其の百九十六 また会いたい

文字数 2,832文字

「やめだ。」

「――。
どういうことよ。まだ戦いは終わってないでしょうに。」

男の突然の宣言に、メアリーは持ち上げた拳を迷いをみせる

「気を探ってみろ。
この聖夜の決戦は、宮城キョウコという女が始めたことだ。
(オレ)はそこに乗っかったに過ぎない。」

(これは――
小さな気が向こう側に……
でも、そのほとんどが死にかけている…)

「決戦を始めた本人が死ぬのであれば、
このまま戦いを続けるのは筋違いってヤツだ。」

「このまま、
朱である貴方を逃がすと思ってんの。」

刑事の自爆攻撃に巻き込まれていた男は、
全身の大やけどを治癒しながら
振り返って、その大きな背筋を覗かせる

「このまま(オレ)と戦うか、
それとも、功労者を助けに行くか――
どちらが救済に相応しいか、
分からない程に馬鹿ではあるまい。」

男は引っ掛かることなく、そのまま空に上がっていく。

「………。
待って、あなたの名をまだ聞いていない――!」

そのときだけ、男の動きが止まった

「我は王――
名など無く、
ただ王国の復活のみを目指すべく、
【星】に忠誠を誓った亡霊である。」




-―――――――――――


「宮城」

その名前の女は重苦しく瞼を開けた
体の感覚はもう無いが、青いことから空を見上げているものだと理解する

「あ…なたは…」

「落ち着いて話すのはこれが初めてだな。
俺は大窄カイ。
アンタの彼氏がいた学校の生徒だよ。」

カイは宮城の隣にどかりと座った
座ったというよりも、力尽生きているような重たさであった

「感覚が…
足の…感覚が…ないんだけど…」

「そりゃそうだ。
アンタの足というか、腰から下は無くなってるんだからよ。
今のアンタは手足も無いダルマで、
唯一その左目だけが機能してるんだからよ。」

午前8時
太陽は顔を出して、暖かな日差しを送っている

「ここにいていいのかしら…
他の子たち……は…死ぬんじゃないの…?」


「そんなに心配すんなよ。
レンと三尾アヤカはさっきの衝撃に巻き込まれたが、
ただ意識を失ってるだけだ。
ルシフェルは灰になった。確認するまでもない。
上崎レイジは――……」

カイは一呼吸おいた

宮城は横たわっているが、そこに影が落ちている
彼女のものとしたら不自然な位置になるものだが

「――死んだよ。
望みどおり、地獄に堕ちた。
アンタの近くに影だけ焼き付けていって、文字通り蒸発したよ。
なにも残っちゃいない。」

ぶっぎらぼうな報告に
宮城は笑った

「…ばかね……」

心底呆れたトーンだった

「そしてアンタも助からない。
体が真っ二つに千切れ、
手足も灰になって、
顔も口と左目以外炭に、
心臓も、アヤカによって穿たれた。
いくらアンタが化け物といっても、
生きてられる要素は無い。」

「ほんと…、邪魔なやつばっかり…
でも――、
なんだか…安心……してる…?」

彼女はすこし笑みを意識した
彼女にとっては精一杯の笑みだが、
カイから見たらとくに変わっていない

「そっか…
はは…何も変わらないからか…
男の奴隷になっても…、朱になっても…
私は…進んでなかったんだ……」

落ちてきそうな青空は
宮城の過去を塗りつぶす

「でも…彼らは…、絶望しても止まらなかった。
あれだけ…怖い思いしたのに、…自分のやれることを精一杯やったんだ…
勝利の女神が…朱に笑わないのは、きっとそこね…。
朱は、――神には成れないから……。」

「っ――、
宮城キョウコ、知っていることを話せ!
朱とはなんだ!?
3年前にも朱瞳のヤツは見かけた。
だがそいつは俺たちに有益なことを言った――
なぜお前たちは俺たちを殺しに来た!!

「ガは…ァ…っ――」

カイの質問の代わりに、
彼女の黒い血が返ってくる

「ハ…それは知らないわ…、
だけど…、私たちはなにも【共通の目的を持った組織じゃないのよ…】。
朱は、自分の…後悔を…復讐を…愛を…――
それぞれが…持っているモノを…晴らすため在っただけ…
その機会を得るために…あの【星】についていっただけ……――」


あんたは…上崎レイジを愛していたのか?


わからない

あたしはどうしてあの人の隣に居たんだっけ
男なんて数えきれないくらい抱いたし、抱かれたし、
どうして、彼氏に選んだんだっけ

――顔に暖かな雫垂れた

はは

はっはは…そうだ――彼ってば泣いたのよね
なんだったか、
失敗をしたといったから、慰めで抱き着いてやったんだわ

嗤いたくて、男の欲情した姿を見たくてやったのに
そうだ、それで彼――泣いたのよ

わからない

どうして?
私を犯すんだったらわかる
でも、
どうして彼はあのとき泣いたの?

-―――――――――――

「イロハ」

「吉田…ミョウ?」

宮城の世界は真っ赤に染まっていた
すべてが血で滲み
あらゆる間違えてしまったような、
そんな世界だった

「上崎レイジは先に行った。
だから、君も行かないといけない。」

「なにを言って――!?

突然彼女は、足を引っ張られる
いつのまにか、
彼女の足には枷がはめられており、その鎖は朱い海まで伸びている

「君は負けたんだ――」

その言葉だけで、彼女の気力を削ぎ落すのに充分だった

「私が負けた?
なにを、
そんなこと信じられるわけないでしょ!!
だって、私の体はどこにも傷がな――」

「あなたは彼氏とデートに行くことを夢見た、
彩羽モモだ。
残虐非道の宮城キョウコではない。」

吉田の言葉に反応するように、
鎖はガコリガコリと着実に、
彩羽を血の海に引っ張いく

「うそでしょ……っ
ねぇ嘘なんでしょ!!
だって、
だって私は――
まだなんにもできていないのよ!!
まだ男を皆殺しにしてないし新世紀にだって行ってないし、
まだなんにも終わってないのよ!!

彼女の慟哭に
吉田はなにも表情を変えなかった
手枷をはめたままジッと見つめている

「なんとか言いなさいよ!!
朱になれば、
朱になれば全部叶うって言ったのはアンタでしょうが!!

――イロハ

彩羽はピタリと動きを止める

「やめて…
そんな名前じゃない!!
あたしは宮城キョウコ!!
この世界に復讐するために――
後戻りできないために、あたしは人を殺したんだ!!

血の海は彼女を飲み込む

朱瞳の上崎レイジがリードする。
待ちきれない子供のように、彩羽の手を引っ張って血の底に向かう

「いやだ
やだやだ――
だってこんな最低な女がレイジ君と、
釣り合うわけない……」




砂浜には吉田ミョウだけが残った
長い間残虐の限りを尽くした女は地獄に行った


「わからなかったな。
宮城は――彩羽モモは最後に誰と話していたんだ?
あそこには誰も居なかったはずなのに。」


吉田は己に付けられた蒼き手枷を見つめる


「これで朱は誰もいなくなった。
あとは(オレ)がどうなるか……。」



-―――――――――――



カイは、喋らなくなった女の瞼を塞いだ
手の甲に冷たくフワフワしたものが付着する
雪だ
それも真っ黒な雪

たくさんの人たちの
涙が
血が
無念が
凝縮したような
憎悪の雪だった

すでに薄っすらと辺りが黒ずみ始める

ドサっと、カイは倒れた

「ねむぃ……
あたり…まえか…
死んでもおかしくなかったんだ……
考えるのはあとだ…
いまはもう――
寝かせてくれ…」

カイは意識を失い、
その場で目を覚ましている者は誰もいなくなった

かくして聖夜の決戦は幕を閉じた
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登場人物紹介

吉田ミョウ/パーフィット (AL)


生徒会七人目の生徒


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