其の百八十六 Make up your mind

文字数 2,998文字

47区の戦いが始まって約5時間が経過していた
今や警察部隊はその9割が殺害されて、
生き残った部隊もまた戦意喪失し、投降しては容赦なく射殺されていた

そんな人間側としては絶望しかない状況でも、
敗北が決したわけではなかった

この状況なかでも、
必死に泥まみれなりながら「勝利」にこだわる、人の姿がわずかにあった

風前の灯……
それが開き直りを得て強く、眩い光を生みだそうとしていた


-―――――――――――

「千流どの…、
メアリーのあの戦いは――」

水晶玉を通して戦いを見守っていた超鳥は思わず口を開く

戦闘の光景に千流は柔らかく目を閉じ、
硬くしまっていた口を同様に開いた

「ああ……分かってきたらしい。
彼女が――目覚め始めてしまっている。」


-―――――――――――


くるっとまわってドカン

ついんと上がってズドン

そんな軽い気持ちである

考えも持っていないし、作戦もない

だが、メアリーには確信的なものを掴み始めていた

「気のせいじゃないわ。
戦いやすい…!
あんなに戦いづらかったのに…。
自分の理由が分かったからかな?」

彼女は疑問を口に出しながら
自分の状況を整理し始める

意識は己自身に向けているのに
朱の攻撃を難なく回避していた

意識と肉体が切り離され、
彼女本体を【勝者】につき上げていく

「コントロールできてる。
自分の動きたいように動ける…!
これなら、勝てるかも――!!」

その瞬間に、
彼女から発せられる救済の蒼い気が
噛み殺すように一気に牙を向けたのを
朱の男は全身で抵抗なく感じた

「っ……
冗談だろ――っ。
この戦いは高見の見物のつもりだったが、
とんでもねぇぜ!!」

男の肉弾攻撃、気をつかった陽動、直接攻撃、
その全てがかすり音すら発さなくなっていた

「初めて会った(オレ)の攻撃すら、
信じられん速度で対応していく!
夏の頃とは別人と言いたいくらいの強さだ……!」

男は冷や汗を出しながら、
呼吸を意識して整えていく

「痺れまくるぜ…っ……!
この次元にはスゲェヤツ等がいやがる――!!」

このとき、
メアリーに集中していて男自身も気づいていなかった
自分が笑い始めていることに

「負けねぇぜ、
朱のメンツにかけても、
王の誇りを賭けても――
タフな殺し合いになるぜコイツァ!!」

メアリーは守備を肉体に預け
意識を体全体に向ける

体に発した蒼い気、
その100%を
自分を構成する分子、ひいては原子に染み込ませていく

1㎜、
いや1㎚のズレも許さない気迫で
自分の肉体と気、その両方を
己に向けられた殺意をさばきながら、
音も光も感じない集中ゾーンに突入していく――


【自分の道をまっすぐ進め。】


肉体とエネルギー、
相反する2つが
寸分狂わず合致し
磁石のように反発し合い
驚異的な爆発力を生み出した

それにより、
メアリーは音速を超え、
ついには物理的な加速だけで、男の視界から姿をかき消していった

「……っ――!!」

これは、
力量の差をまったく別次元だと
間近で見せつけていることと同義である

もちろん男もそのように感じているため、
100%を超えたスピードを、無理矢理抽出してメアリーの後を追いかけ始める

(戦場で強いヤツが
一番カッコいいんだ――
敵とはいえ、イケてるぜお前。
見る者を強引に納得させるそのキレっぷり……!!
この(パワー)でとことん本気になれる…!)

反対にいる立場の蒼と戦っておきながら、
朱の彼は、内心気づいていた。
自分がこの戦いを楽しみ始めていると。

(こんな新鮮に気持ちが欲しかったんだ。
まったく口惜しい限りだぜ――。
生前に出会っていれば、
なにがなんでも、(オレ)の女にしていたものを――!!)


限界を超えた領域で、
再び朱と蒼が衝突した

片や、自分の変化に受け入れる者
片や、相手の強さを楽しむ者

男が一呼吸おいて、
クイクイと、指で自分を差し向ける

少女は、グッと姿勢を落とした後、
バネのように弾けて、光速で男のもとに接近する

スピード勝負の次は、
無論パワー勝負となった


(途中から(オレ)は間違いなく全開だった……。
―――。
朝が近い、
太陽が上り切る前に、絶対に殺してやる。
相手にとっては不足はない。
魂が震える、最高の宿敵だ――!!)


朱と蒼のラインが交わりながら、
躊躇いなく
幾度となく
相手の喉元に刃を突き付けていった


-―――――――――――


2人が命を賭け始めたように
こちらもまた、命を燃やし始めていた

先程とは打って変わって、
光速とか別次元とか大それたものではない

ただ、それとは引き換えの厳かで着実な削り合いに発展していた

「戦闘において
最初から全力でいくことはナンセンスでありましょ。
相手のコンディション、それと戦場の変化……
それを見定めるためのサービスタイムでございます☆
あなた様の戦闘力もだいぶ分かってきましたし。」

ゴリゴリの巨腕と
ヌルヌルの触手をぴちぴちと動かしながら、タコは解説する

「確かに、
あなた様が刑事部長になるのも納得の戦闘力でしゅ。
ですが、戦闘力ならワシの方が上☆
ミスをしなければ勝てますじゃ。」

極太のミミズを思わせる青紫の血管がのたうち回ると、
ゴリマッチョの肉体は、砲弾のように鹿島に突っ込んで行った

「っ―――!!」

鹿島とタコは互いの全身の肉体を、最大限に使って掴み合いとなった
2人とも2M近い体格を持っているため、その迫力は息のむものである

だが、伊達に朱い瞳を持っているわけではない
タコのほうが力自体は強く、鹿島の骨はミシミシと音を立てていた

溜まらず鹿島は、
相手の重心を利用して巴投げで距離を取った

「ふむ――。
まったく小賢しいものですね。
いくら技巧を重ねても、所詮は人間(弱者)人間(弱者)。」

余裕しゃくしゃくのタコを見て、
鹿島は潰れた右目と右耳から零れる血を拭いながら、顎を引く。

「勝つかどうかなんざ、全部終わってみるまで分からんもんだ――!!

次は鹿島が突っ込んで行った

―――――――――――


超鳥が――

「はぁ…、やはり無茶だな。」

千流が――

「相手は朱だ。
サンジョウやペルム、
宮城キョウコのような派手さはないが、確実な万力は持っている。
油断のあるやつであればともかく、
あのクソダコは、常に周りの状況を客観的に把握はしている。
あの人間には勝ち目はないだろう――。」

口をそろえて言う
間違ってはいない。
普通の人間であれば、熊やトラでも生き残れる確率が低い。
ましてや朱の化け物であれば、
普通の人間は生き残れはしないと考えるのが妥当である

「ちょ、ちょっとどうしてそんな悲観的に考えるんですかぁ!」

しかし、犬神だけは違った

「しかしな、犬よ。
人間のどこに、勝ち目があるというんだ…。」

「だからこそですよ!!
戦っているのはこの次元の人間なんですよ!
別の次元ならともかく、
この次元の人間は強い者たちって俺でも分かるくらいの存在なんですよ!
きっと、何かしらの事を起こすはずです!!」


犬神、超鳥、千流、
3体の神官が見守る中、
血生臭く、汗臭い戦いが繰り広げられていった


-―――――――――――


「あの、先生――?」

早妃カズミは、
鹿島ユキを診断にきた医者に問いかけた

「ユキ、ちゃんは――?」

医者は、
ペンライトを持って少女の目を覗き込みながら
返答を先延ばしにした

近くにいた看護師は、
両手を前に組んで目をちゃんと開けていた


それが早妃には、
悲しみから、目をそらさないようにしていて
余計気持ち悪いマネキンに見えていた

視力無く、光を失った左目の朱い目は
ただただ静かに月光の光を反射させるのみだった


「……鹿島ユキちゃんは、
現時刻 5:30分を以て死亡と致します。」


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登場人物紹介

吉田ミョウ/パーフィット (AL)


生徒会七人目の生徒


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