其の百三十 恐怖しろ!!計画はすでに完遂した!!!

文字数 3,984文字

「……………」
炎の津波と黒々しい煙に飲まれながら、北棟が倒壊していく。
3階には衛生看護科の実習室が
2階には志望大学を選ぶ資料や、赤本や黒本が、
1階には定時制の教室が配置されていたが、今となってはただ塵芥が舞うだけである。

福栄シンゾウは胃液まみれの鍵を握りしめて、廃墟のような廊下を踏みしめながら、ホールへと向かった。

『早妃カズミという女子生徒の世話を頼みたいと思うんだ。
お前の得意分野だろ?』
そんな声がもう形もない物理室から聞こえてきたが、彼は気にも留めない。

――幻聴。

朱い瞳と滑らせて、その一言で済ませて、彼は歩を進めた。


-―――――――――――-―――――――――――

『敵は、あなた様の姉にあたる『惑星』ではありませんか!!??』

別自我(アルターエゴ)』――『知性』『精神』『細胞』『言動』……己に関する一握りの要素を移植する、燃費の良い簡易版の『代行者』システム。

そもそも『代行者』とは、対象の魂全体に人格(テクスチャ)を張り付けるものである。

この2つの最大の差は『人格』の完成形にある。
『代行者』はもとからある魂に、バランス良く『人格』張り付けるため、その者の人格を維持したまま、能力を向上させて安定を図る。

それに対して『別自我(アルターエゴ)』は言ってしまえば終わりが無いのである。始めは小さく変化の無いように見えるが、1つが2つ、2つが4つ……と際限なく侵食をしてしまうのである。
この状態が進めば進むほど、力は増幅し続けて、もとの人格は飲み込まれて新しい人格へ生まれ変わってしまうのである。


「故に――私たちは別自我は扱わないのです。
あれはいわば『がん細胞』、己が自我をも喰らい、ただただ主人の命令に従う(しもべ)に他ならない。
私たちの目的はあくまで、『惑星』の維持であって征服ではない。
それはあなた(姉君)であれば知っていたことですが。」


薄暗く、4畳ほどしかない狭い部屋で、青い女は言葉をつくる。
その表情は、火の明かりによって、欠片のようにしか見えない。

吉田は軽く咳き込みながら、喉につまった粘り気のある血を吐き出す
「言うようになった。まわりでうろついていただけの女が、ここまで強かになるとは思えなかったよ。」

「隕石が衝突したあの日、因縁は終わったはずです。
私は肉体を失い、16名いた神官は、新人の『万樹』と見習いの『千流』を残して死滅し、
恐竜どころか25キロ以上の四肢動物は全て絶滅しました。
5番目の『惑星の代行者』とあなたもろとも、ね。」

「自分より出来の良い妹を持つと、姉は困ってしまう。嫌でも見比べてしまうもの。」

「あれから時代は大きく進みました。いまは生態系を支配した人類の時代です。
私たちの出る幕ではない。」

「おまえはいつでも輝いていた。
いつでも手の届かない高さで、金色に輝いていた。
……この(オレ)を差し置いて。」

コン、と金属音を立てて女は杖を突く。

「『現実は夢をみた者の墓場』……『あなた』はどんな夢をみれました?」
朱い眼をみながら、シネスティアは吉田の首元に杖を押し当てる。

「分からないと思いましたか?
確かに、あなたは代々の『惑星の代行者』を使役して、いままで多くの人を殺めてきました。
されど、わが姉の瞳は『蒼』なのです。『朱色』ではありません。」
吉田の首筋にピシ、と切り傷が入る。

「――超鳥には謝罪をしなければなりません。

『ムー大陸』と、さきほどの青年はあなたに投げかけましたね。
それは現代科学では否定されている幻の大陸名です。ですが、それはあくまで『この次元』の話。
別の次元であれば、その大陸が存在していてもおかしくはありません。

まったく滑稽なのはどちらでしょうか?
代行者(肉体)としてのわが姉の力を利用して、
別自我()としてのムー大陸の王を利用して、
ただただ、人を殺しただけ。
フフフ、あなたこそ、正真正銘の人間の出来損ないではありませんか?」

ねじ入れるように、吉田の首が裂けていく。

「あなたは失敗したのだ。
弱いあなたは、愚かなあなたは、選択を間違えたのだ。」

洗脳するように、シネスティアは片膝を付き、吐息をかけるように、彼の耳もとでささやいた。
蛇口をひねったように、流血しつづける血が、テカテカと薄暗いホールを反射させる。

「代行者は頑丈ですが不死身ではありません。
一般人であれば即死している身体であなたは意識を保っているが、もう動かすこともできないはずです。
ですので――役に立って死になさい。」
そういって、彼女は吉田の顔に触れる。
泥、汗、煤、血にまみれた感触を覚えながら、上書きするように彼の瞳を『蒼色』にしていく

――自白なさい。


彼の口が機械仕掛けのように動き出した。

「2004年に生まれ、
2010年に10区小学校に入学、
2016年に14区中学校に入学、
2019年に25区高等学校に入学、……」

(ここまでは普通の人間ですね。)

「2020年8月に、祖父の放火によって大火事を経験。
その際、逃げ遅れた祖母を助けるため単独で炎に飛び込み、救助はしたものの自分は全身大やけどで一生涯を寝たきりの診断を受ける。」

(………)

「その後、両親の心中と祖母の急逝を看護師から言葉でのみ伝えられ、
9月に舌を噛み切って自殺。」
(馬鹿な人。あれだけ人に甘いと言いながら、結局自分が甘いではありませんか。)

「その後10月に代行者として、五十ノ島――五島に再び生を受ける。」
(ここからですか。)

「その後、11月に人体の構造とスマホやパソコンの現代技術を学ぶため、25区校の校長を暗殺。このとき、面倒ごとを避けるように情報操作を行う。」
(さっそく……)

「その後、同月に閉鎖精神病棟で『宮城キョウコ』と出会う。そのとき『条件』を満たせば協力すると言われ、思考を巡らせる。」
(『宮城キョウコ』……オルドビスを宿らせ氷を使った女教師ですね。)

「同月、条件を達成するアイディアが出てこずストレス解消のため、横切った猫2匹を蹴り殺す。
しかし、そのままではもったいなかったため、黒猫だけ体と記憶を造り変えて、24区に投げ捨てる。」
(外道。)

「12月。万樹の秘書である『ルシフェル・ミラ・ココア』と接触。異常に気付いた彼女に言い訳が効かず戦闘。50区方面で地盤が6メートル隆起する激闘になるも勝利。その際に、『条件』達成の方法を思いつく。」
(ルシフェル?確か、私の代行者と同じ名前……)

「同月、条件達成した宮城キョウコを病棟から脱出させ、あらかじめ手をまわしていた教師への道のため24区校を案内する。」
(教師をしていたのは吉田ミョウの策だった?それに『条件』とはいったい?)

「このときから、代行者となって得た知識があまりに膨大だったため、常にあった幻覚と幻聴がより一層激しくなる。
別自我となって崩壊することを危惧し、ノートに書き留めることを始める。」
(まるで統合失調症ですね。)

「12月25日、死後以来の25区校へ登校。
福栄シンゾウと物理室で出会い、自分の状況がどうであるかを語るための取引として、彼を生徒会長に仕立て上げる。
その際、高見の見物のために本来は無い7席目を設定し、『特別措置者』として生徒会を発足させる。」
(特別措置者――それは浅界でいう指名手配犯を指す言葉なのですが)

「1月、早妃カズミと接触し―――」
(早妃カズミというのは片方の目が朱く染まっている哀れな人間ね。
あの子も始末しておく必要がありますね。
今も淡々と話を続けていますが、そろそろ本題に入りましょう。)

シネスティアは咳払いをし、洗脳を解く。

「……もういいのかい?
(オレ)の話はそんなにつまらなかった?」
大きく咳き込みをしながら吉田は問う。

「はい、なんの面白みもなかったですしそこから先は知っています。
ですが……ここからが本題です。
まずあなたは何者ですか?」

彼女の問いに、吉田はニヤリと笑みを浮かべた。

「いいよ。
(オレ)の名前は吉田ミョウ。
代行者名を『リンフォン』、識別名を『ミョウ=リンフォン』
代行者として遣わせたのは『吉田ミョウ』自身だ。」

その返答にシネスティアは僅かに眉を寄せる。

「どういうことですか?
あなたは『惑星の代行者』ではないのですか?」

「惑星の代行者でもある、ってだけ。
お前も言っていただろ。惑星はすでに死んでいるってな。
この星はただの亡骸、惑星の代行者なんてもう作れないんだよ。
別自我である王もただの要素の1つにすぎない。」

「言っている意味が理解できませんね。
代行者でもなく、別自我でもない、あなたは何なのですか。」

北棟の崩壊に伴い、火の手がそこまできているのか、ホール内は50度を超え徐々に傾き始めていく。

「勘違いは駄目だね。代行者ではあるよ。
『吉田ミョウ』の代行者として吉田ミョウを遣わせたってやつ。」

「あり得ません。たかが生物の一種である人間が、そんなこと不可能です。」

「やってのけたのさ。
大変だったけど、お前の姉を懐柔し、王の懺悔を取り込み、お前たちと同じくらいの力を吸収して、ようやく自分の代わりを創ることができた。
すべてはこの星を壊して、新しく作るために、ね。」

ホール内の生徒はすでに姿を消していた。
熱はガラスは歪んで破裂し、あらゆるものを圧縮しようと迫ってくる。

「―――――…………。
しかし、その結果がその様です。あなたの言う惑星の破壊はただの妄言でしかない。
ここで死ぬのですから。」

彼女の杖が、魚をさばくように首の骨をゴリゴリと削っていく。

「確かに、(オレ)は……ここで死ぬだろう……ッッ
だが、何も私が行う必要はない。
私と同じように考える人が行えばいいっ
計画はすでに終わったのだから……」

「………」

「世界が滅ぶのは決まっている……ッ
それは、自然によってじゃない……っっ
人間の『知性』によって滅ぶ……!!
お前たちがなにをしようと、それを望んだ人がいれば確定する……っっ!!
強い生命が、この世界を『幸福』に導くからだ………っっ!!!」

その瞬間に吉田ミョウの首は宙を舞った


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登場人物紹介

吉田ミョウ/パーフィット (AL)


生徒会七人目の生徒


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