其の百八十八 命を運んで

文字数 4,494文字

これなのだ
幾度となく見てきた
人間には、強い意思がある
強敵を倒すために
大切な者を守るために

だが、その意思が、命を燃やし始める

人間は義のために生き、義の果てに散る

生きることが、大事ではないのか

見てきた
人のために
国のために
世界のために
死ぬ

生きることが大事なら、
なぜ皆逃げない


――千流は眩く光っている水晶玉に、まぶたの幕を落す


もっとも腹立たしいのは

誰もが、その【死】をまえに

満足気な顔をすることだった



-―――――――――――



「なによ、
それって――」

窓ガラスの端から、光の柱が見えた
冬の光景とは思えない、熱いモノだということを
体が勝手に認識する

「じ、じゃあ――
これって、ユキちゃんが望んだことなの……?」

早妃は、ベッドよこたわる少女だったものに指をさす
全身を動かす糸は完全に断ち切られ
口は大きくあんぐりと開けられたままだった
それが、
生きている人間だったらはしたない行動であり、
そこから笑みを浮かべることも、手で隠すこともしない
ただただ無意味に口を開け続けているだけだった


「最初から、
ユキちゃんは分かっていました。
この病気が治ることはないと。
そして延命治療である、抗がん剤治療や幾重もの手術、
並みの女の子であれば、泣きわめいたでしょう。
―――。
でも、これで、ユキちゃんも普通になれました。」


「なにを言ってるのよ……。
あなた、仮にも医者なんでしょう!!!!
どうしてそんなに安心してんのよ!!
なんにもできなかったのよ!!
こんな女の子1人、助ける事さえできなかった!!
なにの、
なのになんでそんなことが言えんのよ!!


掴みかかってくる早妃に対して、
主治医は彼女の手首を握りしめた


「治ることも保証されないまま、
人体実験のように自己満足で治療され続けることと、
安らかに死ぬこと、
それを、鹿島ユキ本人が決めたことだ。
俺たち力の無い第三者は、
そのことを尊重しなければ――
何もできない人間は、それ以外求められていない……!!


主治医は早妃を無遠慮に突き飛ばした
現実を分からせるように痛みによって


看護師(ナース)、葬儀の用意を。
じきにここも、負傷者であふれかえる。
死人に使わせるほど、ベッドに余裕は無い。」


それっきり、喋ることはなくなった

早妃はただ、黙ってその葬儀の準備を見ているだけだった
ユキの病衣は脱がされ、死化粧がなされていき
彼女の体もまた、死人のように硬直していくばかりだった



-―――――――――――


町一つに大穴を開けた衝撃は
周囲全てを吹き飛ばした

大木は根元から抜けて大空に舞い上がり
家はバラバラになって、瓦礫のみぞれを散らし
炎や電気は、物質を伝って伝線し、灰の雨を降らした

「……………。」

宮城キョウコはその嵐のなか、
一切の身動きすら取らず、じっとその光の柱をみていた

数キロはなれているのも関わらず
肌をひりつかせる熱波を、彼女は肺にとりこむ

ザラザラとし油と汗と血が混じった味がした
よく慣れ親しんだ味だった

「………。
気が消えた――。
47区は完全に消失し、残ってたのはわたし達だけ。」

宮城は、血にまみれた氷の剣を
塵へと返す

「どうして?
そんなになってまで、まだ抗うというの?
上崎くん。」


-―――――――――――



嗚咽をまき散らして
刑事は叫ぶ
見るからに、喉から血が出る程だから
よっぽどのことだったんだろう

だが、光の柱によって
その慟哭も
その痛ましさも
すべて夜空に溶けるだけだった


「――――………。
ここにいても、
もうあなたができることは何もない。」

メアリーは、彼にむかって
淡々と事実を伝えていく

「この道を真っ直ぐ進めば、
46区の野戦病院に着きます。
ここからはあなた一人で行ってください。」

「なぜ………」

桜はペタンと座り込んで
顔を合わせることもせず、

「なんで、――
なんで、鹿島さんを助けなかった!?
答えろメアリー!!

顔を俯かせながら桜は、
胸倉をつかんで彼女を地面に押さえつけた

「やめなさい。
体が疲れてるでしょ。」

「お気遣いに感謝するよ……ッ、
救済の代行者のくせに、見殺しにはできるようだがな……!!

桜は、彼女に向かって頭突きする勢いで
顔を近づけた。

「なぁ……、あんたほどの者であれば、
もっと早くあの軍隊どもを殺して、
俺たちを助けることができたんじゃないのか!?
あの神官たちはなにをしてるんだ!!??
俺たちはなんのために、
ここで殺されたんだよ……!!

そこで彼は気づく、
彼女と接していた腰から下が濡れていくことに

視線を動かしその正体を目に入れる

「あんた、その傷は――?」

「あなたの言う通りよ。
救済の代行者でありながら、
私が腐っていたばかりに、
ここまで被害を広げてしまった。
だからこそ、私はここで立ち止まってはいけないの。」

桜は上半身をおこして、内ポケットを探る

「な、なにか治療キットを……」

「かまわない
あまり時間がないから――、
あなたには、やってほしいことがあるの。」


桜を押しのけて、
メアリーはビリビリに破れた制服スカートと黒タイツを
気休め程度に整え、辺りを見渡した

………
…………。

「救済の代行者と名乗っておきながら、
わたしはきっと、なにも分かっていない。
唯一、わたしには、暗闇が付きまとっているのがわかるだけ。
千流さんと話してちょっとだけ、自分のことは分かったけど、
それでもわたしは、ロウソクを片手に暗闇を歩いているだけ。
わたし達はみんな、ロウソクに照らされた隙間から、
狭い世界を見ているだけかもしれない。」

メアリーの独白が風に流れる

「メアリー、俺はいったいなにをすればいい?」

「警察や消防隊といった救命機関を、
あなたがつくりなさい。
そして、人を助けなさい。」

「俺が……、
なぁどうして、あんたたちがやらない?
普通の人間よりも、あんたらは優秀なはずだろ?」

彼女じゃ目をそらす

「【救済】というのは、人間を指しているわけではないの。
わたし達、神官や代行者が救おうとしているのは、
あくまでこの【惑星(地球)】だけ。
これを知ってしまったら、あなた達の士気が影響が出るから、
神官はなにも言わなかったけど。」

桜は、なんとか頭に入れて話を進める

「じゃあなにか?
端から俺たちを助けるつもりはなかったのか?
神官や代行者は
いったい何者なんだ?
なにをしにこの島に来ているんだ?」


彼女は立ちっぱなしで顔を合わせることはない


「人は、神を創った。」

「………は?」

「それは、助かるために。
太陽、大海、樹海、光臨、暗澹――
まだ知が発達していなかったときに、
人は安らぎと安寧にまどろむべく、
絶対的偶像を創った。
それが神――
人は常に、誰かに助けを求め続けた。
その結果、人は弱いまま、
多大な犠牲を払ってようやく進める存在になった。」


「つまり、………自分たちで解決する努力をしろと――。
だからって、
あのとき鹿島刑事を見殺しにすることが、正しかったかは……。」

「だから?
あの朱の軍隊は、人並み外れた体力、統率力、殺傷能力がある。
一般人にまず勝ち目は無い。
あなたはあのとき見えていなかっただろうけど、
軍隊は烏合の衆で、別館に固まっていた。
あの状況と、
鹿島さんの顔を見た限り――
間違ってなかった………と思う。」


光の柱が消え、
きのこ雲が上がっていく

「でも、私はあなた達を助けたいと思って、
助けきれなかった。
私の失敗です……。
だけど、私はまだ戦うつもりです。
わたしは、
わたしのできることをやる。
だから、桜さんもそうして欲しい。」


メアリーがようやく、桜に視線を向けたとき、彼は目線を落していた


「これを見ろよ。」

桜は震えた手を、彼女に見せる

「夏の冷夏事件が起こったあとに、
鹿島刑事は俺たちに言ったんだ。
『市民の平和を守るプロになれ』って。
俺は、そのとき、この島を守る者は俺だって思ってた。
俺は分かってなかったんだよ。
同僚を失うこと喪失感も
命を狙われる恐怖も
恩師(鹿島刑事)先輩(三島刑事)だけが死んでいく、
あの無力感も………。
片腕を千切られる痛みも。
こんなことになるんなら、
俺は警察を辞めてた。」


桜は、夏になくなった
先のない左腕をさする


「俺はプロじゃなかったんだ……。
すまない――
もうなにも、俺はしたくないんだ……。」


「知りません。
私はあなたに、戦う事だけを求めます。」


メアリーの声が冷たく響く


「――――。
もう時間がありません。
立ちなさい。」

「………。」

「見なさい。」

メアリーは、スカートのポケットから、
警察部隊の制証を取り出す

「やめてくれ……ッ――」

「見れない。
戦えない。
立たない。
精神でも壊したか?
仲間が殺されたのに、なにもしない、
役立たずの害虫に成り下がったか?」


桜は目を硬くつぶって、彼女の顔を見ようとしなかった

「すまない…。
俺になにを言っても無駄だ……。
俺はもう考えたくないんだ――。」

自分を納得させるように、彼は両手で顔を覆い隠す

「俺に残ったのは、後悔だけだから………。」

「それでいいのよ。」

桜は目を薄っすら開けた

「私があなたに頼んだ理由は、
いつかのあなたが、警察に志願したからよ。
警察になんて憧れなければ、
あなたはこの五島にくることもなく、
もっと都会なところで
サラリーマンだったり、
バレーボール選手だったり、
車の整備士だったり、なにかやれていたかもしれない。
奥さんと結婚して、
子供をつくって、
ごく普通の家族を養っていたかもしれない。
だけど、
あなたは、
平和を守る――
警察を志願した。」

メアリーは身動きせず、桜を見ている

「そしていまは、
同僚、先輩、恩師は死んで――
私の前には、あなただけが残っていた。
いつかの選択の代償は、
現在のあなたに支払いを求めている。
後悔という負債を加えて。」

風が止み、静けさが戻っていく
空が赤く、オレンジ色にかすれていた

「わたし達は、
生きているものとして、
それを支払い続ける以外他はない。
私は、
いつかの自分が、代行者に志願した日から――
あなたは、
いつかの自分が、警察に志願した日から――
過ちだったかもしれない選択が、
正しい道に繋がるまで、
進み続けるしかない。」


朝日が、姿を現す


「これは、自分の人生でしょ。」


「―――――……」


警察の制証は受け渡された


-―――――――――――


走る走る走る走る走る走る走る
走る走る走る走る走る走る走る
走る走る走る走る走る走る走る
走る走る走る走る走る走る走る―――

46区へ向かって
毒と出血多量の体を動かす

惨めったらしく
馬鹿で
阿保で
くだらない理由なんかで
暗闇のなか走り続ける

クモやゴキブリ、
ムカデやゲジゲジ
カエルやナメクジを蹴り飛ばし、
踏みつぶし、
口に入った羽虫は勢い余って、飲み込む

これが正しい事か
間違ったことか
愚かしい事か――


でも大丈夫

バカなことでも
意味の分からないことでも

きっと私たちのやったことは誰かが覚えてくれている

それがいまは価値が無くて
無意味なことでも

わたし達の行動は、
あとの誰かが

価値を与えてくれる

意義を与えてくれる

だってそうじゃない?

人の価値って
1人の人間が思いつけるくらい
小さなモノじゃないでしょ?




-―――――――――――


メアリーの前に
朱の男が降り立った

先の爆発に飲まれ、
服どころか、肌も黒くめくれ爛れ、
性別もわからないほどだった

口も溶けて穴もないが、
その眼だけが、朱ということを示す


「もう終わらせましょう。
クリスマスは夜だけで十分です。」
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登場人物紹介

吉田ミョウ/パーフィット (AL)


生徒会七人目の生徒


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