其の百五十四 早妃カズミと鹿島ユキ

文字数 1,137文字

20区中央病院

「――だから早妃お姉ちゃんはここにいるの?」

「え……」

「あれ? やっぱりボーっとしてたの?
お姉ちゃんってばずっと1人ごと言ってたんだよ。マドカマドカって呟いていたけど。」

【鹿島ユキ】は手のひらにある折り紙を、カタリカタリいわせながら、【早妃カズミ】を心配していた。
青色の紙を、きっちり折りたたんで鶴をかたどっていく。

「ご、ごめんね。 変なこと言っちゃって…。
マドカって人は私のお姉ちゃんなの…。」

「お姉ちゃんいたんだ。 
いいなぁ!! ユキはひとりっこだからお姉ちゃんかいもうとか、欲しかったんだよねー。
あ――」

「ッ――ユキちゃん!!」


早妃は緑色のタライを手に取ると、ユキの口元においた。
心臓病を患っている少女は、度重なる抗がん剤治療によって、【戻す】ことは日課になっていた。


ユキは口まわりについた固形を拭いながら、暗い笑顔を浮かべた。
「けほ、けほ……、へへ。お姉ちゃんごめんね。
今日も汚いもの見せちゃって。」

「……」

早妃は何も言わなかった。
自分の言葉が、目の前の女の子を救うに値しないことなど、初めて会ったときから気づいていたのだ。

「早妃ちゃんのお話聞くと、やっぱり学校に行きたいなぁ。 
こんな病院抜け出して、鬼ごっこしたい。
ハチちゃんとお化粧の練習したいし、スイちゃんともメダカ採りの約束してるのに。」

ユキは中身が抜けて漂ってるホコリのような、弱い口調で話す。

「でもね、ユキだってこどもじゃないんだよ。
人が死ぬってわかってる。
お父さんもお母さんも、スイちゃんも殺されたんでしょ?
ユキもしんぞう病に殺されちゃう。」

早妃は折り終わった鶴をベッドにコトンと置いて、少女の手を握った。

「そんなことにはならない……っ。
きっと千羽鶴さんが、ユキちゃんを守ってくれるよ。そのためにいま折ってるじゃない。」

そんな【サンタさんが来てくれる】ような浮ついたことを言った。
彼女自身も、自分の吐いた言葉に虫唾が走り、左目の赤い瞳が輝く。

「……きれいなおめめ。」

ユキは、早妃の失明している赤い目に手をのばす。

「前から思ってたの。
この色みてると安心するんだぁ。どこか【わたし達のために怒ってくれてる】気がして。」

「怒ってる……。」

赤く紅く朱く――どこまでも底のない情景を思い出すと、恐ろしいけれど、ずっと安心して眠れるような錯覚を、ユキは感じた。

「ユキね、まえから刑務所に行く日があるんだ。
囚人のみなさんがなぜ罪を犯したのか、お話を聞く日があるの。おじいちゃんに連れられてね。
こんかいはね早妃ちゃんもいっしょに来てほしんだ。」

「わ、わたしは、いいよ。そんなところはちょっと、怖くって。」

少女は早妃の耳に、口を近づける。

「おじいちゃんから言われたの。
【三尾アヤカ】が会いたがってるって。」
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登場人物紹介

吉田ミョウ/パーフィット (AL)


生徒会七人目の生徒


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