其の百九十四 深界

文字数 2,563文字

「ここは――?」

気付けば上崎の目には赤色の世界が映っていた
夕焼けでも朝焼けでもなんでもない

肉の腐り落ちたような臭いが
鉄の匂いが満ち満ちていた

ちゃぽんと赤色の液体に触れてみる

「……。」

血だった
血の海だった

海と空は血に染まって、
太陽が白色になっているほどであった

さざ波の音だけが聞こえる

人も
文明も
最初から無かったと思うくらい
殺されたと思うくらい
赤だった――

足を付けている地面に目を向ける
砂すらも赤だった

どうなった?
大窄カイ君は?
久木山レン君は?
宮城は?

無くなったはずの右腕がある

「ここはどこなんだ?」

正面の海から目をそらして
砂浜をのぞく

赤い砂が横一直線に伸びている中、
1つ、目を引き止められた

人だ
こんな場所に人が近づいて来ている

「驚きました。
上崎先生がここにくるなんて、
(オレ)考えてなかったっすよ。」

「君は――」

吉田ミョウだった


………

…………

「君は――、
死んだはずじゃ……。」

「あいた。
やっぱり(オレ)がやったことは知られてるんすね。
ええ。ええ。そうですよ。
(オレ)は11月に死んでいます。死にました。」

ゲーム感覚の軽いノリで吉田は言う

「いや、軽く言いましたが痛かったっすからね。
そりゃもう、お腹抉られて、首切られたら痛いんすよ。
あのシネスティアめ。」

「……。
君は死んだといった。
なら、ここにいる先生も死んだという事かい?」

口を尖らせている吉田に
上崎は疑問を問う

「先生はこういうときでも、『先生』するんだ。
――いいえ。
先生は厳密には死んでません。
正確にはちゃんと生きています。
ただ、ここにいるということは、
精神は生きる気満々なんですけど、
肉体に負担がかかりすぎて、意識を起動できない状態って感じです。」


「吉田君は?
君のことは刑事さんたちから聞いている。
25校が燃え落ちて、
歯や大腿骨しか見つからなかったと。
ここにいるということは、
君もまた、死んでいないというじゃないか?」

吉田は不満そうに頬を膨らませた

「――馬鹿だったら、知らなくて良かったのに。
まぁ(オレ)のことはとりあえずいいですよ。
だって、このザマですもん。」

吉田ミョウは手錠を見せつけた

「拘束具ってやつです。
ご丁寧に千流が編みこんで行きやがりましてね。」

教師はふと忘れてしまう
吉田ミョウもまた朱ということを
瞳が物語っている。

「とにかく(オレ)は何もできません。
だけど、上崎先生の手伝いはできます。
あ――、ここがどこかと言ってましたね。
ここは【深界】。
死んだことを認めない馬鹿どもが集まる場所です。」

吉田はガイドツアーのように、
手を広げて辺りにスポットを宛てた
赤色の海と空しかないが

「メアリーやルシフェル、千流に万樹にシネスティア。
いわば、救済を名乗っている奴は【浅界】にいる。
ってことは、
この深界は、救済とは真逆の立ち位置に在るということです。
いやホント、
どうしてあそこまで【人のために世のために】戦えるのか、
蒼の人たちを見ると尊敬しますよ。
もっとこう、
黒猫(ラック)のように、
キョウコさんのように、
【自分のため】に他人を殺すとか、そういうのが必要だと思うんだけども。」

そこで吉田は上崎を指した

「上崎先生ならわかるんじゃないすか?
【蒼】と【朱】
スクールカウンセラーである先生なら、
人間の心理側面に言い換えて、
――分かるんじゃないですか?
どうしてこうも戦い続けているのかを。」

上崎は朱い瞳に照らされながら、

「【超自我】と【イド】――。
精神科医ジークムント・フロイトが説いた、
【人間の】二つの側面。」

「その通りです!!
あとは【惑星の】って言いかえれば正解です。」

吉田は目を輝かせながら、ウキウキ顔で喜んでいた

「さすが先生、その通りっすよ。
蒼という、世界を救う――超自我
朱という、自分を救う――イド
一人の人間なら、葛藤という言葉で【自我】に落とし込みますが、
それが他者を巻き込むと、戦争になって、落としどころもありません。
絶滅以外は。」

手錠をかせられた囚人とは思えない程、
吉田ミョウは嬉しそうにしている

「上崎先生、
(オレ)の話に興味を持ってませんね。」

「………」

「さっき、(オレ)は言いましたよね。
この赤い世界は、
死んだことを認めない馬鹿どもが集まる場所って。
先生もまた、自分が死んだことを認めようとしてないんです。
いや――死んだ自分を【許さない】って思ってる。」

さざ波が聞こえる
彼は海を眺め始めた
学ランがマントのように揺れる

「先生自身が分かっているはずです。
心臓が止まっていることを。
低体温症をおこしていることも。
大量出血でショックを起こしていることも。
カイやハチは確かに優秀だが、医者じゃない。
あなたは【死】を、見てるはずだ。
でも、
あなたは、
あなた自身の死を認めようとしない。
………。
諦める気がないから。」


上崎は目を合わそうとしない


「世界が壊れても。
地球が壊れても、
同僚や生徒が死んでいくことも、
先生は、興味ないんでしょう。
宮城キョウコ以外に。」

「……」

「先生は、キョウコさんがよっぽど好きなんだと思う。
羨ましいほどに。
人が
世界が
死んだ、無くなったとしても
自分の女を――分かり合えた人だけを、
先生だけが、
自分のことだけを考えている。」

吉田は手を差し出した

「これは…?」

「力を貸します。
この【朱】の力を。」

上崎は目を見開いた

「あなたの肉体はもう絶えてしまっている。
でも朱になれば、
もう数分は持ちます。
それで彼女といっしょに、
地獄に堕ちて下さい。」

「―――理解できない。
宮城と同じで吉田くんも朱なんだろう?
どうして先生を助ける?」

吉田は笑った

「【終わり方は決まっているんです。】
その過程で何が起きようとも、(オレ)にとっては何も影響ありません。
それに――
スクールカウンセラーになったのは、
キョウコさんを助ける知識を身に着けるためだけの、
極めて、なにか、自己中心的なものを感じたわけです。
好きです。」

次は教師が笑った

「なるほど。
先生がここに来たのは、
自分が死ぬことを認めなかった頑固さと、
自分のことだけを考えていた、
先生自体に朱瞳になる素質があったというわけか……。」

「ええ。ええ。そうですとも。
命を大事にする暇があったら、
愛する人といっしょに死んでください。」

カチりっと電気が落とされたように
辺りは真っ暗になり、
どことなく小うるさい呼びかけ声が聞こえてきた


そうそう上崎先生、
もう我慢しないで、
彼女の本当の名前を言ってあげてはどうです?
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登場人物紹介

吉田ミョウ/パーフィット (AL)


生徒会七人目の生徒


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