其の三十二 救いの対象は?

文字数 2,030文字

 惑星の誕生――。

 生命の誕生――。
 友達が、家族が、あらゆるものを焼き尽くす太陽に憧れて死んでいく。
 やがて魚へと進化し、魚が魚を食べ合っていく。
 地に足をつけて、生活する生命たち。天敵に怯え、孤独に怯え、死んでいく。

 人間の誕生――。
 その強大悪の知性に逃げまどい、親を、子を、殺されていく動物達。
 『絶望』を抱きながらも、それにすら気づかない哀れな動物達。

 その知性をもって人間は生物たちの頂点にたった。
 しかし人間もまた、動物と同じ哀れな存在だった。
 人間同士で殺し合いを始めたのだ。

 我こそがと、『英雄』のように立ち上がり戦争を始める人間。
 同族で殺し合いが進み、その延長線上として社会は『正義』に気づいた。『偽善』に気が付いた。

 大義のために――殺されるために、大切に育てられる家畜たち。

 そうやって――『人と人との繋がり』という自己満足が世界を救えると夢をみた。


 『だけど、全ての人が繋がれるわけではなかった。』

 真っ黒な、膝丈ほどある海に私は突っ立っていた。

 『友を持てなかったもの。恋人をもてなかったもの。家族をもてなかったもの――……夢を掴めなかったもの。
いつからか――自分が特別な存在だと思ったのは?
自分が吐いていった言葉が嘘となって、突き刺さってきたのは?
日頃から見せていた「理想の自分」はどこにいった?
長年追いかけてきたのだ。いつの日か、自分が描いた未来というものを。
ああ、嗚呼、どこに消えたのだ――?
この目で見つけた、「正しい自分」はもう信じていいのか?』

 声が頭のなかで響いてくる。
 
 「nsduosnsoivb」
 虫の声
 「わかってる。」
 子供の声。
 「分かってます。」
 青年の声。
 「解っております。」
 老人の声。
 『本当はわたしたちの――』
 「かまわないではありませんか。」
 私の後ろで声が

。後ろを確認しようとしたのだが、どうしたことか、目が前方のみしか向かない。固定されているといってもいいほどに。
 「あなた方は健気に生きていた。その日を一生懸命に生きてきた。友を、愛する人を、家族を、祖国を果ては神を想い血反吐を吐いてきた。しかし……、あなた方は、友を、恋人を、家族を、祖国を、神を、失った。奪った。奪われた。殺された。殺したのです。事情がどうあれ、あなた方は敗者なのです。」
 『それ』は私の後ろから歩き出し、腕と手を動かし、演説し始めた。
 そしてぼんやりと人影が見えてきた。
 「だが、私はあなた方を肯定しましょう。全ての人々が糾弾しようとも、英雄が断罪しようとも、神が裁きを下そうとも、私はあなた方を肯定しましょうとも。何故なら――『正義』の証明が、私にはできないのです。はい。故に疑問を持つのです。ここにいる我々は『悪』なのでしょうか?あっち側にいる彼らは『善』なのでしょうか?」
 私の後ろから、右から、左から、わらわらと『それ』の周りに寄ってくる。
 男、女、子供、大人、老人。
 猫に犬、カラスに亀。
 ライオン、パンダ、ペンギン、トリケラトプス、ティラノサウルス、三葉虫………
 それらを取り囲む、多くの虫たち、微生物たち。
 「よって私は考えるのをやめました。『そこにいただけの存在』それが簡単です。ただ、彼らと違うのは――あなた方には無かった。駄弁り合い切磋琢磨しあえる友を。手をつなぎ、寄り添いあう愛人を。愛情と倫理を注ぎ込む家族を。安全と安心を捧げる国を。救済をほどこす神を――。あなた方は持ち得なかった。」
 一人の女性の顔が見えた。「世界」と「人間」のジレンマに身を割かれ、呆れを越して怒り涙するその形相を。
 「手を繋ぎましょう。我々は人種も種族も、時代も思想も神も異なります。しかし、敗者であることはみな同じなのですッ!あなた方は立派です。ですが、もう、自分は責めなくていいのです。」
 人間が動物が虫が、『それ』を手を取り合うように徐々に円を作り始めた。
 そんなあり得ない景色に自分の目を疑う。
 「敗者であり、たとえ『悪』だと言われようとも、嘲笑されようとも、私は――あなた方の傍に居続けましょう。」
 そうして円が成ったとき、彼らは変色して海に溶け込んだ。


 私と『それ』だけが居残った。
 「あなたは、まだこちらではありませんね。」
 どうして……?
 「簡単です。あなたはまだ生きている。」
 こんな、ところで、私が――?
 「ええそうです。覚えてはいませんかな?」
 確か、13日に、19地区にお父さんとお母さんと買い物に行って――
 「ふむふむ」
 その帰りに、バスが、突っ込んできて、
 「うん……」
 お、父さん、の、頭が潰れて、あ、あああ――
 「……」
 お、お母さん、が、誰かと、話してて、
 「…」
 それでそれで、お母さん、撃た、れ、て、わた、し、わ―わたしは――
 「――」
 あ、あああ、あああああ、どうして?どうしてどうして?


 「ねぇ――どうしてお父さんは!お母さんは死んだの!!?――誰か答えてよ!!!」
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登場人物紹介

吉田ミョウ/パーフィット (AL)


生徒会七人目の生徒


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