其の百五十五 頑張ったじゃない

文字数 2,458文字

「■■■■■」

「? 千流どの、いまなんとおっしゃいました?
すみません。良く聞こえなくって。」

犬神は汗をぬぐいながら、千流と向かい合っている。
鍛錬を終えたばかりか、普通の犬のように、息を切らしている。

「……。
鍛錬するならば8割のパワーを維持できるよう目指せ。
戦いが長引いて体力切れで話しにならんからな。」

「は、はぁ……。」



誤魔化すように千流はぺったんぺったんと歩き去った。



■■■■■(メアリー)の情報はこの世界から消した。
だが、唯一の妹である【早妃カズミ】あの女だけが、未だ覚えておるのか。)

「疲れていますね。休暇を与えましょうか?」

「シネスティア様……。
必要ありませぬ。この異変が解決したらたっぷり睡眠をもらいます。」

目の前に立っている、水色と黒色が印象に残る女王を前に、千流はため息をつく。

「そちらこそ眠れていますか?
儂はまだ長く生きてはいませんが、地球(姉君)に囚われて40憶年以上も生きている、(あなた)に、周りを救済する余裕は残っているのですか?」



しばしの沈黙



「――命を救う。
フフフ、そんなの気休めでやってることです。
そもそも、【命が生まれなければこんな事態になってないもの】。」


鶴の神官は、もうその場にいなかった。




-―――――――――――-―――――――――――


「座ってよ カズミ。
疲れたでしょ。刑務所なんて堅苦しいところなんて。」


「アヤカ……。」


一面灰色のコンクリートに包まれ、いまにも押しつぶしてきそうな面談室に、二人の女子高生は目を合わせた。

「時間は短い。有意義な時間にしなさい。」

「ありがとうございます 鹿島刑事。
カズミを連れてきてもらった上に、気をつかって貰って。」

鹿島は帽子を深くかぶり表情隠したかと思うと、面談室から退出していった。





呼吸すら場違いかと思ってしまう程、重い空気が肺にへばりつく。
そんななかでも、ただ1つ、【三尾アヤカ】に聞いておくことがあった。

最後に、面と向かって話したのは、夏ごろでありまだ高校に通っていた時期だったからこそ、

「ねぇ…アヤカ……、どうして、こんなところにいるの……?」

刑務所といえば罪人を捕らえる豚箱。 そんなところは十分にわかっていた。
だからこそ彼女がそこにいる意味が分からなかった。

彼女は【害虫】を嫌っている。
それは人に危害を加える者、迷惑をかける者、一言でいうと【悪人】すべてである。

三尾アヤカはそれを【害虫】と【花】の生体関係で例えていた。



いまは本人が【害虫】となっているが。



「カズミ……、それ本当に聞きたいこと?」

「え――……。」

早妃の肩がくたびれたように下がり、過呼吸にも似た息が吐かれるのを、アヤカは目に納める


「少し昔話しようか、カズミ。
そうねぇ――中学生のとき、どんなことしたか、覚えてる?」

突然の話題変更に、早妃は戸惑いながら返答する。

「……、私は何もしてなかった。
強いて言えば、バレー部だったアヤカが夏休みに必死に走らされてたのは覚えてるけど…。」

「フフ、そうだったね。カズミは帰宅部だった。
帰宅部で授業が終われば、そのまま家に帰ることができた。
私ね――、あなたのことが気に入らなかったのよ。」


早妃の喉がヒュっと締まる
右の朱目がキラキラと色づくのをアヤカは見逃さずに続ける。

「私ねずっと信じてたの。 努力は報われるって。」

それは裏切られたように希薄な声だった。

「ずっと――ずっとよ。
お父さんが車にひかれて死んだときから、お母さんが男に依存していったときから、私はそう信じてたの。

なんでかな。 【死】も【依存】も私なんかが解決できるわけないのに、私が成功したら全部救われるって思い込んでたの。」


「………」
早妃は何も言わない。


「だからね部活で暴言が吐かれようが、パイプ椅子投げられようが、やめなかった。
これを乗り越えたら全部良くなるって思ってたから。

だけどそんなことにはならなくって、最終的に自分が犯されて殺人者になるなんて。
笑うしかないでしょ?
だから――、何もしていないあなたを見ているとずっと、イライラしてたの。」

アヤカの眼光が冷たく光る

「どうして、高校生のときにあんたをバレー部に誘ったか分かる?
私ね、ずっとね、人を見下したかったのよ。
こんなにも血反吐吐いて【頑張っている】のに、後輩にもコーチにも見向きもされなくなった。

だから、私より、運動能力のないあんたを誘ったのよ。 

あんだけ頑張ったんだもの、バチなんて当たるわけないでしょって、ね。

まったく、あんたを見下して笑ってたのに、……まさかアイツが状況を全部変えて来るなんて。

『生徒会副会長になれ』ってそんな、そんなことできるわけないじゃない。
私は、そんなできた人間じゃない……。
あぁ、でも、どうして、わたしは……」

【自分は善で、他は悪って考え方自体が、悪そのものね……】
はぁ、と犯罪者はため息を付く。
最後の言葉は独り言の懺悔であった。


「ねぇ、あんたにとって【吉田ミョウ】はどんな人だったの?」

言葉を亡くした親友にアヤカは問う。

「アイツは生徒会のまったく向かない私たちを組み込んで、
あんたのカウンセラーになって、冷夏事件を起こした。
カズミ、あんた本当は知ってたんじゃない?
夏のあの日、あの19区で、事を起こすってことを。」


【えっと、タウンモールですよ。ほら、19地区にある大きな店があるでしょ。】
【あぁそこか…、お盆なんだろ?混むんじゃないのか?】

7月 セミの鳴き声がなじむ時期だった。
うだる熱気と吐息を混ぜながら、学ランをマントのようにした男は、目を見開いていた。

【そうか――なら、】
【……?】
【いや、やっぱり何でもないよ。】

創られた人形のような、朱い瞳を向けながら。


「――――ぁ」


早妃の顔は真冬なのも関わらず、汗でじっとりと湿らせながら、同じ瞳である己の目を覆い隠す。



「時間だ、三尾アヤカ戻れ。」

扉をあけた鹿島刑事によって、彼女は立ち上がる。

「カズミ――あなたも、ご両親を失って苦しいんでしょう?
でも大丈夫。あなたはいつでも死ねるから。」

そう言い残してアヤカは監獄に戻った。

あとには早妃カズミの姿しかなかった。
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登場人物紹介

吉田ミョウ/パーフィット (AL)


生徒会七人目の生徒


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