其の百六十 拝啓 ツァラツストラ

文字数 1,790文字

「ねぇせんせーー?」

「……」

「上崎先生ってば聞いてるー?
不思議ですよねーー。 6月は学校だったのに、今は刑務所でカウンセリング受けてるって。」

「今日はやたらと伸びていますね。 何か変わったことがあったのですか?
三尾アヤカさん。」


グダーッと伸びているアヤカに、ガラス越しながら上崎は様子を見ている。


「変わったことー? 変わったことかぁー?
なんだかさぁ、価値観を変えられたっていうのかな?
夢みている気持ちなんだぁ。」

「夢、ですか?」

上崎は持っているペンを構える

「それは何か嬉しいことがあったと?」

「嬉しいぃ? いいえ、それではないですね。
なんだが――すごく衝撃(ショック)を受けちゃって……。」

「ショック。」

アヤカは目線を鉄の机にむけながら、

「18歳になって、世の中のこと分かっているつもりだったけどね、単に正論言ってただけなんだよね。」

上崎はメモを記す

「その正論が分かっとけば、悩みは無くなると思ってたの。
その事柄の【結果が善か悪か】それがすべてだと思ってたの。

でもー、7歳くらいの女の子こう言ったの『善でも悪でもそれは結果であって上も下もない。 その途中にあることが、重要』だって。」

上崎はメモを書く

「良い結果のために私は行動してきたの。 だから生徒副会長もやったしバレー部の主将もやった。

なのに――人殺しが悪いことだってわかってたのに――私は、最後の、最後に、自分のために人を殺しちゃった。」

上崎は二重線を引いて修正する

「この前までは、人を殺した悪者が、自分だって思うたびに吐きそうになってた。
だけど、女の子と話して、殺人の【途中にあったことは何?】って思って。

そりゃあ殺人は悪い事だけど、あのナイフを刺したとき、初めて自分を守ったって感じたの。」


「初めて、ですか?」


アヤカは上体を起こして、上崎と目を合わせた


「はい。 それまではずっと周りのことを気にしてたんです。

学校のため
善のため
友達のため
母のため

それが――自分の【幸せにつながる】って思ってたんです。

どこかの【優しい神様が見ていてくれる】って。

でもね、先生――それがほんとうの弱者ってわかったんです。」


上崎の手が止まる


「神さまがいようが、運が無かろうが、自分で成すのがほんとうの強い人なんです。

世の中には――【物理的】に弱い人や生まれた環境が劣悪な人もいます。

でも、神さまが助けてくれた人も、運に恵まれた人もいません。

あらゆることに、あらゆることを以て、自分を成功させる、これができる人が強い人だと思ったんです。」



「それが、【途中にあったこと】かい?」


彼女は思いつめた顔で、それでいて笑いながら、

「たぶんそうだと思います。
もし、私があのとき、昔のままだったら、男に強姦されて終わりでした。

あのとき、男だけじゃなくて、私は【私】を殺せたんです。

神にばかりすがる、甘えた自分を。」


「神……。」
上崎はペンを止めた


「いろんな規制や要素がぶつかって生きにくいこの世の中、わたし達は強くならないといけないんですよ。

神とか周りにすがるんじゃなくて。
そのために【神を殺して】、今の【自分を殺して】、強くなるべきなんです。

私たちは強者になる必要があるんです。

だからこそ――」




神は死んだ



「さすが先生。 かの哲学者 ニーチェ氏の言葉を分かっていましたか。
この言葉は正直意図が伝わりません。 彼自身もそうでしたから。

しかし、もしこの言葉に解釈を持てたら、すでに超人だと思います。」


「いえ。 私は――ただ、知ってるだけです。 分かってなどいません。」


アヤカはうんと伸びをする

「いや、単に話が難しすぎるだけっすよー。
こんな会話、高校生がすることじゃありませんし。
すみません変なこと話して。」

上崎はメモ用紙をファイルに保存する

「カウンセラーの仕事ですし、あなたからの言葉はこちらにも学ぶべきものがあります。
気にしないでください。」


てきぱきと片付ける上崎に、アヤカは最後の言葉を放った


「………アヤカさん。」

「前までは皆死んでほしいって思ってたけど、考えが変わったから先生にも伝えとくね。
大事な彼女なんでしょ?」



アヤカは笑みを作りながら、扉から入ってきた警官たちに連行されていった。

面会兼カウンセリングの終了である。

されど、上崎レイジの顔には冷や汗が流れていった

――宮城キョウコさんは、クリスマスの日にプレゼントを運んでくるよ。
とっても素敵な、忘れられないものを、ね。
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登場人物紹介

吉田ミョウ/パーフィット (AL)


生徒会七人目の生徒


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