其の百二十一 無責任な勇者
文字数 2,746文字
11月1日 17:00 24区 避難キャンプ
「まぁ、ナナちゃん、ありがとね……。わたしの体が、動かないばかりに、若い子ばかりに、無理させちゃって……。」
煤にまみれて、薄汚れた老婆がお礼を言った。包帯がタランっと垂れ落ちている。
「大丈夫ですよ。もともと医療系も習っていたので、これくらいなんてことないです。」
そういって諫早ナナは、キャンプを見渡した。
骨折して泣きじゃくる男の子。酷い凍傷を負った妊婦。足を噛み千切られた男性。
挙げればキリが無いほどの負傷者が、足の踏み場も無いほど、敷き詰められていた。
「まったく、困ったことだねぇ。原因不明の、災害?か何かで24区が吹き飛ぶなんて。
ここらの人間は、恋人や家とかを、帰る場所を、亡くしたものたちじゃ。」
老婆は不貞腐れたように、ブルーシートに横になった。
「市は援助こそしてくれるが、わたしらの亡くしたものは、誰が返してくれるのかなぇ……
それ以外は、なにもいらんというのに、それは絶対に返ってこんとは、許せんのをぉ……」
老婆の言葉を聞きながら、静かに外へと諫早ナナは出た。
月が目に入る。
普段よりも大きく、ただただそこに在る衛星が、黄金色に輝く星が、
今は憎たらしく見えてしまった。
「またお医者さんごっこか?」
「……あなたは?またふらついてたの?川原ケンジ君。」
髪をいかにも不良っぽく、緑に染めた青年は川原ケンジ。夏にスイによって病院送りにされた人間である。
「ホンっト、いい加減にしてくれないかな?私たちがこんなに頑張っているのに、あなたは手伝わないわけ?」
「は、人一人だけ助けて何になるってんだ?」
ナナの脳みそが、支配されたように熱くなる。
「あなたね!!それでも【人】なの!!??
困っている人がいたら助けるのが当然じゃない!!
もしかしてあんたも敵じゃないでしょうねっ!!??」
「困っている人がいたら助ける??
こんだけ数えきれない怪我人がいて、お前一人で何ができるんだよ!!??
もう二週間もろくに寝ずによ!!食料だって他人に分け与えて、自分の身体のことは何も考えちゃいねぇ!!
自己満足で助けられちゃあ、いい迷惑なんだよっっ!!」
冷たく、乾いた風が吹いた。
「宮城先生だったら何て言ったんだろうな。」
へらとニヤケタケンジの顔を見た瞬間、彼女の手が上がった。
荒れたの手のささくれが、彼の唇に引っかかってプつりと傷を負わせた。
「………っ」
とくに理由は無かった。ただカっとなって手を出しただけだった。
「おい、あがだはなんばしちょっとや。」
遠くの方で声がきこえた。
「キン……。見れば分かるだろ。諫早からビンタば食らったんだよ。
おまえこそ、どうしたんだ。」
力士のような、丸っこくて大柄なキンノスケは、ズイと腕を出した。
「お前が言った通り、区の端っこに行ったったい。
そしたら、ほれ、こがんな猫ば拾ったよ。
諫早、治療頼めるか?」
キンノスケの腕には、黒猫が抱えられていた。
毛並みはボサボサに乱れ、片目は潰れているのか重症だった。
「……ん。やってみる……。」
ナナは黒猫を抱えて、逃げるように走り去った。
「仲良くしろよ。諫早だって頼りになる助っ人になるって巷で言われとる。
俺たちガサツな男にはできんことばよ。」
ケンジはため息を吐いた。
「わかってる。ただ気持ち悪いんだよ。
人を助けているのに、自分は助けないなんて。
吐き気を催す矛盾じゃねぇか。」
唇の切り傷から、鉄の風味が漂った。
「――?
おいケンジ、あれば見てみれ!!なんか燃えてね??」
二人の青年は、24区という高所からあたりを見渡した。
いつものようにポツポツと街灯があるなか、一か所だけユラユラと、光源そのものが動いていた。
「っんだよ、、まだ何か起こりやがるのか……?」
言葉に反応したのか、打ち上げ花火のような振動音とともに、建物ごと爆発し、より光源が大きくなった。
-―――――――――――-―――――――――――
25区高校 燃えるガレキが落下するプラザ
「ダッはッはッはっ!!
なかなかやるじゃないの!スイちゅわ~~ん!!」
「ハぁっ!!……っがぁあぁああ!!!!」
笑いながら、攻撃を受け流しているのは、ご機嫌な吉田である。
対して、スイは視界はぼやけて、多量出血の貧血状態。加えてナイフに擦傷によりショック状態を引き起こしていた。
「アッハッハッハっっ!!
まだまだスピード上げて行こうか!!??はいせ~~の!!スピードっ!!ア~~っっっプ!!!」
それを知った上で吉田は弄ぶ。弱者をいたぶり、強者を演じる。それこそが彼の快楽そのものであった。
そして日本刀と果物ナイフの切り合いが、さらに加速していく。
もはやバレーで言う速攻の打ち合いである。
吉田にも身体に切り傷が入っていったが、スイは比べ物にならなかった。
皮膚が残っているところが少ないまでにあった。
「あらよっと。足元がお留守になっているぜ。」
おまけに、刀に意識を集中すると、足を攻撃されてしまうである。
ガクんっと膝を着くと、サッカーボールのように、スイの顎は蹴り飛ばされていた。
「ククク、身体が動かんだろ?このナイフには弱い毒が塗ってあってねーー。
なに安静していれ支障は出ないものだよ。だけど、こうも動き続ければ、ね~~。」
カランと刀が地面に落ちた。
「ヒュ~……、…ゥぅ……」
「毒だからね。悪化すれば死ぬよ。さらに、今は火事だからね~~呼吸だってまともできんだろ?下手すりゃ、喉が焼き付く。
まぁそれを言い訳にして、人質をよりも自分の命が大事なら、そこで目を瞑るといいよ。
そしたら、ハチミツのとこへ行くとしよう。そうだ!その次は貴様の恋人を殺してあげよう!!
一人で死ぬよりも、寂しくないだろう!」
嬉々として吉田ミョウは、1人で喋って、1人で笑っている。
「……っ…」
「ほう。まだ立つとはね。いいよ望みどおり、相手してあげる。
ホッントに蛮勇だなッ!反吐がでるッッ!!
あいたッッ――」
その瞬間、吉田の頭にガレキがぶち当たった。
1歩、2歩よろける。
その間にスイは刀を杖替わりにして立ち上がった。
スイは察していた。もう敵うことはないと。
されど、それが逃げる理由になるのか?
それが、自分の美学たるその愚かさが、囚人のように足かせになり、無責任に立ち上がる結果になった。
「クク、フフフ、キヒッヒッヒッ……」
血で真っ赤に染まった顔のまま、真っ白な歯を剥き出しにして、吉田ミョウはわらった。
【ちょいとステータス】
【雨宿スイ】
パワー C+
ガード B
体力 A−
【特徴】
魅力への憧れ――幼少期に焦がれた【魅力】への憧れ。この信念により、困った人を見捨てずにはいられない。
ある少女への敬意――11年前に出会って、自分がどういうものに憧れているかを、教えてくれた人への恩。これにより、上記の特徴にも発展している。
「まぁ、ナナちゃん、ありがとね……。わたしの体が、動かないばかりに、若い子ばかりに、無理させちゃって……。」
煤にまみれて、薄汚れた老婆がお礼を言った。包帯がタランっと垂れ落ちている。
「大丈夫ですよ。もともと医療系も習っていたので、これくらいなんてことないです。」
そういって諫早ナナは、キャンプを見渡した。
骨折して泣きじゃくる男の子。酷い凍傷を負った妊婦。足を噛み千切られた男性。
挙げればキリが無いほどの負傷者が、足の踏み場も無いほど、敷き詰められていた。
「まったく、困ったことだねぇ。原因不明の、災害?か何かで24区が吹き飛ぶなんて。
ここらの人間は、恋人や家とかを、帰る場所を、亡くしたものたちじゃ。」
老婆は不貞腐れたように、ブルーシートに横になった。
「市は援助こそしてくれるが、わたしらの亡くしたものは、誰が返してくれるのかなぇ……
それ以外は、なにもいらんというのに、それは絶対に返ってこんとは、許せんのをぉ……」
老婆の言葉を聞きながら、静かに外へと諫早ナナは出た。
月が目に入る。
普段よりも大きく、ただただそこに在る衛星が、黄金色に輝く星が、
今は憎たらしく見えてしまった。
「またお医者さんごっこか?」
「……あなたは?またふらついてたの?川原ケンジ君。」
髪をいかにも不良っぽく、緑に染めた青年は川原ケンジ。夏にスイによって病院送りにされた人間である。
「ホンっト、いい加減にしてくれないかな?私たちがこんなに頑張っているのに、あなたは手伝わないわけ?」
「は、人一人だけ助けて何になるってんだ?」
ナナの脳みそが、支配されたように熱くなる。
「あなたね!!それでも【人】なの!!??
困っている人がいたら助けるのが当然じゃない!!
もしかしてあんたも敵じゃないでしょうねっ!!??」
「困っている人がいたら助ける??
こんだけ数えきれない怪我人がいて、お前一人で何ができるんだよ!!??
もう二週間もろくに寝ずによ!!食料だって他人に分け与えて、自分の身体のことは何も考えちゃいねぇ!!
自己満足で助けられちゃあ、いい迷惑なんだよっっ!!」
冷たく、乾いた風が吹いた。
「宮城先生だったら何て言ったんだろうな。」
へらとニヤケタケンジの顔を見た瞬間、彼女の手が上がった。
荒れたの手のささくれが、彼の唇に引っかかってプつりと傷を負わせた。
「………っ」
とくに理由は無かった。ただカっとなって手を出しただけだった。
「おい、あがだはなんばしちょっとや。」
遠くの方で声がきこえた。
「キン……。見れば分かるだろ。諫早からビンタば食らったんだよ。
おまえこそ、どうしたんだ。」
力士のような、丸っこくて大柄なキンノスケは、ズイと腕を出した。
「お前が言った通り、区の端っこに行ったったい。
そしたら、ほれ、こがんな猫ば拾ったよ。
諫早、治療頼めるか?」
キンノスケの腕には、黒猫が抱えられていた。
毛並みはボサボサに乱れ、片目は潰れているのか重症だった。
「……ん。やってみる……。」
ナナは黒猫を抱えて、逃げるように走り去った。
「仲良くしろよ。諫早だって頼りになる助っ人になるって巷で言われとる。
俺たちガサツな男にはできんことばよ。」
ケンジはため息を吐いた。
「わかってる。ただ気持ち悪いんだよ。
人を助けているのに、自分は助けないなんて。
吐き気を催す矛盾じゃねぇか。」
唇の切り傷から、鉄の風味が漂った。
「――?
おいケンジ、あれば見てみれ!!なんか燃えてね??」
二人の青年は、24区という高所からあたりを見渡した。
いつものようにポツポツと街灯があるなか、一か所だけユラユラと、光源そのものが動いていた。
「っんだよ、、まだ何か起こりやがるのか……?」
言葉に反応したのか、打ち上げ花火のような振動音とともに、建物ごと爆発し、より光源が大きくなった。
-―――――――――――-―――――――――――
25区高校 燃えるガレキが落下するプラザ
「ダッはッはッはっ!!
なかなかやるじゃないの!スイちゅわ~~ん!!」
「ハぁっ!!……っがぁあぁああ!!!!」
笑いながら、攻撃を受け流しているのは、ご機嫌な吉田である。
対して、スイは視界はぼやけて、多量出血の貧血状態。加えてナイフに擦傷によりショック状態を引き起こしていた。
「アッハッハッハっっ!!
まだまだスピード上げて行こうか!!??はいせ~~の!!スピードっ!!ア~~っっっプ!!!」
それを知った上で吉田は弄ぶ。弱者をいたぶり、強者を演じる。それこそが彼の快楽そのものであった。
そして日本刀と果物ナイフの切り合いが、さらに加速していく。
もはやバレーで言う速攻の打ち合いである。
吉田にも身体に切り傷が入っていったが、スイは比べ物にならなかった。
皮膚が残っているところが少ないまでにあった。
「あらよっと。足元がお留守になっているぜ。」
おまけに、刀に意識を集中すると、足を攻撃されてしまうである。
ガクんっと膝を着くと、サッカーボールのように、スイの顎は蹴り飛ばされていた。
「ククク、身体が動かんだろ?このナイフには弱い毒が塗ってあってねーー。
なに安静していれ支障は出ないものだよ。だけど、こうも動き続ければ、ね~~。」
カランと刀が地面に落ちた。
「ヒュ~……、…ゥぅ……」
「毒だからね。悪化すれば死ぬよ。さらに、今は火事だからね~~呼吸だってまともできんだろ?下手すりゃ、喉が焼き付く。
まぁそれを言い訳にして、人質をよりも自分の命が大事なら、そこで目を瞑るといいよ。
そしたら、ハチミツのとこへ行くとしよう。そうだ!その次は貴様の恋人を殺してあげよう!!
一人で死ぬよりも、寂しくないだろう!」
嬉々として吉田ミョウは、1人で喋って、1人で笑っている。
「……っ…」
「ほう。まだ立つとはね。いいよ望みどおり、相手してあげる。
ホッントに蛮勇だなッ!反吐がでるッッ!!
あいたッッ――」
その瞬間、吉田の頭にガレキがぶち当たった。
1歩、2歩よろける。
その間にスイは刀を杖替わりにして立ち上がった。
スイは察していた。もう敵うことはないと。
されど、それが逃げる理由になるのか?
それが、自分の美学たるその愚かさが、囚人のように足かせになり、無責任に立ち上がる結果になった。
「クク、フフフ、キヒッヒッヒッ……」
血で真っ赤に染まった顔のまま、真っ白な歯を剥き出しにして、吉田ミョウはわらった。
【ちょいとステータス】
【雨宿スイ】
パワー C+
ガード B
体力 A−
【特徴】
魅力への憧れ――幼少期に焦がれた【魅力】への憧れ。この信念により、困った人を見捨てずにはいられない。
ある少女への敬意――11年前に出会って、自分がどういうものに憧れているかを、教えてくれた人への恩。これにより、上記の特徴にも発展している。