其の三五 雨宿スイの胸の内
文字数 1,026文字
8月27日
アスファルトが蜃気楼を映し出す。
鉄骨が軋み音を立てる。
死に損なったセミが意味も無く声を奏でる。
「あの事件から二週間以上経ったのに、未だに身元が分からないご遺体があるそうよ」
「ほんと、どうしてこんな事にまで発展したのかしら。噂じゃ、警察にも消防にも病院にも連絡がつかなかったみたいですよ~~それで世間からは非難が飛び交ってるそうで」
『あらまぁ⁉そんなので犯人は捕まってくれるのかしら。これはもう、事件ってよりテロの規模だから夜もおちおち眠れやしない。』
歩行者の世間話が、黙とうを捧げるスイの耳に入り混んでくる。
(どうか、カズミのことを、たすけて、あげて……!!)
「……」
下半身が潰れた状態で尚も、娘を想い続けた姿がスイを奮い立たせる。
「――任せて下さい、おばちゃん。」
記憶と声を刻むように、重々しく立ち上がり、新人の刑事と目を合わせる。
「いいのかい?」
新人は揺れ動く花束を見ながら、問いかける。
「はい。親にも姿を見せないといけませんし。」
「すまなかったね。事情聴取とはいえ、辛い事を思い出させちゃって。」
車を走らせながら、新人は申し訳なさそうに言う。
嘆息ともとれるような、息を吐き、スイは窓を曇らせる。
「いえ、あのとき冷静さを保っていたのは、僕だけでしたし。」
ギプスで固定されている右腕を眺めながら、窓の外側を垣間見る。
(なんで――まだ―まだ!!!お母さんがッ!お母さんが車の中にいるのよッッ!!離してッ!離してよッッ!!!)
早妃カズミの、擦り切れる声が、血走った目が、カタカタと震えてた体が、右腕を通してよみがえる。
「骨折していた腕で、ハチ――レン先輩とカズミちゃん、二人を抱えてたってのは、はは、自分でも驚きですよ……。」
力の無く、乾いた笑いを無理に出す。
「君のおかげで、犯人への手掛かりになりそうだ。ありがとう。」
「……これで、なんとかなるのですか。」
外に目を向けたまま、スイは疑心を露わにする。
新人は、一瞬何も言えない目をとったが、
「必ず、必ず――捕まえてみせるよ。」
スイにも自分自身にも、釘をさすように言った。
「あん?俺たちゃあ、この女に用があんだよ」
「ヒッ――」
「………。」
新人の刑事に送ってもらった後、家に戻ったスイ。
親に事情をはなして、部屋で過ごしていたのだが――どうにも落ち着けずにコンビニへと赴いた。
女子生徒が男五人に絡まれているのを知らずに。
アスファルトが蜃気楼を映し出す。
鉄骨が軋み音を立てる。
死に損なったセミが意味も無く声を奏でる。
「あの事件から二週間以上経ったのに、未だに身元が分からないご遺体があるそうよ」
「ほんと、どうしてこんな事にまで発展したのかしら。噂じゃ、警察にも消防にも病院にも連絡がつかなかったみたいですよ~~それで世間からは非難が飛び交ってるそうで」
『あらまぁ⁉そんなので犯人は捕まってくれるのかしら。これはもう、事件ってよりテロの規模だから夜もおちおち眠れやしない。』
歩行者の世間話が、黙とうを捧げるスイの耳に入り混んでくる。
(どうか、カズミのことを、たすけて、あげて……!!)
「……」
下半身が潰れた状態で尚も、娘を想い続けた姿がスイを奮い立たせる。
「――任せて下さい、おばちゃん。」
記憶と声を刻むように、重々しく立ち上がり、新人の刑事と目を合わせる。
「いいのかい?」
新人は揺れ動く花束を見ながら、問いかける。
「はい。親にも姿を見せないといけませんし。」
「すまなかったね。事情聴取とはいえ、辛い事を思い出させちゃって。」
車を走らせながら、新人は申し訳なさそうに言う。
嘆息ともとれるような、息を吐き、スイは窓を曇らせる。
「いえ、あのとき冷静さを保っていたのは、僕だけでしたし。」
ギプスで固定されている右腕を眺めながら、窓の外側を垣間見る。
(なんで――まだ―まだ!!!お母さんがッ!お母さんが車の中にいるのよッッ!!離してッ!離してよッッ!!!)
早妃カズミの、擦り切れる声が、血走った目が、カタカタと震えてた体が、右腕を通してよみがえる。
「骨折していた腕で、ハチ――レン先輩とカズミちゃん、二人を抱えてたってのは、はは、自分でも驚きですよ……。」
力の無く、乾いた笑いを無理に出す。
「君のおかげで、犯人への手掛かりになりそうだ。ありがとう。」
「……これで、なんとかなるのですか。」
外に目を向けたまま、スイは疑心を露わにする。
新人は、一瞬何も言えない目をとったが、
「必ず、必ず――捕まえてみせるよ。」
スイにも自分自身にも、釘をさすように言った。
「あん?俺たちゃあ、この女に用があんだよ」
「ヒッ――」
「………。」
新人の刑事に送ってもらった後、家に戻ったスイ。
親に事情をはなして、部屋で過ごしていたのだが――どうにも落ち着けずにコンビニへと赴いた。
女子生徒が男五人に絡まれているのを知らずに。