其の四十二 無知であることは『幸福』を指し示す

文字数 1,246文字

 「……白々しいやつじゃ。」
 黒猫は壁に丁寧に立てかけられている、バイオリンのバックを見つめながら『嘔吐』した。
 そして目に映りこむ朱色の太陽に金縛りを与えられながらも、ラックはそれを見つめ続ける。
 ラックにとってそれは

を差し込んだ記憶があるからだった。

 黒猫にとってそれは

を取った決意があるからだった。

 彼にとってそれは

を占めた快楽が残っているからだった。

 「ラック。」
 ドアは開かれ少女がマネキンのように硬く立っていた。
 「いこっか。」


 ねぇ、次の練習ってどこー?――
 ――赤組は第二グラウンド~~?ダッル。歩かなきゃいけないじゃん。
 まぁゆっくりいこうぜ。授業よりはマシだろ?話したいこともあるしさ。
 それもそうね。ふふ。
 赤組のスイは周りが移動していくなか、水筒をとるのに苦戦していた。
 二学期に入っても骨折は治らず、ギプスは付けられていた。
 もちろん立ち上がればすぐに取れる。
 しかしそのためだけに自分が立つのは、負けた気分になるのだ。
 「っ――クソ、取れない……」
 仕方なく……、といった感じに立とうとすると水筒は取り上げられ、目の前に差し出された。
 「ほらよ。」
 「ありがと。ぼうz-―」
 「木場タカアキだ。そろそろ名前で呼べよ。お前らは。」
 スイに水筒を渡し、木場は無遠慮に隣に座り自分の水筒に口づけた。
 「ぷはっ、九月ってのに暑いな。」
 「まだ九月に入って三日目だよ。そう早くは変わらないさ。」
 木場は口から滴り落ちる水滴を、ジャージの袖で拭って立ち上がった。
 それにともなってスイも立ち上がる。


 「なぁスイ。俺ら運動会できんのか?」
 あてどもなく木場は口を開いた。
 「俺らにとって運動会は数少ない青春だ。だが、あの事件で町全体の警戒はあがりイベント事は廃止されていってる。」
 ぱっと信号が赤へと変わる。
 「犯人は捕まってないっていうし。警察に頑張ってもらいたいよ。」
 スイは郷愁の空を見上げる。
 辺りを飛び回る鶴に目を合わせられる。
 「あー、そうだよな――」
 スイはそういって前を歩き出した。


 耳を裂くような高音が過ぎ去った。スイの髪をこすって。



 「―――」
 彼の腕は木場によって引っ張られ、後方へといどうしていた。
 木場の顔は冷や汗を垂れ流して、ひしゃげた顔を浮かべている。
 「木場――?」
 「馬鹿野郎!!前をちゃんと確認しろよ!!!」
 信号は赤を示し続けている。
 「ごめん……」
 「ったく、泣きっ面をみせられる身にもなれよ。」
 木場はスイの手を取り、大股で歩き始めた。


 バイオリンの音が聞こえる、自分の役割を果たすために。

 それぞれの団長と話しあう、自分の今やるべきことを優先して。

 練習に打ち込むものがいる、女の自分を忘れたくて。

 笑顔を張り付けてダンスの練習をする、親を心配させないために。

 見下ろすものがいる、己が使命を全うするために。

 見守るものがいる、自分の体に、心に、違和感を浮かべて。

 笑うものがいる、この世すべてが楽しくて仕方なく。
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登場人物紹介

吉田ミョウ/パーフィット (AL)


生徒会七人目の生徒


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