其の十四 三尾アヤカという女の子

文字数 2,153文字

水平線に顔を出し始めた朝日を拝みながら登校した。
 ちょっとした階段を一歩一歩グニャグニャした感触のまま上る。
 アツい。
 朝から汗が流れ出る。顔の横を。首筋を。カッターシャツに染みついてべたべたする。

 でも私は女の子。スカートだから風が吹いたとき少しだけ涼しくなれる。ズボンとは違ってね。

 一組教室に入ると、黒髪ロングの女子生徒が笑顔でやってきた。
「―――――」
朝から元気ね。ちゃんと課題はやった?
 「――‼」
 ロングはビシっと親指を立てた。
 「―――――」
 「――――…」
 茶髪ウルフの女子生徒が、ロングを顎で指しながら呆れ顔をする。
 なぁに?また――に見せてもらったの?だめよ、ちゃんと自分でやらないと。
 私はお姉さんのように注意する。ロングは異議ありな顔をしたが納得してくれたようだった。
 「―――」
 眼鏡をかけた若い男性教師が号令をかける。朝のホームルームが始まった。面倒で平凡な学校は楽しい?


 昼休みになった。私たち三人は机をくっつけて弁当を食べていた。
 ロングはバッタの上半身をギチリと噛み千切り、ウルフはアリで固まったライスを口に運んだ。
 「――?―――‼」
 ロングが私の体を指さして訴える。
 私はこれでいいわよ。大丈夫よ。女として最低限のファッションぐらい嗜むわ。
 「――――――」
 ウルフがロングの頭を小突き、ロングに向かって説明する。
 「―――――⁉」
 「―――――――」
 今回ばかりは納得いかない、とロングが熱血に、それをウルフが冷静に議論が始まった。
私は面白くない?から笑った。


 掃除の時間。廊下を掃除するためにほうきをせかせかと動かした。ほこりやクリップ、割れた手鏡に破れた日記、学校でよく使うものが乱雑に散らばっていた。
ゴミはちゃんとすてないと。いらないものはすてないとよごれていくよ。
ちりとりがゴミで一杯になったため、いったん黒猫の口の中に捨てて、すぐさま掃除に戻った。


 古文の授業。日ごろから使っていない文法故に、次々と生徒が立たされていった。
 「―――‼」
 もれなく私も立たされた。しばらくして後ろの生徒が答えたようだった。誰が答えたのかと振り向いて確認する。
 「………」
 二組の早妃カズミがそこに立っていた。無機質の黒いガラスのような眼玉は、私を真っ直ぐに捕えていた。そして早妃カズミは唇をミミズのように舌で濡らして発言した。
 「勝つことってバカみたい」
 私はそれを聞いてカズミを押し倒した。椅子や机が騒音を立てる。親指を意識して、奥へ、奥へと首を絞める。力いっぱい絞める。息が荒くなるほど締めてるのにカズミは抵抗しなかった。瞬きをせずに私を捕え続けている。正直手を放したかった。カズミの体温は氷のように冷たく私の手はじわじわと体温を奪われていった。
 カズミはそんな私を見て、笑いながら舞台を見物している観客のようにいった。
 「どうして?」
 「ひッ―」
 大小の様々な蟲が腕の中を、その血管を這いずり回る感覚を覚えとっさに身を起こした。


 「?。どうしたアヤカ。うなされてたみたいだけど。」
 「福栄…先輩……?」
 どうも生徒会室に居眠りしていたらしい。枕替わりにしていた左腕をぐっと伸ばす。
 「手伝ってもらいたいことがあるんだが。」
 「なんですか先輩?」
 福栄先輩はドア付近にある二つの段ボールを指さした。
 「重くってね。僕一人じゃ危ないから手伝ってほしいんだ。」
 「あぁ、分かりました。」
 ずっしり重い段ボールを持って、私と福栄先輩は外にあるゴミ捨て場へと足を運んだ。


 外には保育園児がキレイなピンク空の下たくさん遊んでいた。アリの巣を壊す園児。バッタを捕まえて実験する男児、ミミズを何回も踏みつぶす女児――
 「ありがとう。」
 「……」
 足元に置いた段ボールに目をやりながら先輩の言葉を聞く。何が入っているのか無性に気になりだしていた。
 カシュっと先輩はマッチに火をつけた。
 「先輩?」
 「どうした?ゴミは燃やさないといけなのだが。」
 疑問を問う先輩に対して私は何も答えられなかった。ただ無反応が気持ち悪くて、段ボールの中身を力づくでこじ開けた。
 「――」
 右の箱の中身は、賞状やトロフィーが入っていた。どれも私の名前が刻まれている輝かしいもの
 左の箱の中身は、オモチャが入っていた。くまのぬいぐるみ、割れた手鏡 、女の子の人形、破れた日記。どれも私の使っていたもの。
 「どうして……?」
 「ゴミはちゃんとすてないと。いらないものはすてないとよごれていくよ。」
マッチを持った手は、おもちゃ箱にのっそり近づいて行った。
 「まっ――」
 待って、と言えば良かったのに。どうしても。どうしても。声が出なかった。声を出さなかったの。
 粛々とオモチャは灰へと変わり、辺りはキレイになった。


 「ハ……あぁ………」
 寝巻は汗で冷たくなっていた。室内は二十五度と蒸し暑いはずなのに、体が震えるくらい寒かった。壁にかかっているトロフィー(無機物)と賞状(紙切れ)を一瞥した後、冷蔵庫の冷たいスポーツドリンクで唇を湿らせた。
 「高総体は――二日前に負けて終わったんだっけ……」
 ベットに入り、布団で頭をずっぽりと覆った。自分を抱きしめるように丸くなった目を閉じた。
 時計は零時十三分を指していた。
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登場人物紹介

吉田ミョウ/パーフィット (AL)


生徒会七人目の生徒


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