其の二十六 動き出した暴君

文字数 1,981文字

 「一学期もこれで終わりだ。あっさりと終わるものだね。」
 「そーですねー、変わりばえなく、7時半からの朝補習から始まって日が暮れるまで生活する。欠伸がでますよ。」
 カップに手をかけるのは吉田。
 机で突っ伏すのはカズミであった。
 7月25日。終業式。翌日から夏休みに入ることになった彼らは、いつもと変わらず物理室に集った。
 汗は噴き出しジットリと、カッターシャツに吸い付く暑さになっている。
 ただ吉田は今でも、学ランマントを着用している。
 カズミはそんな彼の服装に口は出さなくなっていた。
 「まぁ、夏休みになってもー、私たちには部活がありますから、休みなんてないんですけどねー。」
 それは夏の暑さのせいか、それとも後の日程のせいか、溶けるような口で話している。
 「夏の予定とかあんのか……?」
 吉田も同様に、口数も少なくなっている。
 「部活ばっかりですけど、お盆休みに、家族で買い物に行く予定ならありますよ‼」
 そこだけは元気な女の子のように答えた。よっぽど楽しみらしい。
 「どこに……?」
 「えっと、タウンモールですよ。ほら、19地区にある大きな店があるでしょ。」
 「あぁそこか…、お盆なんだろ?混むんじゃないのか?」
 彼女は頬杖を突きだして、
 「混みますねぇやっぱり。でも……やっぱり、その期間に行きたいのです。」
 悲しそうに言った。
 「先輩こそ何するんですか?」
 「オレか…、バイオリンで演奏でもしようかな……」
 カズミは意外そうな顔を浮かべた。
 「……いや似合いませんよ。」
 「お前は三月から変わったよな。あのときは可愛かったのに。」

 ドタバタと廊下から足音が聞こえてくる。
 「カズミちゃんはいる⁉」
 溶けた二人の会話に丸刈りの生徒が飛び込んできた。
 「うわ、彼女は、ほれそこにいるだろ。」
 驚いた声を出した後、吉田は顎でカズミを指した。
 「あれ、ボウズ君どうしたの?」
 眠そうに目をこすりながら、『ボウズ』と呼ばれた男子生徒に向き合った。
 「ちょっと、カズミちゃん‼あんた俺と同じで日直でしょ⁉日誌かかないと面倒なことになるよ‼。」
 ボウズは慌ただしい動きで、事の重大さを伝え、
 「あっ!ごめん‼忘れてた!!」
 そうして二人して台風の如く、物理室から去っていった。
 それを漠然と見届けたあと、彼女の座っていた席に目線を移す。
 ピンクの可愛らしいスマホが置かれていた。
 「………。」
 一通り思考を巡らせた彼は、流れるように彼女のスマホを手に取り、タタンとダブルタップをした。
 「―――」
 予想外に、容易くスマホの画面は開いた。
 パスワードもロックもされていないのは、あり得るのか?
 「あ⁉ちょっと先輩ってば勝手に何やってるんですか⁉」
 これもまた予想外。彼にとってこんなにも早く彼女が帰ってくるのは。
 カズミはスマホをとりあげると、ジットリした目で画面をみて、吉田に視線を送った。
 「なにか、見ました――?」
 彼女は胸の前にスマホを抱き寄せる。
 「隣に映っている人は……?」
 「‼――」
 そこで吉田への違和感を抱く。
 口は一直線に閉じられ、目は開いてるだけであった。感情を最低限に残されて、削ぎ落された印象を抱く。
 「早妃マドカ――私の姉でしたけど……」
 「姉だったのか……、ごめん、勝手に見ちまうのは悪いことだよな。」
 AIが意味も分からずに話すようなその様は、カズミの歯車を徐々に狂わせる気分にさせた。
 「先輩――何か悪いことでもあったんですか?」
 恐る恐る聞く。
 「気分だよ気分。今日は……こういう気分ってだけ。」
 それ以上のことは話さないと察し諦めたのか、カズミは荷物を背負った。
 「もう行くのか――。」
 「夏休みに合宿があって、怒られないように少しでも練習しようかなって。」
 扉に手をかけながら、彼女は返答する。
 「そうか――なら、」
 「……?」
 「いや、やっぱり何でもないよ。」
 吉田は何かを言いかけたが、喉にしまいこんだ。
 「気になるんですけど?」
 「髪にホコリが付いてる。」
 取ってつけたような誤魔化しかただった。
 「えっ⁉ホントだ、ありがとうございます。じゃあまた、二学期に会いましょ!」
 そうして彼女は走り去っていった。
 そんな彼女を見送った彼は、水道場に置いてあるコーヒー粉袋をのぞき込んだ。
  (あと……半分、飲みきれるか?)
 ジィィィィジィィィィっとヒグラシの声が、今さら彼の耳に届いた。


 「『大きな区切りがついたとき、また会いに来る』って俺は言ったよな?吉田ミョウ。」
 17時半。
 夕焼けが、空をオレンジ色に塗り終わった頃。
 正門に巨漢戦士が立ちはだかっていた。
 「あぁ――言ってたな。大窄カイ――」
 部活が終わってくたびれて帰る者、休みでのんびり帰る者、事情を知らぬ他人でも戦慄させる程、二人の空気は蜃気楼のように歪んでいた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

吉田ミョウ/パーフィット (AL)


生徒会七人目の生徒


ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み