其の百四十七 泣け 俺の鼓動よ

文字数 3,192文字

「黒猫が11区に行ったって本当かい?」

4人の高校生の沈黙を破ったのは夜勤見回り中の刑事だった。
冬の乾燥した空気が、刑事の左袖をプラプラと揺らす。

「桜刑事――。よくわからないんですけど。
はい、わたし達に懐いている黒猫がいなくなっちゃって……、刑事さん なにか知りません?」

ナオミは呼吸を抑えながらも、早口で問いかけた。

その様子に桜は事情を察する。

「誰かそっちの方向に言っている人はいないかな?
なにか教えてもらえるかも…!」

「いや、もし11区に向かったのであれば、もう間に合わんだろ。」

ミナコの意見を、力なくケンジが否定する。

「いっしょに探してみよう。
その黒猫が11区にいったかどうかも分からないのであれば。」

桜が提案する。
なにも分からない状態の彼らには、それしか行動する選択はないのである。

黒猫(ラック)……。」
胸を押さえて、悪い予感を振り払うように、ナオミはつぶやいた。

-―――――――――――-―――――――――――

「うおおぉぉおお!!!
宮城さんが仕掛けたああああ!!!」

「やりぃ!!宮城さんが仕掛けたんであれば間違いないだろ!!
これで【黒豹】もおわりだな!!」

「あとは圧勝するだけっしょ!!」

ギャラリーが熱に浮かされながら、各々の感想を言い合う。
土砂崩れとコンクリートの砕ける音が喝采のように折り合い、お祭りのようににぎわっていた。


「宮城しゃんが仕掛けましたか。
ですが、黒豹もまたあなた様と同じ。油断なさぬように。」

タコ坊主もまた遠くから、蒸気が漂う景色をゆっくり見ていた。



その川は、人間の膝下くらいしかない浅い水位である。

普段なら老人たちが取れたての野菜を洗いにきたり、

子供たちがメダカ採りをする朗らかな場所である。

「グゥ……っ!」

「ダメじゃない?
目先の相手ばかりに注意しちゃ。」


いまは【朱】のものたちの、戦場になっていた。



「まさに【教師】らしいやりかただぜ。」

ルシフェルは思わず関心を示す。
いつもはポヤポヤと漠然とした全てを見ているが、このときばかりは2人の戦闘に釘付けになっている。

「……。」
メアリーは口は開かず、目だけでその意を問うた。

「虚をつける序盤では仕掛けずに、一定時間が経って地面が凍り付くのを待っていたんだ。

地面に含まれていた水分が凝固し不安定にさせ、パワー勝負に持ち込んだときに土砂崩れを起こすように計算し、確実に落とす方法を作ったんだ。

科学を習う獣はいないからな。

良くも悪くも――人間らしいやり方だぜ。」


「あの黒豹が……ここから巻き返す可能性はないんですか……?」

メアリーの眼差しを、あえて見ずにルシフェルは返答する。

「そんなこと俺に聞くな。
お前自身、もうわかっているはずだ……。」

彼女は虚しさに包まれた足で、道端の石ころを蹴飛ばした。

「なによ……っ、
(私たち)】と戦ってるんだったらまだしも、
(自分たち)】で身内殺しするなんて、バカ以外何者でも無いじゃない……。」



「この領域に入った以上、あなたは満足に【熱】を作れない。
エネルギーのないあなたなんて、ただの野良猫よ!!」


赤い大槌が、黒豹の顔面を殴打していく。
まぶたはきれ、2メートルほどの剛牙が一本折れて飛んでいった。



川に落とされた黒豹はあきらかに、パワーダウンしていた。

――エネルギーの元をたどれば【熱】である。

――ウォーミングアップをせずに激しい運動をすれば、肉離れや捻挫など、負担はダイレクトに体に来る。

黒豹の足元には【真冬】と【宮城キョウコの冷気】によって、氷点下まで冷却された水に浸されていた。

たとえどれだけ【ミスファイアリングシステム】で、発熱を促そうとしても、時間が経つだけでみるみる熱は奪われる。

かといってさらに呼吸を多くしても、一度調節をミスってしまえば体のどこかが破裂してしまう己のピーキーさに、精神もまた摩耗していく。

己と環境だけでも散々な上に、相手は【力】と【知性】を両立させ油断もしない【人間】である。

考えるだけでも頭痛をおこすこの無謀の戦いに――黒豹は後ろをむくことはしなかった。



「――こういった感じに黒豹にとってあの場所は、台風にさらされる一本の蝋燭だよ。
だけど、そんな有利とか不利とか、そんなの問題じゃないんだ。」

「……?
どういうことですか それって?」

ルシフェルのつぶやきに、メアリーは不思議な顔を浮かべる。

「考えてみろ 黒豹からしたら、ここは敵地のど真ん中だ。
そんな場所で自分と同等、いや上位者のヤツとタイマンを張るなんざ、俺からしたら考えもしない無謀なことだ。

ほとんどヤケクソというか、有利とか不利とかという概念が吹っ飛んでる。

【宮城キョウコ】と【黒豹】の間で、どんなやり取りがあったかは分からない。

だが、生き残るための材料を全て捨てていることは、黒豹が一番知っているはずだ。」

「どうして、そんなことを……?」

「それは本人にしかわからない。
ため込んだフラストレーションを、理にも敵わない暴論を、押し通すために争うこともあるだろう。
自分の命すら材料にしてしまう程の、【大いなる目標】を持っているならな。」

メアリーはもう一度、目下の二人を目に入れる。


(自分の命すらも捨てる 大いなる目標――……。)


「10月のときの黒豹ではない。
あの火傷するような、身震いするような、おぞましい咆哮は――怒りそのものだぜ…ッ」



「……ッ!」
宮城は後方へとのけぞる。
皮膚が大きく裂かれた腕を横目にして、黒豹に目を向けた。

白く霜が降り始めているど真ん中に、炎のごとき化け物がそびえ立つ。

巨大化した体を、筋肉質に変化させ、黒い体毛が徐々に赤味を帯びていっていた。

(倒れない……!
まったく驚かされるわ!!ここにきてさらにパワーアップするなんて!?)

鈍らになった氷刀を投げ捨てる。
投げられた刀は、黒豹の熱気によって一瞬で蒸発し、気体になった。

(そっか。あいつは私の戦闘スタイルを知らないから、限界まで攻めてなかったんだ。
だけどここまで戦えば、私の予備動作を先読みして、ベストな攻撃を選択できる。)

川は極限の冷気と無限の熱波によって、大蛇のようにうねり、お互いの縄張り争いを見せつけていた。

(大したものね。
この劣悪な状況を見て言えば、あいつは私より断然に【強い】…!!
信じられないことだけど、鉄人のような気迫よ…!!)

血管が膨張し、鋼鉄のように赤化した四足を使って、黒豹が駆け出した。

反動で、川を囲んでいる防波壁に亀裂が入り、生活水が噴き出す。


「チぃ……っ!!」
宮城は反射で、赤色の氷壁を張る。
鉄分を含んだそれは、より頑強で鉄筋コンクリートに劣らないものだが、

黒豹は小細工せず真っ向から突っ込んだ。

なにもないただの体当たり。

それだけのもので、氷壁は砕け、宮城は顎からストレートに喰らった。


(ッ――!!??
一番硬い氷だったのに、体当たりで砕けちゃうなんて…!!)

飛ばされた状態で、宮城は体をひねりながらバク転し、受け身を取る。

(どうする…!?
体力の負担 覚悟でさらに氷の出力を上げるべき…!?)

さらに突っ込んでくる黒豹を、少しの視覚情報と直感で避けていく。
余熱で肺が火傷を負う。

(それとも ミスファイアの余力が尽きるのを待ってから、イージーにパワーで押さえつけるか…!?)

大槌を顔面に向かって振り落とすが、化け物は大槌をまるごと口で受け、嚙み砕く。

砕かれた音に一瞬 拍子抜けした彼女に、靭尾が横腹を襲う。
肋骨が折れ、火傷した肺に突き刺さる。

「ゴフ…っ! アぁ…!! は、はははは……っ!!!

答えは最初から決まってるわ…ッ!! このペースは変えない…!

ここでカッとなってチャージするのは愚の骨頂よ。

難問を解くのと同じ。
基礎ができて応用ができないときって大抵自分でリズム崩すときだもの。

自分のコントロールをできてこそ一流!!
普通のことを普通にこなして 勝つのみよ!!」


口から逆流してくる血液を、川に吐き捨てて 教師は化け物を見据えた
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登場人物紹介

吉田ミョウ/パーフィット (AL)


生徒会七人目の生徒


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