其の三十九 切り替えてこー

文字数 3,064文字

 勢いで連れてきちまったが親御さんには大丈夫か?
 そこは大丈夫ですよ刑事さん。ちゃんとLINEしましたから。
 

 バタンと車のドアをしめて、最後にスイが外へと出た。
 骨折した状態だと何かと不便なのである。
 辺りは波止場とちょっとした公園。向こう側に防波堤が見えた。
 (大津公園)
 看板に書かれた名前を読み込んで、店内にはいっていった。
 

 「らっしゃい。鹿島、お前の連れか?」
 「そうだ。雨宿、奥に嬢ちゃんが座っているから先に行ってろ。」
 店長と思われる老人に指をさされ、ナナの隣へと座った。
 ………。
 スマホを見る。
 見るものはなく閉じる。
 ナナを見る。
 …………。
 だされたお冷に口を付ける。
 ……………。
 「あの、」
 ナナはこの静けさを破った。
 「ありがとうございました……、助けていただいて。」
 「……いいえ、あれは八つ当たりのようなこと、でしたし、お礼、なんて言われる立場じゃありませんよ。」
 ……
 ………
 会話はつづかない。
 話題、口調、距離、それらすべては手探り。
 思春期の彼らにとっては不慣れなのも仕方のない事。
 だが、そんな中スイは口を動かした。
 「諫早さんのその制服は……?」
 『とっつきやすい疑問を聞いていけばいい。』
 

姿

が彼の頭のなかに現れる。
 「あ、これ、私、24区商業高校だから――」
 「あ…それで見かけない顔だと思ったら。」
 二人の体から少し力が抜ける。
 「どうして制服?まだ8月だから夏休みなんじゃないの?」
 「文化祭が、近くなっちゃって。その準備で学校に行ってきたんです。それで、帰りにあんなことになっちゃいましたけど。」
 ナナは汗ばんだ手の平をスカートで拭き上げる。
 「あの――」
 彼女は恐る恐る、その細い指でスイのギプスをさした。
 「……それは?」
 「え、ああ。――ちょっと忘れられない事があってね。」
 そのときのスイの瞳は、悲しみよりも、

に近い尖り方だった。
 「ちゃんと話せてるじゃねぇか。ほら、選べよ。」
 店長と話し終えたオレンジ色のドリンクを片手に、鹿島は乱雑にメニュー表を机に置いた。


 刑事は二人の前にどかりと座って、ドリンクを飲み干す。
 スイはメニュー表を見ながらもジトォとコップを眺めて、
 「飲酒運転する気ですかぁ?」
 鹿島は両腕を振って全力で否定する。
 「おいおい、変なことをいうなよ!!よくみろオレンジジュースだ!!」
 オレンジジュース……、ナナは意外なことをのみ込もうと復唱した。
 「お前らからしたら、俺ら大人はコーヒーとか、渋くて苦いもんを飲むと思ってるだろぉ⁉違う違う。あんなもの飲んでる奴に

なのはいないぜ。さぁ、選べ、俺のおごりだ。」
 スイは目を細めた――。


 「頼む前に一ついいですか。」
 スイは真っすぐ鹿島の目を射抜く。
 「なんだ。」
 「あの日――あの事件のとき。どうして連絡がつかなかったんですか。」
 地に落ちた声で少年は刑事に尋ねる。
 「何度も……掛けました。警察に消防、海上保安庁にまで。だけど、何一つかかりませんでした。」
 カランっとお冷の氷が、ガラスに打ち付ける。
 「あなた方が来たのは、……ずっと後でした。」
 「……。」
 刑事は瞬きも身動きも、何一つせず少年と対面する。
 「機密情報などは知ったことではありません!!人々の平和を守るプロであるならば、説明してください!!!」
 骨折した右腕を、痛みを無視して机にのせて言い放った。
 悔しさをにじませたスイ。
 鉄仮面のような硬い顔の鹿島。
 ナナはその場でもまた見ることしかできなかった。
 「――逆ハッキングされたんだ。」
 重々しく鹿島は口を開いた。
 「あの日――管制室で妙なバグが発見された。」
 スイは背もたれによりかかる。
 「それらを取り除こうとしたところ、瞬く間にコンピューターウイルスが散布されたそうだ。それによって通信障害だけでなく、機械そのものまで破壊された。事件が起こったと知らされたのはその20分後だったよ。」
 「………」
 「とはいえ、市民を守る俺たちがこの有様だ。――このまま終わらせはしない。犯人には相応の処罰をくらわせるつもりだ……!!」
 鹿島はスイと再び目を合わせる。
 「約束する。犯人必ず――俺たちが捕まえて見せる。」


 スイは結露したコップをとり一口、口に含んだ。
 「鹿島さん、お願いします。」
 それに応えるように鹿島は頷いた。
 「じゃ僕、この20倍激辛地獄滝ラーメンを一つ(3000円)。」
 「は――」
 さ、ナナちゃんも選んで。
 え、え、
 せっかく来たんだ。重苦しいのはここまでにして頼もうか。普段食べれないものをね。
 「……じゃ、じゃあ私このスペシャルショートケーキで(2500円)。」
 ナナと鹿島を置いてけぼりにしてスイは店主のほうに歩いて行った。
 「あ、あの、ごちになります……?」
 鹿島はジックリため息を吐き、財布の中身を確認した。
 「やりやがったな……。」











 



 


 八区老人ホーム。
 
 午後九時。
 
 じじぃ――じじじ――
 街灯に引き寄せられ、蟲たちは身を寄せ合っている。
 「予約したものですが。」
 「吉田さんですね。左手に回ってください。すぐに呼んできますから。」
 職員はそう言って、中へと去っていった。
 学ランを羽織った彼は砂利道を歩き、設置されていた椅子に腰かけた。
 新月により明かりは目の前に置かれている懐中電気のみであった。
 風がふく。意味もなく葉を、木を揺らし続ける。
 「………」
 誰もいない中、蟲たちの声だけが響き渡る。それだけが吉田の心情を照らしていく。


 「では、話し終わりましたらお呼びください。」
 職員はまた立ち去り、少年と老人だけが残った。
 コヒューコヒューと小動物のような呼吸音が、この場に追加される。
 ……。
 ………。
 「せっかくここまで来たんだから、オレのことをみてくれないかな。」
 老人は少年に目を向けることなく、後ろの虚空を見つめてる。
 「死んじまったけど。あんたの奥さんも、息子も――息子夫婦も、孫も、みんな。」
 少年は顔をそむけつつも、目だけは老人のほうを見た。
 「これで全部亡くなった。ばっちゃんは脳卒中。息子夫婦は心中。孫は焼死。あーー、家もだったね。」
 少年の声が全ての蟲たちを、木々の音をかき消していく。夜の帳すらも切り裂くような、つめたくつめたく、あらゆる生命を嚙み殺していく感じに口を動かしていく。
 「思い出いっぱいのお家は、夢のように灰になった。オレ達もそれで全員死んだようなものだ。」
 少年は老人に顔を向ける。
 「教えてくれない?自分の家族を死に追いやった感情ってやつを。」
 「………」
 「――ふふふはははは、ハハハハハハハハハハハ、アハハハハハハハハハハハハハハハははははははははははははハハハハハハハハハハははハハハハハハハハハハはははははははははははは!!!!!!!!!」
 ゼンマイ仕掛けのように吉田は弾け笑った。
 「自分の家に放火し、自分の家族を死に追いやった犯人が、よくもまぁ認知症なぞで全部忘れてぬくぬく生活できるよな!ええ!!聞かせてくれよ孫であるオレにさぁ!!家を燃やした気分をよぉ!!!」
 「………」
 「この、展開で、クックック、笑わずにいられるやつぁいんのか?」
 ふぅっと一しきり笑った吉田はもう一度老人に向き直った。
 「もう会うことはない。悪いと思ってるんだったらさっさと死ね。」
 カチりとボタンを押して、職員を呼び出す。
 「じゃあな、じっちゃん。」
 吉田の瞳がぼんやりと朱く輝いた。
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登場人物紹介

吉田ミョウ/パーフィット (AL)


生徒会七人目の生徒


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