其の百十一 桜

文字数 2,679文字

――あれはまだ新人の警官時代のとき。

たった3年前のことであるが、その時期は酷く治安が悪かった。

日本本国よりやや離れたこの五十ノ島では麻薬の密売や、宗教の押し売り、それにともなったデモやら洗脳事件、誘拐、拉致が後を絶たなかった。

あの日もその報告処理に追われて、夜遅くまで交番に勤めていたのを覚えている。

不意に110番の無線が入って慌てて応答をした。

『近くのコンテナで暴動が起こってます!!助けてください!!』

珍しいことではなかった。その日の前日もカルト教団と暴力団組織を締めあげるため、上司である鹿島刑事と共に銃撃戦で悪党を殺したばかりだった。

『分かりました。すぐに行きます。』

不思議だった。
人を助けるために警官になったのに、悪党とは言え、手を血で染めることに何の違和感も覚えてなかった。

だから、その時も引き金を引いて悪党を皆殺しにすれば早く帰れるんじゃね?なんて思っていた。





『は?』


望み通り悪党は皆殺しにされていた。

顔面をハチの巣にされて、首の骨を捻じ曲げられて、顎がポッキリと外されてピンクの筋繊維がぬらぬらと耀いていた。

『誰が……、ありえない……700人はいる巨大組織だぞ!?

まだ部隊は到着していない!!俺は偵察しに来ただけだぞ…!!』

足もとを赤く黒く、ドロドロした血液が通り過ぎて行った。



カランっとビール缶が落とされた。


『グッ!!??

ガぁッッ――

ゴホ!!、ウォぁ……!!!』

不意打ちに腹パンを喰らい、顎を蹴り上げられ、顔面パンチをもらって壁に激突した。

一瞬で呼吸の仕方を忘れる。


『わたし達がここに来たときはね、

こうやって女たちを痛めつける景色が広がってたわ。』

腹に蹴りが入る。

『聞き出してみれば、時間内に女たちの顔をどれだけ

できるかって【コンテスト】を開いてたみたい。』

頭を踏みつけられる。

『勝った人間には【ヘロイン10kg】が貰えるんですって!!』

コンクリートの床に頭を叩きつけられる。

『ねぇ、いつからこんなになっちゃったの?

いつから【強い人間が正義、弱い人間が悪】なんてクソったれなことになったのよ!!』

二度、三度、強く強く踏みつけられる。

『もうやめなよレン。その警察の人もう意識が切れかかってるよ。

それともこの害虫共と同じように警察も手に掛ける気?』

『何か文句でもあるの?

スイだって聞いたでしょ?警察上層部がこの麻薬を横流ししてたっていうじゃない!!

昔、【マドカ】姉さんも誘拐されたってのも、こういう腐った人間がいたからでしょ!!』

心臓部分に血が付いた銃が向けられる。

『それで、その人を殺したらお姉ちゃんは戻ってくんの?』

『………!!』

ギリっと長身の化粧をした男から歯ぎしりが聞こえた。

奥には小柄な中性的な少年が立ちすくんでいた。

二人とも顔にも制服にも返り血がベッタリと付いていた。学生とは思えない鉄の様に硬い眼をしてたのを覚えてる。

『やめろ。レン。スイ。』

コンテナの入口から声が響いた。

目の前の二人とはまた違う、どこかを遠く見定めてるようなそんな男だった。

『あんたも反対ってわけ?』

『スイの言う通りだ。

このまま暴れていても俺たちは何一つ得るものは無い。』

『じゃあカイの言った通り、僕とレンは暴走族を解散。

それでもって3人そろって牢獄行きか。』

スイは両手をヒラヒラと気だるげに上げて、

レンは不満そうにだが、異論無しと言った感じで桜から足をどけて壁に向かって



『さて、あんたは、、そうか【桜警官】っていうのか。

うちの連れが暴力を振っておいて悪いんだが、俺たちを逮捕してくれ。』

――その時の記憶はボヤボヤだが大窄カイが真っすぐに瞳を向けていたのを覚えている。

『こいつらはよ麻薬やって煙草すって酒飲んで、女を食うことを神からの【救済】っていってたんだ。

なぁ人間でいう【救済】って何なんだ?

欲に従って生きるのが【救済】なのか?

それとも本当に、人を救っていくのが【救済】に繋がるのか?』


――ほんの5分程度のやり取りだった。

だが、その5分間が頭から離れることはなかった。

――人を殺すのは悪人、敵を殺すのは英雄という。

では、



英雄になれば困っている人を救えるだろうか?

――やめてくれ。そんな目をしないでくれ。

君たちぐらいの年齢のとき、俺は友達とマック行ったりB級映画でオールしてたんだぜ。

そんな目をするのは早すぎる。君たちはまだ中学生だったんだろう。


――――――――――――――――――――――

喉に突っかかった血のタンを吐く。

氷点下まで下がった気温が体温を逐一奪う。

片腕は無く、体中に重度の打撲をいくつもの受けた。

意識を無くそうと思えばすぐにでもできる。

そう。今、黒いサーベルタイガーはあの学生に任せればいい。

「俺は……」

それがいい。こんな満身創痍な体じゃ何もできないし。

おとなしく温かいベッドに入って、体力を回復して、次の作戦から全力を出そう。

生き残ることが大事。弱点をリサーチして訓練を積んでいけばいい。

そうだ!!俺はまだ新人の刑事!!出世したばかりなんだぜ。ボーナスだって貰ってないし。

「こ、のおおおぉぉおおおお!!!!」

ギギぎぃぃいいいいヤヤヤァぁあああああ――!!!!



「ンッッなこと考えてっから、何にもできねぇんだろうがああああああああああああああ!!!!!!!」


黒豹のすね部分に警棒をぶち当てた。

巨木を思わせるその足に、一度は右肩の骨と肘に亀裂が入る。

「ガ、、あ!!アアアあぁぁああああああッッ!!」

そこは気合いで乗り切る。肉と骨がいくら泣こうが、

グアァァあああ――!!!????

ダメージを与えればこっちのもんである。

そのダメージで黒豹は音を立てて横になって倒れた。

「アッッあぁ!!いてえぇ!!いってぇえよ!!!

でもなこれでいい!!!これが良い!!!

刑事なら黙って殉職して英雄になれクソ野郎!!!!

俺たちに平和なんていらねぇ!!!

男なら死ね!!!

もう平和の世は女子供で充分じゃああああッッ!!!!」


怒りも恐怖も全て潰す感じに桜はとにかく夜空に向かって吠えた。

「は、、、ハハハッ!!

とち狂ったか桜警官!!

でもそれが頼もしいぜッッ!!!」

血と泥と砂利で乾いた大窄カイは何も考えずに刑事に声を掛けた。

「ヴぁカ!!

もう【警官】じゃねぇ!!

今は【刑事】だ!!!!」

そうして黒豹は足を引きずりながらも立ち上がり、その赤い目で今度は二人を捉える。

「命は大事にしろって??

生きた証がなきゃ死んでるも同然だろうがッッ!!!!!」

満月の夜――オオカミのように刑事が叫ぶ。

警棒の柄が桜の握力によってヒビが入った。





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登場人物紹介

吉田ミョウ/パーフィット (AL)


生徒会七人目の生徒


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