其の百六十七 教師から生徒へ

文字数 2,190文字

「三島さんが宮城キョウコと接触した――十中八九 三島さんが死んじゃう。
急がないと。」

アヤカは放心状態の諫早ナナを支えながら、スマートフォンで地図アプリを開いている。

「第二次世界大戦から70年以上経ったというのに、まさかいまになって 防空壕を使うことになるとはね。」




47区では氷が舞っていた
とくに激しくもなく、穏やかな吹雪だった


「少しは冷静になった? 
そもそも砲撃に巻き込まれて、頭を強打してるというのに、なんで生きているのか不思議なんだけどね。」

「さいあくよ。 せっかく母親(死神)にあったというのに、いまはもうあなた(死神)になった。」

蒼い刀と冷たい氷刀が、黒煙と大火事を背景にして火花を散らした。



海の匂いとさざ波の音が響く中、2人の少女が洞窟にたどりつく

「ここね。」

アヤカが一息ついたとき、銃弾の群れが襲い掛かる。
洞窟の岩と弾けて、ぽっと明るくなったとき、

「う……っ!!」

アヤカの体を一発の弾丸が貫き、血しぶきをあげる。
体に入り込んだ、痛みと熱さに顔を歪ませながらも、少女たちは洞窟へと避難

ダメ押しのロケットランチャーも洞窟の入口をくずすだけであった。


目標は射殺できず。 追跡の是非を問う。
追跡不要 これより宮城氏の戦闘が始まる。 至急 初期位置に戻れ
了解



「これで……時間稼げるわね…。」

アヤカは銃撃を受け、流血している部分を手で押さえている
だが、思った以上深く入ったのか、手は真っ赤に塗ったくられていた

「大丈夫。 大したこと…ないよ。」

脂汗を滲ませながら、立ち上がると壁にそなえられているスイッチをつけて電気をつける
誰かが整備をしていたのか、ぱっと薄暗きオレンジに光る


アヤカはそのまま勢いをつけて、ナナを壁に押し当てた


「いい 諫早さん。 ここから先はもう君1人よ。 
入口は壊れちゃったけど、助けは必ずくる。 それまで生き延びなさい。
誰の助けもなく。」

ナナは焦点のあわない瞳を下げた

「私はいい。 もうわたしはいいの……。
こんな、こんな理不尽な目にあってまで、この世界で生きていたいと思いません。
――知ってたんですよ。 本当は、幸せなんてすぐなくなっちゃうってわかってた。」


彼女の頭に、笑みを浮かべた雨宿スイが浮かぶ。


「でも信じたかったんです。 生きていればなんとかなるって……。
それを壊してきたのは他ならない【世界(あなた達)】じゃないですか!!

お金持ちになりたいとも、キレイになりたいとも願わなかった……。
普通に生活できてれば
普通に学校に行けてれば!
普通に男の子と過ごせれば、それで良かった!!
それを、こうも邪魔してくる【世界】と生きてるなら、もう何もしないほうがいい!!」


「同情なんてしないわよ。 傷つくのが怖いなら、何もしないで死になさい。


ナナの訴えを、アヤカは即決で投げ捨てた


「う……う……」

「いま、うずくまってたら、本当に何もできないのよ……!」

悲痛をあげるナナに、アヤカは顔を歪ませる

「いやになっちゃったんだね……。
自分は何もしていないのに、周りが壊していくことに耐えられないよね。
だれを攻撃していいのかわからないから、うずくまるしかできないのよね。

誰かに攻撃しちゃったら、自分こそ【悪人】になってしまうから、【害虫】になってしまうから、それが怖いんだよね。

でも、結局自分がやるしかないの。 
どんなに汚れても、欲にまみれても、それで生きていかないといけないの。

それはどこまでもいっても自分なの。 価値のある自分なのよ 諫早さん。

ブラックコーヒーを飲むように苦いことだけど、そうしていけば、自分の新しいモノが見えてくるのよ…!」


「アヤカさんだって、他人のくせに!! なんにもわかってないくせに!!!!」


その言葉に触発されたのか、銃撃されたのにも関わらず、ナナの胸元をつかんで壁にぶつけた。
ほこりと砂利とともに涙が飛び散る

「他人だからなんだっていうんだ!! 
おまえこのまま死ぬつもりか!?
自殺する気か!?
いまここで死んでみろよ、私より先に死にやがったら 絶対許さないからね!!」

ナナの顔を血まみれの手で包み込む。
それに吊られて、ナナはつま先立ちで、涙しながら耳に押し込まれる

「【現在(いま)】が絶対じゃないわ。
未来(あと)】で間違いに気づき、後悔する……
わたしはその繰り返しだった……。」

母親の奴隷の時期、男から襲われた状態が頭にちらつく

「これでいいって思ってても、ダメで、だめで、駄目で……っ
ぬか喜びと、自己嫌悪を重ねるだけだった
でもね―――」

たった数日の付き合いだった女性が顕れる。 
他からみれば殺戮者、三尾アヤカからみれば女の象徴と成った、氷の女が

「そうやって一歩だけ、進めた気がするの。
いい? 諫早さん。 【もう一度だけ】希望にすがりなさい。
これからの自分に、なんのために生きるべきか、死ぬべきかを、その答えを見つけなさい。
そして――答えが見つかったら、もう一度お話をしましょう…。」



リップ音が1つだけ木霊した



「女のキスよ。 また会えたら、男の子とのディープキスを教えてね。」

「あ……」

アヤカは背後にある、電気もつけられてない、真っ暗闇の洞窟へ駆け出した。
真冬ということもあって気温は氷点下近く、こうもりやクモやムカデなどの巣があるなか少女は1人走り出した。 

セカンドキスも結局レモン味でないことに落胆しながら、過去に決着をつけるべく三尾アヤカは戦場に向かった

諫早ナナの手は虚しい空気を動かすだけだった
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登場人物紹介

吉田ミョウ/パーフィット (AL)


生徒会七人目の生徒


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