其の百八十九 愛した人

文字数 1,446文字

「…………。」

青年は足を引きずる
凍傷を負ったところから、わずかに震えを隠しきれていない様子だった

「カイ!!
いったん引くわよ――ッ」

背の高いもう一人の青年が、大窄カイの肩を掴む

「はなせレン……。
まだ、終わっちゃいねぇ。」

それでもカイは歩みを止めない

「もう無茶よ!!
あたしもあんたも、体力は残ってない!!
この状態で、あの女と戦えるわけないじゃない!!

実際カイの右腕は低温にさらされ続け
グズグズに紫色に変色していた

「バカがよ。
右腕一本ていどだろうが……
まだ死んじゃいねぇ――。
それに上崎の先公が戻ってきたんだ。
俺が発破掛けた以上、1人で戦わせるわけにもいかんだろ……。」

カイは木にもたれかかったまま呼吸を整えようとしていた――




「どうして?
そんなになってまで、まだ抗うというの?
上崎くん。」



宮城キョウコは体を男子高校生二人の方向に向けながら、
顔だけ動かして、上崎レイジを見ていた

光の柱も、きのこ雲も消えて、
とても静かな朝焼けだけが残っていた

その光景だけ見れば、穏やかなものである

だが、あの朝焼けは血だ

「…………。」

宮城は上崎を視界に入れているだけで、
視線は太陽を見ていた

あの綺麗な朝焼けは、
自分にふさわしいような
でも、後ろめたさを助長させてくるような
彼女にとって嫌な朝日だった


「海の底に、君がいた。」

上崎が口を開く

「君には子どもがいた。
一才七か月の小さな子供が。
レストランにいて、
君はうどんを頼んだ
子供が食べれるものを選んでた
あと、シラス丼とか
ポテトも頼んでたけど、
子供が夢中にならないように
最初は隠していた。」


上崎の言った言葉は
すべて事実ではない

宮城に子供はいないし
結婚もしていない


「手当たり次第に手で食べる子供に、
君は苦労しながらも笑っていたよ。
食べ終わったら、子供は泣きじゃくっていた
たぶん、眠いから泣いたんだろう。
君は髪を引っ張られながら、必死にあやしていた。
背中をポンポン叩いてね。」


存在しない記憶

存在しない事実を上崎は語っていた

身に覚えのないことを聞かされ、
宮城は立ち尽くしていた


「俺は、それだけで良かった。」

上崎が一歩前にでた

「カイ君のおかげでやっとわかったよ。
俺は君が気に入らない。」

「へぇ……。」


宮城はため息交じりの曖昧な返事をする


「じゃあなに?
上崎くんの望んた通りの私が一番ってこと?
私に対して、そんなこと望んでるの?
そんなだから、男っていうのは気持ち悪「そうだ。」


上崎は宮城の言葉を被せた


「宮城キョウコって女は俺の彼女で奥さんで、
俺との子供を作って、
家族に看取られて、俺といっしょに死なないといけないんだ。」


「ちょ、ちょっとなにを言ってんの……?」


「でもいまの君は女性どころか、
人間性すら失って、瞳を朱く塗って悪ぶっている。
違うそんなの俺の宮城じゃない。
宮城キョウコは、俺のことを好きだと言ってくれたり、
俺といっしょにデートに行く女の子じゃなきゃいけないんだよ。」


宮城は息を呑んで、耳を傾けるのみだった


「さっきまでは君に殺されたかったけど、
やっぱりもういい。
俺はここで死ぬつもりだ。
そして
君もここで連れていく。」


上崎は歩みを速めて、彼女に近づく

「フ……あっはははは。
なによそれ。
初めてよ。
そんな意味のわからないことを言いながら、
私に殺害予告するなんて。
なんて変態さんなんのかしら。」


………

…………


拳が交わった

血の通った人肌のある拳

氷同然の、血も涙も枯れた冷たい拳が


「もうやめてよ。
あなたが愛した女はもう、
この世界から消えたの。」


女の言葉が
乾いた風といっしょに
空に消えていった。
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登場人物紹介

吉田ミョウ/パーフィット (AL)


生徒会七人目の生徒


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