其の十六 害虫は駆除するべき……
文字数 2,017文字
「――で、さぁオレ思うんだよねぇ。保育園児いいなーって。見たぁ?学校の敷地内で鬼ごっこしてるんだぜぇ…?なのにオレ達ときたら……こんな!プリントを!カチカチとホッチキスで止めてるだけって……ひまだわ~~」
「まだプリントは山積みだ。暇なら手を動かせ、吉田。」
私はプリントを束ねながら、二人の先輩を見る。
右はキッチリと制服を着こなし、その細い赤色のフレームが特徴の眼鏡を掛けた福栄会長。
左は相変わらずマントのように学ランを羽織り、灰色の目を細めて気だるそうにしている吉田…先輩。
窓の外をチラと見る。黒くはなかった。陽光が差し当たって明るい灰色をしている。
カチっとケトルが音を立てた。それを聞いた吉田先輩は、ぐっと立ち上がりカップとブラックの粉を持って水道場におもむいた。カップの中に銀色のスプーンで粉を入れていた。
「あの、」
「ん?どうしたのかな?」
「なぜそんな苦いものを飲むのです?」
前から抱いていた疑問を口にだす。
「だってほら、そこにレモンティーだったりお茶だったりたくさんあるのに……」
他の飲み物の素が入っている袋を指さしながら、先輩に問う。
「カッコつける目的もあるけど、…ほらまだいっぱいあるから飲まないともったいないじゃん。せっかく買っちゃったんだし。」
袋の中身を見せながら先輩は答えた。底が見えないほどまだたくさん残っていた。
コポコポとお湯が注がれていく音が背中から聞こえる。
……。
……………。
だからもう一つ質問をした。どうして吉田先輩が生徒会に入っているのかと。
「生徒会の説明のときには7人目の話はなかったはずです。原則6人なのに……。私は納得してません。生徒会は生徒を導く組織――福栄先輩はもちろんのこと、ナオミ先輩やハチ先輩、ヨウ先輩、スイ君だって優秀な成績・理念のもと集った役員です。吉田先輩はなにかやったんですか?」
自分の「何か」に対してイライラしているのか、最後は批難する口調になっていた。
「あー、まぁ『特別なこと』って言えばいいのかな?」
吉田は曖昧な口調で返答してきた。
「『特別なこと』って何ですか…?それをコネにして入ってきたってことですか……⁉」
害虫じゃないそれって…。
ふと、机に置いてあるプリントに目を移す。左手付近に一匹のアリが、せかせかと足を動かして紙の上を横断している。
頭に熱が出てくるのを感じる。心臓の鼓動に合わせてドクドクと頭を締め付けられていく。
制服の腕の部分にシワがある気がして、吉田に焦点を合わせながら二の腕をさする。
「コネ…、――ええコネで間違いはないな。」
吉田はあっさりと認めた。苦々しい笑顔とともに。
「ところで
吉田が心配そうな表情を浮かべて、顔を近づいてきた。
「ハ……あァ……!!」
そのことが――いや
空気は凍結し、椅子が静かに倒れていた。会長が唖然とした顔で、人形のようにころがっている吉田を見つめている。
次に私の顔を見つめた。なぜ?と。
「なにが『大丈夫』よ……なにも知らないくせに、なにもせずにただそこに座ってるだけの分際で、何が分かるってのよ……‼‼」
だから言ってやった。分かるようにわざわざ私は説明してあげた。
「大して成果もあげてないくせに、生徒会に居座って!
――ボールで打ち付けられる痛みも知らないくせに!!
誰からも期待されたことないくせに!!!
何も分かってないくせに!!!!」
「アヤカそれは――」
会長が何か言おうとしていたが、机を叩いて黙らせる。
やたら興奮していたのか、全身が急激に重くなり、私は顔を俯かせた。机にあるプリントは、多くの水分を吸ったのかふやけていた。
吉田の体が動いた。身を起こしたらしかった。
乱れた髪を、その痛む右手で耳に掛け直して、再度吉田に目を向ける。
「……お前のような人なんて生きてても――」
視線が真っすぐこちらを突き刺していた。
呆れでもなく、悲観でもなく、まっすぐにこちらを捕えていた。
言おうとした言葉を、喉にしまいこんで私は廊下へと出ていった。
何かが私を追い立てた。それはいまでも。私の後ろに何かがいる。私に―――しようとやってきている。だから私は息を乱しながらも逃げ続けた。
汚れないようにスカートを膝下に挟んで、自分の足を胸にくっつけて抱きかかえるように、人気のない三階の廊下の角っこに座り込んだ。
口を腕にくっつけてあったまる様にゆっくりと呼吸し続けた。
漠然と向かい側の廊下を見ていた。話声も、そもそも人が一人もいない状況でただただ虚空を見ていた。
湿気が多いのか、冷たい水滴が壁を無感情に落ち続けている。
右手の手の平を見ると、一匹のアリ《害虫》が小さく死んでいた。
私は笑顔を造ってみせた。
「まだプリントは山積みだ。暇なら手を動かせ、吉田。」
私はプリントを束ねながら、二人の先輩を見る。
右はキッチリと制服を着こなし、その細い赤色のフレームが特徴の眼鏡を掛けた福栄会長。
左は相変わらずマントのように学ランを羽織り、灰色の目を細めて気だるそうにしている吉田…先輩。
窓の外をチラと見る。黒くはなかった。陽光が差し当たって明るい灰色をしている。
カチっとケトルが音を立てた。それを聞いた吉田先輩は、ぐっと立ち上がりカップとブラックの粉を持って水道場におもむいた。カップの中に銀色のスプーンで粉を入れていた。
「あの、」
「ん?どうしたのかな?」
「なぜそんな苦いものを飲むのです?」
前から抱いていた疑問を口にだす。
「だってほら、そこにレモンティーだったりお茶だったりたくさんあるのに……」
他の飲み物の素が入っている袋を指さしながら、先輩に問う。
「カッコつける目的もあるけど、…ほらまだいっぱいあるから飲まないともったいないじゃん。せっかく買っちゃったんだし。」
袋の中身を見せながら先輩は答えた。底が見えないほどまだたくさん残っていた。
コポコポとお湯が注がれていく音が背中から聞こえる。
……。
……………。
だからもう一つ質問をした。どうして吉田先輩が生徒会に入っているのかと。
「生徒会の説明のときには7人目の話はなかったはずです。原則6人なのに……。私は納得してません。生徒会は生徒を導く組織――福栄先輩はもちろんのこと、ナオミ先輩やハチ先輩、ヨウ先輩、スイ君だって優秀な成績・理念のもと集った役員です。吉田先輩はなにかやったんですか?」
自分の「何か」に対してイライラしているのか、最後は批難する口調になっていた。
「あー、まぁ『特別なこと』って言えばいいのかな?」
吉田は曖昧な口調で返答してきた。
「『特別なこと』って何ですか…?それをコネにして入ってきたってことですか……⁉」
害虫じゃないそれって…。
ふと、机に置いてあるプリントに目を移す。左手付近に一匹のアリが、せかせかと足を動かして紙の上を横断している。
頭に熱が出てくるのを感じる。心臓の鼓動に合わせてドクドクと頭を締め付けられていく。
制服の腕の部分にシワがある気がして、吉田に焦点を合わせながら二の腕をさする。
「コネ…、――ええコネで間違いはないな。」
吉田はあっさりと認めた。苦々しい笑顔とともに。
「ところで
大丈夫
?顔は苦しそうだし、さっきから腕ばっかりさすってるけど、もしかして寒い?」吉田が心配そうな表情を浮かべて、顔を近づいてきた。
「ハ……あァ……!!」
そのことが――いや
そのこと
でさえ私は私自身の気持ちを悪くさせた。空気は凍結し、椅子が静かに倒れていた。会長が唖然とした顔で、人形のようにころがっている吉田を見つめている。
次に私の顔を見つめた。なぜ?と。
「なにが『大丈夫』よ……なにも知らないくせに、なにもせずにただそこに座ってるだけの分際で、何が分かるってのよ……‼‼」
だから言ってやった。分かるようにわざわざ私は説明してあげた。
「大して成果もあげてないくせに、生徒会に居座って!
――ボールで打ち付けられる痛みも知らないくせに!!
誰からも期待されたことないくせに!!!
何も分かってないくせに!!!!」
「アヤカそれは――」
会長が何か言おうとしていたが、机を叩いて黙らせる。
やたら興奮していたのか、全身が急激に重くなり、私は顔を俯かせた。机にあるプリントは、多くの水分を吸ったのかふやけていた。
吉田の体が動いた。身を起こしたらしかった。
乱れた髪を、その痛む右手で耳に掛け直して、再度吉田に目を向ける。
「……お前のような人なんて生きてても――」
視線が真っすぐこちらを突き刺していた。
呆れでもなく、悲観でもなく、まっすぐにこちらを捕えていた。
言おうとした言葉を、喉にしまいこんで私は廊下へと出ていった。
何かが私を追い立てた。それはいまでも。私の後ろに何かがいる。私に―――しようとやってきている。だから私は息を乱しながらも逃げ続けた。
汚れないようにスカートを膝下に挟んで、自分の足を胸にくっつけて抱きかかえるように、人気のない三階の廊下の角っこに座り込んだ。
口を腕にくっつけてあったまる様にゆっくりと呼吸し続けた。
漠然と向かい側の廊下を見ていた。話声も、そもそも人が一人もいない状況でただただ虚空を見ていた。
湿気が多いのか、冷たい水滴が壁を無感情に落ち続けている。
右手の手の平を見ると、一匹のアリ《害虫》が小さく死んでいた。
私は笑顔を造ってみせた。