其の百二十四 雨宿スイ、命がけの最終攻撃
文字数 2,381文字
藍色の空が目に映る。
喉の奥がつっかえて大きく咳をした。
11月に入って、外は暗くなったというのに、外は焦がすほどに暑く火照っていた。
それに比べて地面は、ほどよくヒンヤリとしていたので、眠り心地は良いように思えた。
――疲れたのかい?
もう眠い。疲れた。
――そうかい。あれだけ動いたんだ。ここで眠っても構わないよ。
優しいな。
――もう誰にだってやさしくしている。
大抵の人は、『まだやることが残ってる!!』とか『ここで終わっちゃだめだ!!』って言ってくるじゃないか。
――おいおい。逆張り主張の人間にいまさらそんなこと言うのかい?
そんなことは強い人間が言う言葉じゃないかな?
俺は弱いと?
――もち。そうだろちっちゃい時は、■■■■■と大窄カイと久木山レンのなかで一番の泣き虫だったじゃないか。
中学生から暴走族の隊長とか、生徒会だとか、現代風の『陽キャラ』?みたいなことしてたけど、もともとのお前は弱いんだぜ?
何を言っている?俺は自分の力でここまで来た!!
――違う。お前は弱い。人肌恋しい保育園児と同じくらい、一人じゃ何もできやしないね。
なにを根拠に!!いまだって一人で戦ってるじゃないか!!あんなに学校が燃えている中、俺は必死に戦ってんだぞ!!!
――1人で敵いもしない敵に向かって『勇敢』に死んだと?
世界はそれをバカって言うんだよ。
……!!
――なにか?敵わない敵に策も、仲間も、知恵もなく、たった一人で勇敢に立ち向かって死んだと?すごく面白いネタだよ。諫早ナナちゃんだったら笑ってくれるんじゃないかな?
うるさい!!もう黙れ!!頭の中で喋ってるだけの妄想の分際で!!
――なら言い訳しちゃ駄目だ。弱くみっともない自分だったら周りの人は誰一人寄ってこない、それぐらい自分で分かってるんだろ?だったら『現実』を見ようじゃないか。
現実。現実……。お前のいう『現実』ってなんだ?
――それは――『夢の終わり』ってこと。
チリチリと肌が、突き刺さる熱さに焼かれながら、目の前の学ランを外套のようになびかせる人間に気づいた。
それは背を向けたまま、天まで伸びる炎の柱を見つめていた。
そのとき、大地震を連想するほどの轟音と振動ともに、東棟が完全に崩れ落ちた。
生徒が使っていた、教室、便所、手洗い場、掃除道具、自作ポスターが、瓦礫と火の粉を抱き合わせて、瞬く間に空へとばらまかれる。
「『現実』とは夢を見た人間の墓場だよ。」
「吉田、、ミョウ、、」
身を守るために顔を覆った腕の隙間から、背を向けたままの人を一瞥した。
「夢を見る人ほど豊かさに溢れた存在は無い。だけど、それは色の無い絵画みたいなもの。
私 はメチャクチャで色のついた方が好みになってね。
スイはどっちが好き?」
東棟が倒壊した後も、火の海は余すところを塗りつぶすために、取り残された3階廊下を伝って北棟と南棟に口をあんぐりと開けて進んでいく。
「なぁ吉田……。お前のいう滅茶苦茶な現実ってどんなところなんだ?」
スイの問いは予想外だったのか、吉田ミョウは振り向きざまに一瞬だけ目をキョトンとした。
朱い瞳が揺らめく。
「夢から、覚めなきゃいけない理由とか、あったりするのか?」
突然の冷静ぶりに吉田は困惑を覚え、スイの目を覗く。
だが、変わらない人間の象徴たる黒が、そこにあっただけであった。
「それは……。
それは――自分で手に入れた方が、『世界』に勝った気がしてスッキリするからさ。」
どこかを遠くみる目は、悲しみを誘うよう細く、だが決して憐れむことはせず、スイを見つめた。
そんなスイは、全身を刃こぼれで鈍らになった刀を、強く、そして最低限の力だけ残して、口に咥えた。
「貴様は、なんの為に立ち上がるのだ?」
それは、吉田ミョウの、純粋な疑問だった。
「そんなことに何の意義がある?」
刀の表面に、雑巾のような切り傷と毒に侵され爛れた少年の心を模写するように、質の悪い赤い波が写される。
「意義というデカいものに、人一人が意味づけようとすることは、傲慢な気がするんだよ。」
ガス管に火が付いたのか、破裂したように窓から火が飛び出し、空一杯にガラスの雨を吐き出した。
それを気に、グズグズの青紫に変色した足で、スイは飛び出した。
俺が死んで他の人間の役に立つ――それがもっともカッコいい死に方だと思った。
だが、知っていたのだ。昔の自分が、知恵も何も無い幼き自分でさえ、『死』という大切な人間を最大限に侮辱する行為と。
知っている。いや教えられた?たし、か、、■■マ■カ……?誰だっけか。
「――っ!!、まだまだぁぁああ!!!」
雨宿スイは確実にパワーダウンしていた。
刀だって、最初と比べて、折れる寸前までヒビが入り始めていた。
「……!!」
だが、火事場の馬鹿力というものか。それが瀬戸際というこのときに、一点、ただ一点の集中を以ての動きに変わっていた。
吉田の懐に入って、動脈目掛けて切り付ける
「これ、は……!?」
――のではなく、首元に手を掛けて綺麗な背負い投げを決めた。
フラっと地形を利用するためか、体力がないだけか、学校の中央にある灰皿の水たまりみたいな、どす黒いプラザに二人してダイブした。
火事の影響で、温度が上がった黒水を浴びながら、スイは朱い瞳の青年を押さえつけ、口に咥えた刀で動脈を切り開いた。
「ガァ……!さっきの投げは私 の……!」
「気づいたか?ゴホ……、お前に憧れたキッカケとなった技だよ、こんな風に見せるとは思わなかったがな……!!!」
ボキっと吉田の左腕が、ねじ曲がって音が鳴らされた。
「その目、ハハっ!
ようやく、人間らしい現実的な目じゃねぇか!!」
プラプラと風の動きで揺れるようになった腕を見ながら、灰が浮いた汚水を飲み込み、粘り気のあるスイの吐血を顔面に浴びながら、彼は嬉しそうに笑った。
そんな25区高校の騒動から約50分、救助ヘリコプター及び鹿島隊の包囲網が展開を終えた。
喉の奥がつっかえて大きく咳をした。
11月に入って、外は暗くなったというのに、外は焦がすほどに暑く火照っていた。
それに比べて地面は、ほどよくヒンヤリとしていたので、眠り心地は良いように思えた。
――疲れたのかい?
もう眠い。疲れた。
――そうかい。あれだけ動いたんだ。ここで眠っても構わないよ。
優しいな。
――もう誰にだってやさしくしている。
大抵の人は、『まだやることが残ってる!!』とか『ここで終わっちゃだめだ!!』って言ってくるじゃないか。
――おいおい。逆張り主張の人間にいまさらそんなこと言うのかい?
そんなことは強い人間が言う言葉じゃないかな?
俺は弱いと?
――もち。そうだろちっちゃい時は、■■■■■と大窄カイと久木山レンのなかで一番の泣き虫だったじゃないか。
中学生から暴走族の隊長とか、生徒会だとか、現代風の『陽キャラ』?みたいなことしてたけど、もともとのお前は弱いんだぜ?
何を言っている?俺は自分の力でここまで来た!!
――違う。お前は弱い。人肌恋しい保育園児と同じくらい、一人じゃ何もできやしないね。
なにを根拠に!!いまだって一人で戦ってるじゃないか!!あんなに学校が燃えている中、俺は必死に戦ってんだぞ!!!
――1人で敵いもしない敵に向かって『勇敢』に死んだと?
世界はそれをバカって言うんだよ。
……!!
――なにか?敵わない敵に策も、仲間も、知恵もなく、たった一人で勇敢に立ち向かって死んだと?すごく面白いネタだよ。諫早ナナちゃんだったら笑ってくれるんじゃないかな?
うるさい!!もう黙れ!!頭の中で喋ってるだけの妄想の分際で!!
――なら言い訳しちゃ駄目だ。弱くみっともない自分だったら周りの人は誰一人寄ってこない、それぐらい自分で分かってるんだろ?だったら『現実』を見ようじゃないか。
現実。現実……。お前のいう『現実』ってなんだ?
――それは――『夢の終わり』ってこと。
チリチリと肌が、突き刺さる熱さに焼かれながら、目の前の学ランを外套のようになびかせる人間に気づいた。
それは背を向けたまま、天まで伸びる炎の柱を見つめていた。
そのとき、大地震を連想するほどの轟音と振動ともに、東棟が完全に崩れ落ちた。
生徒が使っていた、教室、便所、手洗い場、掃除道具、自作ポスターが、瓦礫と火の粉を抱き合わせて、瞬く間に空へとばらまかれる。
「『現実』とは夢を見た人間の墓場だよ。」
「吉田、、ミョウ、、」
身を守るために顔を覆った腕の隙間から、背を向けたままの人を一瞥した。
「夢を見る人ほど豊かさに溢れた存在は無い。だけど、それは色の無い絵画みたいなもの。
スイはどっちが好き?」
東棟が倒壊した後も、火の海は余すところを塗りつぶすために、取り残された3階廊下を伝って北棟と南棟に口をあんぐりと開けて進んでいく。
「なぁ吉田……。お前のいう滅茶苦茶な現実ってどんなところなんだ?」
スイの問いは予想外だったのか、吉田ミョウは振り向きざまに一瞬だけ目をキョトンとした。
朱い瞳が揺らめく。
「夢から、覚めなきゃいけない理由とか、あったりするのか?」
突然の冷静ぶりに吉田は困惑を覚え、スイの目を覗く。
だが、変わらない人間の象徴たる黒が、そこにあっただけであった。
「それは……。
それは――自分で手に入れた方が、『世界』に勝った気がしてスッキリするからさ。」
どこかを遠くみる目は、悲しみを誘うよう細く、だが決して憐れむことはせず、スイを見つめた。
そんなスイは、全身を刃こぼれで鈍らになった刀を、強く、そして最低限の力だけ残して、口に咥えた。
「貴様は、なんの為に立ち上がるのだ?」
それは、吉田ミョウの、純粋な疑問だった。
「そんなことに何の意義がある?」
刀の表面に、雑巾のような切り傷と毒に侵され爛れた少年の心を模写するように、質の悪い赤い波が写される。
「意義というデカいものに、人一人が意味づけようとすることは、傲慢な気がするんだよ。」
ガス管に火が付いたのか、破裂したように窓から火が飛び出し、空一杯にガラスの雨を吐き出した。
それを気に、グズグズの青紫に変色した足で、スイは飛び出した。
俺が死んで他の人間の役に立つ――それがもっともカッコいい死に方だと思った。
だが、知っていたのだ。昔の自分が、知恵も何も無い幼き自分でさえ、『死』という大切な人間を最大限に侮辱する行為と。
知っている。いや教えられた?たし、か、、■■マ■カ……?誰だっけか。
「――っ!!、まだまだぁぁああ!!!」
雨宿スイは確実にパワーダウンしていた。
刀だって、最初と比べて、折れる寸前までヒビが入り始めていた。
「……!!」
だが、火事場の馬鹿力というものか。それが瀬戸際というこのときに、一点、ただ一点の集中を以ての動きに変わっていた。
吉田の懐に入って、動脈目掛けて切り付ける
「これ、は……!?」
――のではなく、首元に手を掛けて綺麗な背負い投げを決めた。
フラっと地形を利用するためか、体力がないだけか、学校の中央にある灰皿の水たまりみたいな、どす黒いプラザに二人してダイブした。
火事の影響で、温度が上がった黒水を浴びながら、スイは朱い瞳の青年を押さえつけ、口に咥えた刀で動脈を切り開いた。
「ガァ……!さっきの投げは
「気づいたか?ゴホ……、お前に憧れたキッカケとなった技だよ、こんな風に見せるとは思わなかったがな……!!!」
ボキっと吉田の左腕が、ねじ曲がって音が鳴らされた。
「その目、ハハっ!
ようやく、人間らしい現実的な目じゃねぇか!!」
プラプラと風の動きで揺れるようになった腕を見ながら、灰が浮いた汚水を飲み込み、粘り気のあるスイの吐血を顔面に浴びながら、彼は嬉しそうに笑った。
そんな25区高校の騒動から約50分、救助ヘリコプター及び鹿島隊の包囲網が展開を終えた。