一人が『若いもんにゃオシャレは必要ない』って言葉に先輩がキれちゃって…クスクス…職員議席にマイクを投げつけるなんてこと、普通じゃありませんよ。」
 なんか嬉しい気持ちもあるけど黒歴史晒されている気分になってくる。
 「その上先生達のところに突っ込んで行こうとして、乱闘みたいになっちゃって。吉田先輩を止めようとした会長は背負い投げされたりって、まぁ先輩は結局のところ連れられて退場されちゃったんすけど『そんな利口な校則があるから!外にでたときに自分の身だしなみの整え方も分からず!周りに一歩を遅れを取られるんだろうがぁぁあ!』って言ってね。」
 顔に熱を感じる。恥ずかしい。
 「でもなんか、そのおかげでたくさんの票が集まって今ではOKって感じになったんですよ。だからハチミツ先輩と二人で先輩と会長にお礼を言いに行ったんすよ。あの発言のお陰で達成できたって。そしたら先輩『イッッ−−、大丈夫⁉あれは、言ってしまえば適当無責任にいっちゃったヤツなんだけど。』って言ってこっちが驚きましたよ。アレが適当⁉って。」
 コーヒーを一口ガブリと飲み込んだ。
 「その後に『いやぁ従来の校則も大事なモンだと思うよ。風紀を整えてるし。あれって周りから見たらやっぱり印象よく見えるのよねー。でも、なんかね…その光景に飽きが来たっていうかね。学生の本文は勉強っていうじゃない?オシャレも勉強にいれちゃえばいいと思って』って言って。−−無責任の発言でここまで来て、尚且つ楽しそうな先輩の顔を見てるとなんか…羨ましくなっちゃって…。」
 よく覚えてるな、と思いつつ目を見てみる。どこか憂う目をしていた。
 「す、すみません。話すのは得意じゃなくって思い出話みたいな感じになっちゃって…えと…。」
 パにクリ出したので口を開いた。
 「分かった分かった。ま、俺って天才だからもっと褒めたたえてええぞ?」
 調子に乗って親指に自分を何回も指し示す。
 「それはやめときます。調子に乗ると毎度毎度先輩はやらかしてくれますから。」
 無常なる言の刃が突き刺さった。


 先ほど刺さった刃を取り出しながら物理室のドアにまで辿り着いた。?声が聞こえる。聞き耳を立てることにした。
 『ナゴナゴ…小娘煎餅とやらも美味い菓子じゃな。』
 『さぁすがラック。分かってるじゃねぇか♡』
 「あの…猫に煎餅を食べさせるのはどうかと思うのですが…」
 『小僧、儂は美味けりゃなんでも食えるぞ。』
 『だ、そうだぜ。ヨウお前は心配しすぎなんだよ♡キャハハ。』
 この声は、黒猫とナオミと堤ヨウか。話し内容からするに煎餅をくってるみたいだが、なに?煎餅だと?それって昨日私が入荷したやつやんけ。うわー最低こいつら人の菓子を勝手に食べてやがる。
 『ん、このレモンティー美味しいですね。』
 『あたりめぇだろ、あたしが淹れやったんだ。美味しくないって言ったら−−』
 いやいやそれ口直しに私が飲もうとしてたやつぅ。こいつら好き勝手しやがってこうなったら−−。
 ドンドンと強くノックする。
 「おい!開けろ!デトロイト市警だ!おい‼デトろ‼開けロイト市警だ‼」
 私も混ざりたい、そう考えてノックしていると唐突にドアが開いた。しかしそれと同時に腹に拳がめり込んでることに気づいた。
 「あぁ、ホント虫っていうのはただたかってるだけで人をイライラさせるのね。」
 「ガッ−。」
 めり込ませた拳をポケットに突っ込むように戻してナオミは室内に戻っていった。
 

 「大丈夫ですか?見るからにキツイものを喰らったように見えましたが…。」
 「大丈夫だ。この程度の攻撃でやられるオレ様ではない…いたた。」
 私の心配をしてくれたのは堤ヨウ。同じく生徒会メンバー。生徒会の良心といっていい間ともな人間なのである。
 「ヨウ、おまえも大変だな。…尻にひかれているイメージしかオレには持てないぞ。」
 「ハハ…実際その通りなんです。でも暇ではないので楽しいですよ。」
 軽いトークをし席を案内された。私の特等席は彼女に盗られた。ただ案内されている時彼女はコップを奥にずらしていた。ずらす前の位置にコップがもう一つあった。これは…邪魔してしまったか⁉目を見開いてヨウを凝視する。
 「あの、何か気になることでも…?」
 「いや…別になんでもない…」


 私とヨウ、ナオミと黒猫、と対面で座る形になった。黒猫はナオミの足の上に座り前脚と頭だけを出している。
 「猫の名前決まったんだな。」
 頬杖をついて話した。
 「ええ、「ラック」と付けたそうです。名付けたのは前にいるナオミさんですよ。黒猫→黒→ブラック→ラックという感じに。黒猫は不吉なイメージを持たれる傾向にあるので名前だけでもと。ささやかな抵抗ではありますがね。」
 彼女は黒猫の頭からうなじを撫でている。髪の毛を梳くように静かに。静かに。あー羨ましい私も胸の大きい女になでなでされたいなぁ。
ふと喉の乾きを覚えたので自分分を用意しようとケトルを見たとき愕然とした。本体と土台部分は別々に置かれて、ケトルに至っては水で全体が濡れていた。
 「おい誰やねん。せっかくヤマダ電器で買ってきた高級品やぞ!もっとこう、丁寧にだな−−」
 ここはしっかり注意しようと乗り気で言ったが、
 「へぇ、それ誰に向かって言ってるいるのか言えよ。」
 こ、この冷たい声、振り返らなくても「誰」なのかはっきり推測した。だが、
 「いいえなんでもありませんとてもすばらしいつかいかただなとおもったしだいです」
 度胸なるものはなかった。
 「ってかコップは二つ、あたしと堤で使ってんだ。お前は自販機でカッコよくコーヒーでも買って来いよ。」
 私はそれこそ虫のように自販機に向かっていった。


 オレンジジュースを片手に長い階段を上ったあと部屋へと入ると二人は難しい顔をしていた。
 「?、どうしたそんな顔をして。」
 ヨウは私が帰ってきたことに気づくと助けを求めている表情をした。
 「帰ってきましたか。いえ実は遠足について話していたのですが…。」
 ガタリと席に座った。ナオミはもう黒猫を撫でてはいなかった。
 「どうしても暴君の存在がどうも引っ掛かってしまうのです。」
 暴君といったら大窄カイのことかな。野蛮で暴力的、入学初日に事件を起こした伝説の持ち主。つい最近停学がとけて学校に来たと聞いたけど、それだと先の遠足にも来るってことになんのか。まいった。面倒なのは避けたいのだが。
 「それらのことに関しても明日ある役員議会で話しましょう。」
 ヨウが一言で締めた。


 はい、今私達は海岸へと向かっている。あの話の後にハチミツがやってきたのだ。
 『ちょっとミョウ暇でしょ手伝いにきてぇ。あらナオミちゃんとヨウちゃんも一緒なの?ならほら、一緒に行くわよ!』
 てなわけで連れてこられたわけですが、ちょっと私の扱いひどない?暇って断定されてるんですけど。せっかく煎餅たべながらレモンティーを味わおうと思っていたのに…肩をガックシと落としながら私は歩いた。
 「それで海岸に行ってゴミ拾いをするんだっけ?どうしてあたし達が?」
 ナオミがなんとも言えないトーンで質問している。ここは聞くことに専念しよう。
 「どうもねぇある部活が蝋燭作りするらしいんだけど、そのためにシーグラスっていうガラスの破片が必要みたいなの。それが海岸に落ちているガラス瓶の破片らしいのよね~。それで会長から私に白羽の矢が立ったってわけ。でもでも一人でいっても何の面白みもないから暇なミョウを連れて行こうとは決まっていたんだけど、まさかほかに二人にある私ったらつい舞い上がっちゃって。」
 「それで僕たちもこうして付いていくことになったんですね。いえ、僕は暇でしたから嬉しいです。」
 「ま、あたしもやることになかったし、別にいいけど。」
 話はまとまりぞろぞろと歩を進めた。夕方のこの時間は仕事帰りやらで車が多く通る。正直うざったい。ヨウはナオミを見ているのかそれとも先の道を見ているのかよくわからない目をしている。ハチとナオミはオシャレ関係の話始めて顔を緩ませながら話している。しかし車の音に阻まれていちいち通りに舞っていくためもどかしさを感じていた。


 鼻腔に潮風の刺激を感じたため海岸ついたと気づいた。堤防の端に舗装されていない道があった。そこに入口があるらしい。
 「ハチの言う通り体操服に着替えておいて良かったわ。うわぁ…この磯じゃ歩くのもままならないわよ。」
 「ええ、気を付けないとこけそうです。」
 二人があたりの景色を確認しているとき、私はハチと目を合わせた。
 「で、そのガラスはどれくらい必要なんか?」
 「え~と、とりあえずたくさん言われてだけでね。明確には決まってないわ。」
 なるほど。つまり少なかろうが多かろうが文句は言われないってことか。遊ぶ絶好の機会だぜ。心でガッツポーズを取った後、自我を現実に戻す。
 「何をぼーっとしているのミョウ。とりあえず奥に見える浜辺を中心にやっていきましょう。」
 「すまんすまん、すぐに追いつくよ。」
 手を振りながら意を伝える。ん?奥にある大きい浜辺の近辺の歩きなれない磯にヨウとナオミの四苦八苦している姿が見えた。手を取り合う男女の姿を見ると目の保養にはなるが、沸々とこみ上げるこの黒い気持ちはどうにかならんもんかね、と他人事として考えた。


 足の付け所を意識して慎重それでいてリズムよくゴミを取っていく。パッと見キレイには見えてはいたがよく見るとたくさんある。ペットボトル、キャップ、ジョウロ、破れたズボンに上着、……なっ⁉これ外国語の説明文じゃないか。どっからきてんねん。驚きつつもゴミ袋にぶち込んでいく。ゴミとはいえ三分の二が埋まった袋はズッシリと重く両手で持たないと地面に擦りつくほどになっていた。
 …。
 ……。ある程度集めたためハチのいる入口に戻ることにした。
 「ハチ、ハぁ…拾ってきたぞたくさん。それと、ガラスもだ。」
 「ありがとね♡そこに置いておいて。」
 袋を破かないようにそっと置く。まわりにも四つの袋が置いてある。
 「あの二人は?ノルマは達成したし、あとは帰るだけだろ?」
 凝り固まった肩を回しながらハチに問う。ハチは人差し指で頬を搔きながら答える。
 「ん~とね…、ノルマは達成したんだけど『ちょっと奥に行ってくる‼』ってナオミちゃん走り出しちゃってね。その保護者としてヨウが後を追いかけたって感じなのよ。」
 へぇーっと関心を示しながら右足に体重をかけて腕を組んだ。下に見える小さい浜辺に波を打ち付け続ける海を見下ろしながら待つことにした。今は五時五十分。潮風の涼やかな風を全身に染み込ませて、おもむろに口を開いた。
 「全く、ヨウに嫉妬しちまうぜぇ」
 「それはよくナオミちゃんと一緒に行動してるから?」
 「そうだよ。純粋なる胸の大きい女と行動するなんざ、滅多には味わえんもんよ。」
 フっと息をついて石を海へと投げた。チョンとあっけない音が聞こえた。
 「男にとって女ってのは至高の一品じゃろがい。女の体温、息遣い、服装、手の大きさにその柔らかさ、髪の毛にetc。どれをとっても男をそそらせるトッピング?メインディッシュ?みたいなもんだからな。」
 「女から見た男もそういう感じかしら?」
 ハチは考える仕草を取る。
 「そこら辺は男も女も同じ仕組みよ。…ただラインの高さが違うんだよ。男だったら胸や尻が大きい…まぁ可愛けりゃなんでも、良いのさ!…女だったら見た目、性格、性癖、と色々と考えることが多いのさ。原始人とグルメ家みたいなもんじゃろ。」
 手頃な石を思いっきり投げた。ボシャンと不細工な音を響かせた。頭の中でよくよく咀嚼してたのか、一時おいて一言返答してきた。
 「ずいぶん男を卑下しているのね。」
 む、トーンが重苦しい。
 「そう真面目に受け取ってくれるな。逆に困っちまうよ。今のはオレの適当な考えだよ。でもそうだな、真の女であるお前はどう思う?」
 ウインクしながら問いかけ顔を見る。その表情に驚きが含まれているのを感じる。
 「私が、真の…女……?」
 うんうんと頷く。
 「元から女に生まれた人間よりも、男でありながら女の道を選んだお前のほうが『女』ってのを知ってると思ってるからさ。」
 神妙な顔つきをしてハチは動きを止めた。私はウフフといたずらっぽく息をはいて、奥の浜辺をみた。
 「あっ…あれは…」
 ハチも私の見ている方向を見て後に続く。
 「えぇ…きっと……。」
 二人でハモらせた。
 「「おっちゃけたわね」」
 そこにはずぶ濡れのナオミとそれを紙一重で背負っているヨウの姿が見えた。


 「ハぁ…目をキラキラと足軽に進んでいったので悪い予感はしたのですが、ええもう案の定ってやつです。足を滑らせて背中からこう…バッシャーーンっとやっちゃいましたね。」
 「うぅ…ごめんなさい……。」
 「それはまた、災難な目にあったな…。」
 ナオミを手頃な岩に座らせて、肩で息を付きながら状況説明をしてくれたヨウを労いながら考えた。足首をさすっている所を見るとナオミは足を痛めたらしい。だから少なくとも肩を貸す必要がある。そしてゴミ袋を持つ必要もある。
 「あ、ありがと……。」
 「女の子に優しくするのは当然ですから。」
 念のために持ってきていたタオルを渡す。水に浸した紙のように萎れた彼女を見ていると庇護欲が沸いてくるのだ。…もちろん純粋のだよ。
 「どうするハチ?」
 ここはハチに提案を求めた。考えるのは面倒なので丸投げするのに限る。
 「そうね。まずゴミ袋は私が持つわ。提案した身だしね。だから…」
 「彼女は僕が何とかしましょう。。乗りかかった船ですから。」
 淡々と話しは進んだが、ここで私が水を差した。
 「待て待て。」
 注意を自分に向ける。
 「ヨウよ、お前はついさっきまでアレをおんぶしていたんだ。体力も体もきつかろう。」
 えっ…と意を付かれたヨウに肩を回して詰め寄った後、ナオミの方に振り向き、両手の指をタコの触手のように動かして近づいた。
 「ってわけだから、君はこのワタクシがエスコートして差し上げましょう。」
 キラキラオーラを纏って提案した。静かに座っていた彼女はタオルで髪の水分を丁寧に拭き上げた後、これまた丁寧にタオルを畳み、私の前に差し出して
 「丁重にお断りします。」
 氷の造形のような言葉を返された。


 −−鳥が飛んで行った。
 空に朱いシミを滲ませている太陽の下に、飛んで行った。
 もしかしたら遠くに見えた山にでも懐かしみでも覚えて飛んで行ったのか。
 たった一羽で。寂しくはないだろうか。不安はないのだろうか。
 死んでしまったら誰があの鳥の灰を散らしてくれるのだろうか。
 鳥でもない私が考えても分かるはずはない。なのに当人は陽気な鳴き声を立てて過ぎ去った。
 ちょっと羨ましかった。

を考えている私と比べたらマシと思えてしまった。


 部活は終わった。なのに、私はただ一人で自主練をしている。勝つ気も無いのに何故こんな事してるんだろう?肝心な部分がすっぽりと抜け落ちたままやっても意味なんてないのに。
鞄の中からタオルを取り出して拭う。足元に葉も虫も漂っていない水たまりがあるのに気づく。鏡より澄んでいたその泉に自分の顔が映り込むのを見ると血の気が引いた。生気のない顔をすこしでも直そうと両の小指で口端を上げるが歪んだスマイルが出来上がるだけだった。


 ボールも見えづらくなった時間帯。鞄に寄りかかって休んでいると何やら声が聞こえてきた。キャッキャっと楽しげな雰囲気に複雑な気持ちが渦巻いた。その集団はコートを通り過ぎるのを待った。過ぎ去ったのを確認して一安心しようと思ったが、何故か足音がこちらに戻ってきた。何故?と軽い混乱を引き起こしながら急いで鞄の下に引き返す。
「あら、やっぱりカズミちゃんじゃな~~い♡」
 この声はハチ先輩……?
「ちょっとこっちに来て来て!」
 はぁ…と理由も分からず寄っていく。ぼんやりと見えていたシルエットに色がついていき目を凝らす。飲み物を片手に持っているハチ先輩。疲れた顔をしているナオミ先輩に肩を貸している満更でも無い顔のヨウ先輩。そして心なしか陽が当たってもないのに影が差し込んでいる吉田先輩の姿が見えた。
 「ど、どうしたんですか…?こんなところで?」
 「ちょっとゴミ拾いをしててね…。今から帰ろうってところにカズミっぽい姿が見えたから、もしかしたらって思って引き返してみたの。そしたら当たっていたから、もうねぇ……!」
 カラカラと高笑いするハチ先輩を横目に焦点を後ろに移す。
 『立ってることぐらい出来るわよ……!』
 そんな感じにヨウ先輩を押しのけるナオミ先輩が見え、吉田先輩は私のカバン辺りを凝視していた。
 「はい‼」
 目の前にドリンクが差し出され、驚きの余り後ずさりをした。
 「こ、これは…?」
 「徐々に暑くなっているからね。私からのプレゼント♡よ!」
 成されるがままにドリンクを受け取った。冷えたドリンクだった。
 「じゃ、私達は学校に戻るから無理しないようにね!」
 ひらりひらりと手を振ってルンルンと歩いて行った。
 『こ…!これぐらいなんとも…‼』
 『あなたも無茶しないでください。』
 二人の先輩もまたやり取りして、のっそりと歩き始めた。
 「ちょっとカズミ!練習も良いけど早く帰りなさいよ。獣が沸いて出てくる時間なんだからね!」
 「ええ、こんな彼女が言うのもなんですが、危ない時間帯なので聞いてあげて下さい。」
 それぞれ助言を言って去っていった。
 「それじゃあオレも行くとしようかね。そっちも気を付けて。」
 「は、はい。さようなら…!」
 吉田先輩も立ち去ってまた一人になった。左手で頬を触る。
 (私…ちゃんと楽しそうにできたかな……?)
 チリチリキリギリと、虫のさざめきが耳障りに思えて仕方なかった。


 腕時計を確認する。七時二十三分。辺りは真っ暗になり、唯一自分の座っている部分にだけ電灯の明かりだけが降り注いでいる。寒い。ジャージを着こんだのに寒い。体操座りをして胸と足を限りなく近づけて、熱を逃がすまいとしているのに。何も変わらない。むしろ自分の体より、手に持っている先輩から貰ったドリンクの方が暖かい気さえした。
 (…………。)
 お腹をさすりながらため息を付く。寒い上に吐き気も眠気もある。家に帰った方が良いのは分かっているが、それさえも気が滅入って動きたくなかった。だから気分がマシになるのを待つことにし、気休めにドリンクを飲もうとキャップをあけ口を付けようとした。
 「おい。」
 ッ‼びっくりして危うく落とすところだった。心臓がバクバクいってるぅ。
 「まだ居たの?」
 あの影は…吉田先輩……?


 「何故…?ここに……。」
 疑問を投げかける。七時四十分。この時間生徒たちは家に帰りついている時間帯、なのになぜき……だろうか?こちらに歩いてきたので、溜まった鼻水をすすり口を開く。
 「どうしてここに?」
 喉と鼻の奥がツンと痛む。冷静になろうと大きく呼吸する。
 「シ…会長の手紙に書いてあったことをしているだけだよ。ほら最初あったときの手紙にね。それでこんなところで自主練してたから、もしかしたらって思ってね。」
 ま、女の子と合理的に関われるのは俺得だからね。と聞こえないように小さく早口で言ったつもりだろうが全部聞こえている。あぁ、これでは一人でシンミリともできない。隣をみれば一人で体をグネグネと動かしている先輩の姿が飛び込んでくる。シンミリ感が薄れてきて笑いそうになるのを堪える。笑ったら何か自らの癪に触れそうな気がするからだ。
 「私のことはいいですから、帰ってください。」
 自分でも引くくらいの真っ平な声がでた。それはちゃんと先輩の耳に入ったのか、ふざけた動きを止めた。
 「……それは出来ない。」
 うわ、うざったらしい。無駄に正義感に駆られた人じゃないこれって。こういう人って助けてるつもりでも、当人にとっては邪魔者なのよね。分かったつもりでぺらぺら。正しいつもりでペラペラ。悪意じゃなく善意で動いているから、余計質が悪い。だからうざったらしい。
 「だってさ…、」
 あー始まる。善良な説教が始まることを予感した。
 「お前が帰ってくれないと‼オレの評価が落ちるんだようぅぅ‼」
 ……。…は?何を言ってるのこの人は?あまりにも予想外な言葉だったので理解が遅れた。なのに…。
 「オレだってなあぁ!帰りたいねん‼いつもだったら家に帰りついて漫画読みながらベッドに寝転がってる時間なんだぞ‼それをさ~~あのハチと浜野郎が『カズミちゃんどうせ無理するから様子見てきてッて♡』ってよぉぉー。だから仕方なくここに来たんだよ!オレも帰りたいからさ、早く帰ってくれ!いやもう帰れ‼」
 大声で大げさに身振り手振りして逆に訴えていた。これって私が悪いの?っていうか何この主張。善意は善意でも自己中心的な善意じゃない。
 (なんかスッキリしないけど、帰ろう…。)
 重い腰を上げて鞄を背負い帰ることにした。
 「お、帰ってくれる?」
 「はい…。今日はもう…帰ります…。」
 色々思う所はあるが、もうどっと疲れたので一言添えてバスケットコートを出た。


 すっかり夜になった。足元をよく見ないと扱けそうとさえ、この年齢にもなって思う程に。車から発せられているライトがヌルりと体を照らしては去っていきそれを繰り返す。
 それにしても、さっきの会話の衝撃が強すぎて、思考が何回も遡る。…。……。頭痛くなってきた。考えるのやめよ。今考えてもこのぼんやりとした感じは分からないだろうし。


 …。……。コートから出てきてずっと足音が付いてきている。思い当たる人は一人しかいない。後ろをちらっとバレないように顔を確認する。
 やっぱり吉田先輩だった。最初に助けを出したのは私だけど、さすがに帰り道まで来られると気持ち悪さを感じてしまう。この気持ち悪さで帰り道を歩くのはキツイ。ただあのコートで話したとき、先輩から嫌な空気は感じ取れなかった。なので後ろを向き、思い切って待ってみることにした。
 先輩は一歩の淀みもなく進んできて目の前で立ち止まった。
 「どうして立ち止まっている?」
 純粋な目と声質をしていた。
 「えっと、先輩が後を付いてきているなって気がして…。」
 とりあえず理由を述べてみると、先輩は申し訳なさそうな声と動きをした。
 「イッッ⁉えあ、まじ⁉…それは済まなかった、ごめん‼」
 なんか私が悪者に思えてしまうくらい、秩序を持った対応を取られた。ど、どうしよこの先なにも考えずに話ちゃった。このままだと気まずくなりそう。
 「い、いや別にそんな気がなかったのなら良いんですよ…。」
 あわわ、こっちがアタフタしてしまってる。
 「…この道をまっすぐ行けば、コンビニのある十字路に出るけど、」
 「あ、私はそこをまたまっすぐ進むので…。」
 「あいた、オレはそこを左に曲がるんよね。」
 なんってことなの!もうこれ黒歴史じゃない!ハァ…。もう最悪。超恥ずかしい。顔が熱いから、絶対真っ赤になってるぅ。しどろもどろになってどうするものかと考えているときに、先輩が助け舟を出してくれた。
 「フゥ。とりあえず歩こう。ただでさえ遅いのにさらに遅くなってしまうよ。」


 そして先輩の後ろを歩いた。……正直小さい。私自身164㎝と大きいとは言えないけど…。160㎝あるのかと疑問がでるくらいに。
 「少し話してもいい?」
 話?話ってなんだろうか。
 「え、ええ良いですけど。」
 十字路までもう少し距離がある。二人で無言で歩き続けるのは息苦しかった。
 「私ね、お前たちのような頑張ってる人間って嫌いなのよ。」
 は?また急に何を言い出すんだろうか。
 「あの時間だから、君は部活終わりに自主練をしに来てたんでしょう」
 「ま、あぁそうですけど…。」
 思う所はあるけど、黙って聞くことにした。
 「中学のときね、私はバレー部に入ってたんだよね。」
運動部だったんだ。
 「バレーするのは楽しかったからさ。迷わずそこに入ったんだよね。でもねうん、面白くなかった。試合に勝つため、ベスト4に入るためって監督からボールを体に打ち込まれたり、取れもしないしないようなボールを投げられて怒鳴られたりしてさ、当時の先輩達も泣きながらやってたのよ。そういう日もあると思ってたら、今度は面白い話をして笑いあってるのよ。当たり前なんだろうけど私からしたら気味悪くてね。芝居でもやってんのかって思うくらいに。」
 …。……。
 「そんな気味の悪さの中やってたよ。でもオレは身長もパワーも無かったから、そんな中でも悔しさはあったのよ。だから『個性を作ろう』という無個性な考えの下真面目に練習したよ。」
 何か心に引っ掛かった。
 「でも、うん。真面目にやった所で何も出来なかったよ。当たり前だよね。真面目にやっても『上手くなろう』って思わなかったもん。いくら真面目に練習、自主練を繰り返しても出来るはずがないよねって思ったよ。アッハッハッハ!とんだ笑い話だよ。それに頑張って得るものなんて『楽しさ』と『達成感』とかいう金にも将来性もない精神論みたいなもんやし。」
 ハッハッハ!豪快に笑っている。
 「好き放題言うの気持ち良すぎだろぉ!」
 先輩は私にむかって言ってはいない。だけど何故か私に引っ掛かった。返しが付いていて取ろうにも取れないモノ。痛みはない。だからこそ気持ちが悪い。いっそ痛みがあればマシと思えるチグハグした感覚が残った。
 「あ、ちょ、ちょっと待ってろ!」
 唐突に先輩は右の方向に走っていった。あれ、ここコンビニじゃん。いつの間にここまできてたんだろ。空にはまた月と星はテカテカと輝いてる。こういう感情の時は陰ってる方が相応しいのにな。
 「おい!」
 声の方向を振り返る。
 「オレからのせめてもの贈り物だッ!受け取れい‼」
 先輩のてから何か飛んできた。
 「うわッ⁉おっとっと…」
 辛うじてキャッチできたものをのぞき込む。
 『あったかミルクティー』
 ラベルにはそう書いてあった。
 「こ、これは…?」
 「コートであったときから、顔色が悪く見えてね。冷えは女の天敵なんでしょ?それで温めなさい。」
 心がじんわりと温かくなる。
 「あの、ありがとうございます!」
 お礼しかいえないけど、でもせめて大きな声で礼を伝える。
 「うわわ、良いのよ良いのよ。女性の前でカッコつけるのは男の性ってモンなんだから。」
 帰り道の方向に進みながら、謙虚に述べている。
 「それでその、私のことは名前で呼んで下さい。好きに呼んでくれて構いませんから。」
 虚をつかれた表情をしたが、にっこり表情を緩ませた。
 「ありがとうね…カズミ。」
 そういって先輩は歩きだし、建物と車に阻まれてその姿は見えなくなった。


 生徒会室のドアの前に看板が置いてあった。
 『役員議会中』


 「時間だ。アヤカ進めてくれ。」
 「はい。全員揃っていることは見て分かりますが形式上、確認を行います。」
 手に持っているファイルを広げ名前を呼び始めた。
 「生徒会 第一席 会長 福栄(ふくえ)シンゾウ。」
 「はい。」
 「生徒会 第二席 副会長は私こと三尾(みお)アヤカ。」
 「生徒会 第三席 保健委員長 久木山(くぎやま)レン。」
 「はい♡」
 「生徒会 第四席 文学委員長 (つつみ)ヨウ。」
 「はい…。」
 「生徒会 第五席 理学委員長 大浜(おおはま)ナオミ。」
 「はーい。」
 「生徒会 第六席 図書委員長 雨宿(あめやど)スイ。」
 「はいっす。」
 次に私の番。
 「生徒会 第七席 生徒会特別措置者 吉田ミョウ。」
 
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登場人物紹介

吉田ミョウ/パーフィット (AL)


生徒会七人目の生徒


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