其の二十一 成功者たちよ歓喜せよ!歓喜せよ!!
文字数 2,138文字
『ひとりの友の友となるという、大きな成功を勝ち取った者、
心優しき妻を得た者は自身の歓喜の声を合わせよ。
そうだ、地球上にただ一人だけでも心を分かち合う魂があると言える者も歓呼せよ。
そしてそれがどうしてもできなかった者は、この輪から泣く泣く立ち去るがよい。』
交響曲第9番第4楽章[歓喜の歌]より一部抜粋
6月24日 期末考査 開始
三日間に及ぶ考査は、霧雨のなか終結
ある者は難なく問題を解答した。
ある者は図、棒線を多様に用いて解答した。
ある者は問題文を読まず、白紙で提出した。
彼女は己自身に失望した。
今まで自分が呼吸のように積み重ねてきたもの全てが出来なくなった。
勝利する意味を見いだせなくなった。
課題さえまともにできなくなった。朝の4時までかかるようになった。
問題用紙すら面倒になって読む気すら無くなっていた。
まさに副会長にあるまじき醜態。
「――私は楽しかったよ。」
ベランダで隣に座っているカズミは、はにかみながらも口にした。
「アヤカがさ、どっからかボールを持ってきて『落とした方が負け!』って始まったあのボール遊び。勝つことも負けることも考えずに笑いながら川辺でやったじゃない?
私にとって勝ち負けなんて……。――主将も副主将も先輩後輩もいらなかった。私はアヤカと二人でもう一度遊びたかった。私はそれだけで充分だったんだから。」
左頬に手の平を当てて、立ち上がったカズミは天気雨のさす夕焼けの方向を振り向いた。
「暴力をふるった人間に、そんなことがよく言えるわね……」
「酷いことをいったもの、当然の結果よ。」
風が音を立てて過ぎ去った。スカートがグラデーションのように揺れ動く。
「副会長としてエースとして振る舞う君を、どこか遠い存在に感じちゃった。だから馬鹿にしたのよ。アヤカは立派になったのに、自分が惨めにみえちゃったの。認めたくなかった。」
「全部正直に言っちゃうのね……」
アヤカは意を決した気持ちで酸素を取り込んだ。
「嫌いなんでしょ…。どうしてここにきたのよ……」
か細い声を出しながら、アヤカは座り直して顔をうずめた。
そのときに肩甲骨まで伸びている髪に柔らかな抱擁感を感じた。
「――嫌いになれたら楽だった。でも、
ボサボサになっていたアヤカの髪を櫛で丁寧に梳きながら、アヤカにも自分にも言い聞かせるように口にした。
「甘えるのも弱さだけど、甘えられないのもまた弱さなんだよ。だから……、どうか私を、私たちを頼って――。」
以上といわんばかりに、カズミは手に持っていたヘアゴムで優しく、彼女の黒髪を結んだ。
ありがとう、
その言葉は声としての形は保ってなどいなかった。
役目をはたした黒いヘアゴムは彼女の手から滑り落ちていった。
「――で、仲直りをして持ち直し中ってこと?
それは上手くいって良かったですね……‼」
目の前に座っているシンに、苛立ちをあらわにして物を言うのは吉田。
「あぁ、幼なじみとして支えた早妃カズミ、そして三尾アヤカの場所を教えてくれたロングさん、ウルフさんには感謝しないといけない。
……聞いているのか?」
「聞いてるよ……。ハッピーエンド?良かったじゃねぇかそりゃ。」
普段のお調子者感は微塵もなかった。そこにあるのはただの怒りをまき散らしている獣である。
「何をそんなに怒っている?……役員としては嬉しいことだろ。」
「そうだな普通だったら喜んでいるよ。」
「……」
ガタりと音を鳴らして立ち上がり、吉田は窓際に立った。
「今日はいい日だよな。三尾アヤカと早妃カズミはお友達と協力して『仲直り』という成功を手にした。天気を見る限り、どこかの狐が結婚するらしい。だが、残念ながらオレはちがくてね。今日オレは喧嘩別れしちまった。オレが調子に乗りすぎたばっかりに……『友達やめる』ってメールが来てよ……。」
「あやまったのか?」
「もちろん……、だがなにも。悲しいが、もううんざりした感情が強くなってる。あと、何回、これを繰り返せばいいのか……。やらかす前に気づけたら苦労しねぇのにな。」
珍しく悲観的になっている吉田にシンは戸惑いの表情を浮かべる。
「――そんな顔するな。謝罪文は送った。これ以上オレが何しようと、相手が反応しない以上は意味がない。待つしかないのだから。
オレの事はオレがやるから、これを。」
シンの前にメモ用紙が置かれる。
「これは?」
「SCの日程表だ、三尾に渡してくれ。専門家に対応してもらったほうが確実だ。」
「自分の身より、他人の身を心配するのか……?」
「今さら自分を心配するなど遅いことだよ。今は、貴様たちを助ける特別措置者としての仕事をしないとな。」
そういって吉田は荷物を背負った。
「まだ5時にもなっていないぞ。どこに行く……?」
「帰る。今日は気に入らない日だ。」
一言だけ告げて、吉田は早々に立ち去った。
ただ一人取り残されたシンは、ワナワナと体を震わせて机を殴った。
音が空気を冷え固まらせていく。
「ほんっとに……!ばかだなぁ――」
心優しき妻を得た者は自身の歓喜の声を合わせよ。
そうだ、地球上にただ一人だけでも心を分かち合う魂があると言える者も歓呼せよ。
そしてそれがどうしてもできなかった者は、この輪から泣く泣く立ち去るがよい。』
交響曲第9番第4楽章[歓喜の歌]より一部抜粋
6月24日 期末考査 開始
三日間に及ぶ考査は、霧雨のなか終結
ある者は難なく問題を解答した。
ある者は図、棒線を多様に用いて解答した。
ある者は問題文を読まず、白紙で提出した。
彼女は己自身に失望した。
今まで自分が呼吸のように積み重ねてきたもの全てが出来なくなった。
勝利する意味を見いだせなくなった。
課題さえまともにできなくなった。朝の4時までかかるようになった。
問題用紙すら面倒になって読む気すら無くなっていた。
まさに副会長にあるまじき醜態。
「――私は楽しかったよ。」
ベランダで隣に座っているカズミは、はにかみながらも口にした。
「アヤカがさ、どっからかボールを持ってきて『落とした方が負け!』って始まったあのボール遊び。勝つことも負けることも考えずに笑いながら川辺でやったじゃない?
私にとって勝ち負けなんて……。――主将も副主将も先輩後輩もいらなかった。私はアヤカと二人でもう一度遊びたかった。私はそれだけで充分だったんだから。」
左頬に手の平を当てて、立ち上がったカズミは天気雨のさす夕焼けの方向を振り向いた。
「暴力をふるった人間に、そんなことがよく言えるわね……」
「酷いことをいったもの、当然の結果よ。」
風が音を立てて過ぎ去った。スカートがグラデーションのように揺れ動く。
「副会長としてエースとして振る舞う君を、どこか遠い存在に感じちゃった。だから馬鹿にしたのよ。アヤカは立派になったのに、自分が惨めにみえちゃったの。認めたくなかった。」
「全部正直に言っちゃうのね……」
アヤカは意を決した気持ちで酸素を取り込んだ。
「嫌いなんでしょ…。どうしてここにきたのよ……」
か細い声を出しながら、アヤカは座り直して顔をうずめた。
そのときに肩甲骨まで伸びている髪に柔らかな抱擁感を感じた。
「――嫌いになれたら楽だった。でも、
ミオ
は大切な人だもの、縁を切るようなことなんて絶対にしたくなかった――‼」ボサボサになっていたアヤカの髪を櫛で丁寧に梳きながら、アヤカにも自分にも言い聞かせるように口にした。
「甘えるのも弱さだけど、甘えられないのもまた弱さなんだよ。だから……、どうか私を、私たちを頼って――。」
以上といわんばかりに、カズミは手に持っていたヘアゴムで優しく、彼女の黒髪を結んだ。
ありがとう、
サキ
。その言葉は声としての形は保ってなどいなかった。
役目をはたした黒いヘアゴムは彼女の手から滑り落ちていった。
「――で、仲直りをして持ち直し中ってこと?
それは上手くいって良かったですね……‼」
目の前に座っているシンに、苛立ちをあらわにして物を言うのは吉田。
「あぁ、幼なじみとして支えた早妃カズミ、そして三尾アヤカの場所を教えてくれたロングさん、ウルフさんには感謝しないといけない。
……聞いているのか?」
「聞いてるよ……。ハッピーエンド?良かったじゃねぇかそりゃ。」
普段のお調子者感は微塵もなかった。そこにあるのはただの怒りをまき散らしている獣である。
「何をそんなに怒っている?……役員としては嬉しいことだろ。」
「そうだな普通だったら喜んでいるよ。」
「……」
ガタりと音を鳴らして立ち上がり、吉田は窓際に立った。
「今日はいい日だよな。三尾アヤカと早妃カズミはお友達と協力して『仲直り』という成功を手にした。天気を見る限り、どこかの狐が結婚するらしい。だが、残念ながらオレはちがくてね。今日オレは喧嘩別れしちまった。オレが調子に乗りすぎたばっかりに……『友達やめる』ってメールが来てよ……。」
「あやまったのか?」
「もちろん……、だがなにも。悲しいが、もううんざりした感情が強くなってる。あと、何回、これを繰り返せばいいのか……。やらかす前に気づけたら苦労しねぇのにな。」
珍しく悲観的になっている吉田にシンは戸惑いの表情を浮かべる。
「――そんな顔するな。謝罪文は送った。これ以上オレが何しようと、相手が反応しない以上は意味がない。待つしかないのだから。
オレの事はオレがやるから、これを。」
シンの前にメモ用紙が置かれる。
「これは?」
「SCの日程表だ、三尾に渡してくれ。専門家に対応してもらったほうが確実だ。」
「自分の身より、他人の身を心配するのか……?」
「今さら自分を心配するなど遅いことだよ。今は、貴様たちを助ける特別措置者としての仕事をしないとな。」
そういって吉田は荷物を背負った。
「まだ5時にもなっていないぞ。どこに行く……?」
「帰る。今日は気に入らない日だ。」
一言だけ告げて、吉田は早々に立ち去った。
ただ一人取り残されたシンは、ワナワナと体を震わせて机を殴った。
音が空気を冷え固まらせていく。
「ほんっとに……!ばかだなぁ――」