其の百十九 25区戦線
文字数 2,095文字
「いってぇ~~、まさか本気で撃ってくるとは、覚悟のキマッたやつめ。」
物理室のある、三階のパラパラと、割れた窓ガラスを見ながら、吉田はぼやいた。
「そりゃ、オレは人間ではないが、生身の人間そのものなんだぞ。銃弾があたれば即死
だってする。
ってかあの銃弾、【蒼陣営】の気が編まれてたな。あっっぶなぁ~~」
冷や汗を吹きながら、吉田は立ち上がった。
銃が撃たれた瞬間、顔に近づく弾をカップで防いだのだった。
そのせいか、顔はいくつかの切り傷が刻まれ出血している。
どろりとヌメヌメとした血であった。
「さて、と。」
その言葉と共に、地面にサクッと、鋭い物が突き刺さった。
豆腐のように、コンクリートを切断できる長い刀身、それを持つ血走った眼をした生徒が、踏みしめるように振り向いた。
「殺してやるぞッッ、吉田ミョウッッッッ――――!!!!!!!!」
「その日本刀はどっから持ってきやがった!!このデコ助野郎!!!」
-―――――――――――-―――――――――――
「……25区高校での発砲をドローンが捕らえました。
いかがいたしましょうか?鹿島刑事。」
男警官はドローンを扱うパソコンを打ちながら、仁王立ちしている刑事に声を掛けた。
パソコンの画面では、わずかではあるが二つの人影が、縦横無尽に駆け回っている。
「そもそも暴走族だったとはいえ、一般の高校生を先に行かせたのはどういうつもりですか?
本部の極秘である、【聖なる銃弾】と【刑事の所持する日本刀】まで貸し出して、これは我々警察の行うことでありませんか?
いくらなんでも無謀かと――。」
警官の言ってることはもっともなことである。8月からの3か月、数えきれないほどの人が殺された。
警察も、いや消防本部も市役所もマスコミも、総動員で犯人を捜した。
しかし犯人どころか、違和感が町全体を支配していったのだ。誰も犯人の顔を覚えていなかった。
犯人の写真はあった。だが分からなかった。顔は見えているのに分からない。声も、シルエットも分からなかった。
ただ一つ瞳が【朱い】だけがわかったことだった。
鹿島は理解していた。【分からない】ことが何よりも、恐ろしい二次災害を引き起こすことを。
まだ辛うじて【秩序】を保っているが、これを壊されたが最後、人が終わることも。
「自分の命を捨てる、これは当たり前だ。それを前提として、使えるものはなんだって使うのが、責任者ってやつだ。
たとえ一般市民でも、それが子供でも、俺は使う。」
鹿島は、全警官に繋がっているインカムを一瞬見た。
「俺は虐殺者として死ぬ。それを知った上で付いてくるものは、俺の指示に従え。
もちろん逃げても良い。それが普通であり、俺の言ってることは、頭のおかしいことだからな。」
鹿島隊、総勢30名は、溶け落ちる夕焼けの中、各々の意志で動き出した。
-―――――――――――-―――――――――――
スイは吉田との戦いを、警官は行動を開始したとき、ハチミツもまた学校の中を走り回っていた。
(おかしい今日まで学校があったはず。それでいまは16:15分なのに、生徒が誰もいない……!!)
普通の校舎内だった。
普通の廊下、普通の教室内、放課後のこの時間だと、黒板に落書きしたり、いたずらで炭酸を振ってぶちまけることを思い出させた。
ハチミツの心にはやるせなさがあった。彼にとって
彼は、昔から女へと成りたかった。キッカケはなかった。ただ、女性のようにキレイになりたかった。
揺れるスカート、鮮やかな口紅、華のような香りをまとって、髪を結って、変幻自在に変われる、【女】へと生まれたかった。
だが、幼き日から感じてはいた。男である自分が、女へと成りたいなど、……。火を見るよりも明らかだった。
しかし理性ではそう思っても、本能は変わらないらしかった。周りからの目が証明していた。
男でありながら、女になりたく、されど男を演じる。
『おまえはなにをしたいんだ』そう言ってきた男の子に、なんて返せばよかったのか。
そんな状態が変わったのが11年前だった。一人の女子中学生との出会いだった。
『女になりたい?いい目持ってるじゃん!!男よりも女の方が生きやすいのよ!!!』
改めて思えば、根拠もなにも無い言葉だったが、背中を押されるのに十分だった。
それが、『元から女に生まれた人間よりも、男でありながら女の道を選んだお前のほうが『女』ってのを知ってると思ってるからさ。』そんなことをいう高校生がいるなんてね。
高校では、とくに何も困らなかった。それは二つの言葉からでもあったし、【ハチミツ】という名前のお陰かもしれない。
―――息を切らしながら、ピタリと足を止める。
こんな私でも、受け入れた生徒会とともに卒業したかった。
それが誇りを持って青春と呼べるものだと思っていた。こんなことになってさえなければ。
「吉田ぁぁ……、あなたはなにがしたいのよぉ……?」
3階廊下にいる、ハチミツの視線の先には、円のような形をした校舎に、支えられるようにホールがある。
いってしまえばホールだけの4階のような感じだが、そこに生徒たちがうつ伏せになって倒れていた。
3学年分の456人の生徒が。
物理室のある、三階のパラパラと、割れた窓ガラスを見ながら、吉田はぼやいた。
「そりゃ、オレは人間ではないが、生身の人間そのものなんだぞ。銃弾があたれば即死
だってする。
ってかあの銃弾、【蒼陣営】の気が編まれてたな。あっっぶなぁ~~」
冷や汗を吹きながら、吉田は立ち上がった。
銃が撃たれた瞬間、顔に近づく弾をカップで防いだのだった。
そのせいか、顔はいくつかの切り傷が刻まれ出血している。
どろりとヌメヌメとした血であった。
「さて、と。」
その言葉と共に、地面にサクッと、鋭い物が突き刺さった。
豆腐のように、コンクリートを切断できる長い刀身、それを持つ血走った眼をした生徒が、踏みしめるように振り向いた。
「殺してやるぞッッ、吉田ミョウッッッッ――――!!!!!!!!」
「その日本刀はどっから持ってきやがった!!このデコ助野郎!!!」
-―――――――――――-―――――――――――
「……25区高校での発砲をドローンが捕らえました。
いかがいたしましょうか?鹿島刑事。」
男警官はドローンを扱うパソコンを打ちながら、仁王立ちしている刑事に声を掛けた。
パソコンの画面では、わずかではあるが二つの人影が、縦横無尽に駆け回っている。
「そもそも暴走族だったとはいえ、一般の高校生を先に行かせたのはどういうつもりですか?
本部の極秘である、【聖なる銃弾】と【刑事の所持する日本刀】まで貸し出して、これは我々警察の行うことでありませんか?
いくらなんでも無謀かと――。」
警官の言ってることはもっともなことである。8月からの3か月、数えきれないほどの人が殺された。
警察も、いや消防本部も市役所もマスコミも、総動員で犯人を捜した。
しかし犯人どころか、違和感が町全体を支配していったのだ。誰も犯人の顔を覚えていなかった。
犯人の写真はあった。だが分からなかった。顔は見えているのに分からない。声も、シルエットも分からなかった。
ただ一つ瞳が【朱い】だけがわかったことだった。
鹿島は理解していた。【分からない】ことが何よりも、恐ろしい二次災害を引き起こすことを。
まだ辛うじて【秩序】を保っているが、これを壊されたが最後、人が終わることも。
「自分の命を捨てる、これは当たり前だ。それを前提として、使えるものはなんだって使うのが、責任者ってやつだ。
たとえ一般市民でも、それが子供でも、俺は使う。」
鹿島は、全警官に繋がっているインカムを一瞬見た。
「俺は虐殺者として死ぬ。それを知った上で付いてくるものは、俺の指示に従え。
もちろん逃げても良い。それが普通であり、俺の言ってることは、頭のおかしいことだからな。」
鹿島隊、総勢30名は、溶け落ちる夕焼けの中、各々の意志で動き出した。
-―――――――――――-―――――――――――
スイは吉田との戦いを、警官は行動を開始したとき、ハチミツもまた学校の中を走り回っていた。
(おかしい今日まで学校があったはず。それでいまは16:15分なのに、生徒が誰もいない……!!)
普通の校舎内だった。
普通の廊下、普通の教室内、放課後のこの時間だと、黒板に落書きしたり、いたずらで炭酸を振ってぶちまけることを思い出させた。
ハチミツの心にはやるせなさがあった。彼にとって
夢
のような高校生活だった。彼は、昔から女へと成りたかった。キッカケはなかった。ただ、女性のようにキレイになりたかった。
揺れるスカート、鮮やかな口紅、華のような香りをまとって、髪を結って、変幻自在に変われる、【女】へと生まれたかった。
だが、幼き日から感じてはいた。男である自分が、女へと成りたいなど、……。火を見るよりも明らかだった。
しかし理性ではそう思っても、本能は変わらないらしかった。周りからの目が証明していた。
男でありながら、女になりたく、されど男を演じる。
『おまえはなにをしたいんだ』そう言ってきた男の子に、なんて返せばよかったのか。
そんな状態が変わったのが11年前だった。一人の女子中学生との出会いだった。
『女になりたい?いい目持ってるじゃん!!男よりも女の方が生きやすいのよ!!!』
改めて思えば、根拠もなにも無い言葉だったが、背中を押されるのに十分だった。
それが、『元から女に生まれた人間よりも、男でありながら女の道を選んだお前のほうが『女』ってのを知ってると思ってるからさ。』そんなことをいう高校生がいるなんてね。
高校では、とくに何も困らなかった。それは二つの言葉からでもあったし、【ハチミツ】という名前のお陰かもしれない。
―――息を切らしながら、ピタリと足を止める。
こんな私でも、受け入れた生徒会とともに卒業したかった。
それが誇りを持って青春と呼べるものだと思っていた。こんなことになってさえなければ。
「吉田ぁぁ……、あなたはなにがしたいのよぉ……?」
3階廊下にいる、ハチミツの視線の先には、円のような形をした校舎に、支えられるようにホールがある。
いってしまえばホールだけの4階のような感じだが、そこに生徒たちがうつ伏せになって倒れていた。
3学年分の456人の生徒が。