其の百三十四 母と娘

文字数 2,747文字

「はぁ……!
っ―――うううあああああ!!!!!」

吉田ミョウが死亡する一か月前――10月
24区戦線から数日後、三尾アヤカはある女を川から引きあげた。

触っただけで体中の体温が根こそぎ持っていかれるような、そんな冷たく重い体を、真夜中に引っ張り上げた。

「は……っ!はぁ……、つめた……。」

びしょ濡れなのはもちろん、ヘドロや魚の死骸が引っ掛かってとても女とは言えない姿である。

なにより目を惹いたのは、下腹部と心臓部分に著しい傷があったことだ。
だが、女の顔は青白くなっているものの、死んではいなかった。

「………。」

引き上げたのは興味本位だった。
だから息絶え直前のこの人間を見殺しにしてもよかった。
死んだところで他人だ。悲しむ要素がない。

「おもい……。」
アヤカは女を引きずりながら家をめざす。

「まだ…お母さんは帰ってこないはず。」

深夜4時、川の音を聞きながら歩き出した。


-―――――――――――-―――――――――――

見れば見る程目を惹く。

シミ1つない真っ白な肌、抉れているがふっくらとしたバスト。
腰の上にかたどられたゆるやかなライン。

同性である自分でさえ、衝動を駆られてしまいそうになる。

「気持ち悪い。」

冷えきった体をあたためるため、シャワーからお湯を出す。

白い湯気が、幻想のように二人を囲んでいった。

-―――――――――――-―――――――――――

失態である。なんというか。

「でかい――!」

せっかく熱々のお湯で、綺麗に洗ったというのに、合う下着が無い。

「……。
ノーブラでパンツはなんとかできて、
寝巻はもう、高校のスカートとあれで我慢してもらうか。」

いそいそとアヤカは手を動かす。
なんの道理もないと分かっているのに、手は止まってくれない。
人を助けたいから?それとも恩を売りたいから?

「私が男だったらこれにかこつけて、性……でもやろうとするのかしら。」

そこで、カチャッと玄関が開く。
5時、そんな時間になんとも思っていない無機質な音に、アヤカは喉の奥が閉じるのを感じながら、女をベッドに乗せて急いで布団をかぶせた。


-―――――――――――-―――――――――――

「おかえり、お母さん。」
「ただいま。」

母親である女は、娘であるアヤカに目もくれず、化粧し始めた。

「……また、出かけるの?」
「そうよ。別にいつものことじゃない。」

母親は真っ赤な口紅を差しながら言う。未だアヤカの方は見ない。

「アヤカとは違ってお母さん忙しいのよ。これでも金を稼ぐために動いてるんだから。」

「男の人たちといっしょに?」

「ええ。説明してあげたじゃない。楽でいいって。
体をつかえば一発2万、生で5万、それを多くて10人だから50万は一日で稼げるのよ。
フフフ、心底女に生まれてよかった~~って思うわ。」

アヤカは顔をしかめる。

「あ、そうそう、夜食つくってって言ったよね?
あなたトロいんだから早く出してくれる?そんなとこで立ってなくてさ。」

母親は鏡をみながら、机に出されるタッパーを横目でみる。

「が、頑張ってカレー……作ってみた。」

アヤカは気難しい顔しながら、母は表情変えずにそれを手に取った。

「へぇ、よくできてるじゃない。ここまで上手に作れるなんて思わなかった。」
そういってタッパーを持って、ようやくアヤカの方を見た。

「ほ、ほんと……?
じ、実はね、昔お母さんが作ってくれたカレーを再現してみたんだ……!」

少女の声がワントーン上がる。それとともに母は目の前に立った。

「うん、お母さんね、このカレーみてね……とってもガッカリしたわ。」
タッパーは裏返される。

「ほんっと、クソの役にも立たないわね。お母さん焼肉が食べたいって言ったでしょ?
何勝手なことしてるわけ?
ただでさえさぁ、勉強も運動もできないってのに親の言う事も聞けなくなったの?」

「そ、そんなお金、わ、わたぃは、持ってなくって……」
アヤカは警告音と化した心臓を抑えるように、両手を振るわせながら胸の前に置いた。

怯えた小鹿を睨むような眼光が、余計彼女の脳内をカチャカチャと混ぜていく。

「役立たず。」

そういってアヤカの髪を乱雑に引っ張って、フローリングに垂れ落ちたカレーに、顔を押し付けた。

髪は抜け落ち、子の顔は茶色に染まっていく。

「ぉえ……!!!
ごめん、ッなさい……っ、ごめッ、んなさい……っっ!!」

「はいはい、ごめんなさいはいいから、作って人が責任を持ってちゃんと食べてね。」

母は、使い終わった化粧品をしまいこんでいく。

「まったく、これから常連さんと会う約束なのにちょっと汚れちゃったじゃない。」
そしてアヤカの頭を右足で踏みつける。

「それじゃその汚物、綺麗にしといてね。
しばらく帰ってこないけど、商売に参加したいんであれば歓迎するわ。
いい?アヤカはね、今凄い人気なのよ。現役女子高生の処女だもの、相場は15万はいく絶好の旬なの!もう指名が止まらない止まらない!!
処女じゃなくなっても10万は出せるって人ばっかりよ!!そしたら100万、200万は下らないわ!!!
勉強も運動もできないくても、女に生まれれば人生イージーモード!!!!
ほんっとに良かったじゃない――ッッ!!!」

最後は八つ当たりのように、アヤカの腹に蹴りを入れる。

「いっけないつい盛り上がっちゃった。
化粧品よし、ゴムよし。こんな汚い(ガキ)よりベッドで盛り上がった方が100倍マシだわ。」




スキップをきざみながら母は立ち去った。

聞こえるのは、子供の泣き声だけだった。

お腹を押さえるためエビのように丸まっている。そのせきで横顔もカレーまみれになっていた。

「変わっちゃったの。
お父さんが交通事故で死んでから、お母さんは、男にのめり込んだ。」

それは事実であった。だが、同時に都合の良い言い訳でもあった。
アヤカにとってもっとも嫌悪したのは『男』『女』という別れ方をした存在に対してである。

『見れば分かる』。相手の視線を。ネットの情報を。

男というブロック。女というブロック。それを繋げる。子供をつくるためではない。
本能によってつけられた釘のためにはめる。はめて、はめてはめてはめてはめてはめてはめてはめてはめてはめてはめてはめてはめてはめてはめてはめてはめてはめてはめてはめてはめてはめてはめてはめてはめてはめてはめてはめてはめてはめてはめてはめてはめてできたのだ。

周りにいる同級生が、例外なく『自分』が、この素晴らしい世界に『生まれてきてくれてありがとう』と言われるのだ。
そして、幸せな家庭の作るため『自分』もやってしまうのだろう。例外なく『自分』もやるのだろう。雌になって甘えるために。

「きっしょ、なにが女よ。……ただの害虫じゃない。」

希望を告げるように暖かな朝日が差し込んだ。

いっときの闇によって分かれた知人に『おはよう』というために、目が覚めた。





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登場人物紹介

吉田ミョウ/パーフィット (AL)


生徒会七人目の生徒


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