其の四十三 上崎レイジーーその元彼女は……
文字数 2,205文字
「ここには慣れましたかな?上崎先生?」
第二グラウンドの後方で生徒たちを見守っていた上崎は、同じ教師である「門司」に声を掛けられた。
「門司先生――ええだいぶ慣れてきたかと。」
「確か上崎先生は……936地区――東北地方から転勤してきたんでしたっけ?」
上崎はそのスキンヘッドを撫でおろすように手をおき頷いた。
「はい。そこで資格をとってここに戻ってきたって感じです。」
門司はキョトンとした顔を造る。
「――もともとの出身はこの島ですから。」
1,2,3,4-―はいもう一回。
あつい、あついいいぃぃぃ!!
うるさいですよ!!吉田先輩のせいでまだ一段階目なんですからね――!
生徒たちは繰り返し、体育祭で行う型の練習をしている。
9月に入ったが日差しは強く、足がジンワリと赤く焼けている者も見える。
「であれば、尚更不便でしょう?この島には新幹線はおろか電車すらないですからね。」
「地区数も昔と変わってませんよ。50区までしかないのは……」
とても狭いことです。
門司と上崎は辺りを一周するように歩き、草をとってはお互いに話し続けた。
「最初みたときは驚きましたよ。その体で、スクールカウンセラーだったとは。」
上崎の筋骨隆々の引き締まった体を見ながら門司は続ける。
「てっきり体育教師とばかりに。」
「ははは、よく言われますよ。スポーツも良いモノですが、こっちのほうが重要でしたので。」
「前々から思っていたのですが校長先生はどちらに?」
一際大きい草を引っこ抜いて、上崎は尋ねる。
「職員会議のときも見かけた記憶がないのですが。」
あーそれね、と門司は汗まみれの顔をハンドタオルで拭き取り息を吐いた。
「大型出張って感じに700地区まで飛んで行ったんだわな。」
「700地区って首都じゃないですか。」
「そうそう。なんとも大がかりな仕事を引き受けたようでね。去年の9月に出ていってまだ帰ってきてないってことよ。」
両腕いっぱいの草を捨てたあと二回目の息を吐き、力士のようなふくよかな顔を上崎へと向けた。
「まぁ今は、インターネットの発達によって、離れていても会議自体はできるからさ。大丈夫だけど。」
早く帰ってきてほしいよ。平戸校長先生には。
あぁもう!!なんでそんな気持ち悪い動きができるんですか!?
それはひどくない!?
おしえてる身にもなってください!!
わあってるよ!!もう一回だ!!
赤組の、吉田ミョウと三尾アヤカが何やら言い争いを起こしている。
「彼の担任である門司先生に聞きたいのですが、吉田君に何かあったのですか?記録が随分と、他の生徒とは違ったのですが。」
門司もまた吉田たちの方向に目を向ける。
「不慮の事故ってやつさ。それで大けがして、8月~12月までの記録は白紙なんだよ。ただ
「……。」
上崎は口をつぐんでいる。
「それに事故の影響か、性格も素行も正反対だ。課題はやらないし、アダルトな本は持ち込むし、この学校の校則を変えたのだってアイツの馬鹿げた行動のせいですよ!いまじゃこの25区生は金髪や銀髪は当たり前になって、指輪やネックレスをしとる。さながら大学生みたいにな。」
前から思っていたのか淀みなくつっかえることなく、門司はペラペラと話す。
「それはいいよ。いいけどさ、当の本人は何も着飾ってないわけですよ。それで聞いたら『黒髪が一番、アクセサリーは興味なくって。』って――はぁ……」
元気なことは良いことですけどね。
門司はそう締めくくった。
(吉田ミョウ……か。)
『ありえないことですが、これが今起こってることです。どうか覚えておいてください。』
福栄シンゾウの声がよみがえる。
「それはそれとして、上崎先生はなぜカウンセラーに?その耳を見るに、柔道をしていたのでは?」
餃子のような左耳を眺めながら、門司は問う。
門司の言う通り上崎は柔道の経験があった。
高校、大学と続け全国大会優勝、果ては世界大会出場の経験を持つ。
「そう、ですね。理由は、ぶっちゃけて言ってしまえば、元カノを助けたいからです。」
元カノ――と門司は繰り返す。
「ええ。もう別れた身分ですが、それでも私には分かるのです。
生ぬるい風が二人の教師を撫で上げた。
太陽は金色にひかり、世界は平和だと言い聞かせてくる。
いいや。いいや―。少なくとも夢幻 だ。
脳みそはかき混ぜられていき、辺りは片目をつむったように立体感を無くし、鼻腔は『幸せ 』に満たされていく。
幸せは――幻想である。
この血が、
千切れた手が、
抉れた足が、
潰れた目が、
肌をこがし、人間の体を、家を折り曲げて畳んでゆくあの劫火こそが、
息を止めて、人間の体を、家々を洗濯しゆくあの激流こそが、
彼らに地に足をつけさせる――すなわち現実なのである。
故に、『死』あってこその『生』なのである。
「わかったかしら?『落花』あってこそ『開花』なの。――さぁ帰りなさい。諫早ナナさん。」
「相変わらず、
「はい、さようなら。また明日ね。」
トンと、24区商業高校のドアは閉められた。
第二グラウンドの後方で生徒たちを見守っていた上崎は、同じ教師である「門司」に声を掛けられた。
「門司先生――ええだいぶ慣れてきたかと。」
「確か上崎先生は……936地区――東北地方から転勤してきたんでしたっけ?」
上崎はそのスキンヘッドを撫でおろすように手をおき頷いた。
「はい。そこで資格をとってここに戻ってきたって感じです。」
門司はキョトンとした顔を造る。
「――もともとの出身はこの島ですから。」
1,2,3,4-―はいもう一回。
あつい、あついいいぃぃぃ!!
うるさいですよ!!吉田先輩のせいでまだ一段階目なんですからね――!
生徒たちは繰り返し、体育祭で行う型の練習をしている。
9月に入ったが日差しは強く、足がジンワリと赤く焼けている者も見える。
「であれば、尚更不便でしょう?この島には新幹線はおろか電車すらないですからね。」
「地区数も昔と変わってませんよ。50区までしかないのは……」
とても狭いことです。
門司と上崎は辺りを一周するように歩き、草をとってはお互いに話し続けた。
「最初みたときは驚きましたよ。その体で、スクールカウンセラーだったとは。」
上崎の筋骨隆々の引き締まった体を見ながら門司は続ける。
「てっきり体育教師とばかりに。」
「ははは、よく言われますよ。スポーツも良いモノですが、こっちのほうが重要でしたので。」
上崎の脳裏に一人の女性が花を散らして歩き去った。
「前々から思っていたのですが校長先生はどちらに?」
一際大きい草を引っこ抜いて、上崎は尋ねる。
「職員会議のときも見かけた記憶がないのですが。」
あーそれね、と門司は汗まみれの顔をハンドタオルで拭き取り息を吐いた。
「大型出張って感じに700地区まで飛んで行ったんだわな。」
「700地区って首都じゃないですか。」
「そうそう。なんとも大がかりな仕事を引き受けたようでね。去年の9月に出ていってまだ帰ってきてないってことよ。」
両腕いっぱいの草を捨てたあと二回目の息を吐き、力士のようなふくよかな顔を上崎へと向けた。
「まぁ今は、インターネットの発達によって、離れていても会議自体はできるからさ。大丈夫だけど。」
早く帰ってきてほしいよ。平戸校長先生には。
あぁもう!!なんでそんな気持ち悪い動きができるんですか!?
それはひどくない!?
おしえてる身にもなってください!!
わあってるよ!!もう一回だ!!
赤組の、吉田ミョウと三尾アヤカが何やら言い争いを起こしている。
「彼の担任である門司先生に聞きたいのですが、吉田君に何かあったのですか?記録が随分と、他の生徒とは違ったのですが。」
門司もまた吉田たちの方向に目を向ける。
「不慮の事故ってやつさ。それで大けがして、8月~12月までの記録は白紙なんだよ。ただ
校長先生曰く奇
跡的に回復
したらしくってね。親御さんとやおじいさま達のことは気の毒だが……。」「……。」
上崎は口をつぐんでいる。
「それに事故の影響か、性格も素行も正反対だ。課題はやらないし、アダルトな本は持ち込むし、この学校の校則を変えたのだってアイツの馬鹿げた行動のせいですよ!いまじゃこの25区生は金髪や銀髪は当たり前になって、指輪やネックレスをしとる。さながら大学生みたいにな。」
前から思っていたのか淀みなくつっかえることなく、門司はペラペラと話す。
「それはいいよ。いいけどさ、当の本人は何も着飾ってないわけですよ。それで聞いたら『黒髪が一番、アクセサリーは興味なくって。』って――はぁ……」
元気なことは良いことですけどね。
門司はそう締めくくった。
(吉田ミョウ……か。)
『ありえないことですが、これが今起こってることです。どうか覚えておいてください。』
福栄シンゾウの声がよみがえる。
「それはそれとして、上崎先生はなぜカウンセラーに?その耳を見るに、柔道をしていたのでは?」
餃子のような左耳を眺めながら、門司は問う。
門司の言う通り上崎は柔道の経験があった。
高校、大学と続け全国大会優勝、果ては世界大会出場の経験を持つ。
「そう、ですね。理由は、ぶっちゃけて言ってしまえば、元カノを助けたいからです。」
元カノ――と門司は繰り返す。
「ええ。もう別れた身分ですが、それでも私には分かるのです。
彼女の――宮城キョウコ
の叫びが。」生ぬるい風が二人の教師を撫で上げた。
太陽は金色にひかり、世界は平和だと言い聞かせてくる。
いいや。いいや―。少なくとも
彼ら
にとって脳みそはかき混ぜられていき、辺りは片目をつむったように立体感を無くし、鼻腔は『
幸せは――幻想である。
この血が、
千切れた手が、
抉れた足が、
潰れた目が、
肌をこがし、人間の体を、家を折り曲げて畳んでゆくあの劫火こそが、
息を止めて、人間の体を、家々を洗濯しゆくあの激流こそが、
彼らに地に足をつけさせる――すなわち現実なのである。
故に、『死』あってこその『生』なのである。
「わかったかしら?『落花』あってこそ『開花』なの。――さぁ帰りなさい。諫早ナナさん。」
「相変わらず、
宮城先生
の言ってることは難しいですよ。――ではさようなら!」「はい、さようなら。また明日ね。」
トンと、24区商業高校のドアは閉められた。