其の百二十七 生じたバグ
文字数 2,047文字
――人類が生まれるはるか昔、『生物』という概念が生じた。
それはとっても小さくて、脆弱で、岩にあたるだけで死んでしまうほど弱かった。
――だから誰も気にしなかった。そこになんらかの瑕疵 が起こり、自分で栄養を作り出して生きようが、事は収まると思い込んだ。
――しかし、待てども待てども収まることはなかった。それどころか相手を喰らって進化を促し始めた。環境で死に絶えると考えていたが、その環境すら進化の糧にしてしまった。
遺伝子を採るための『口』。身を守る甲羅・鱗。世界を手に入れるための『目』。
それが何千、何億、何十億にわたって継承されていった。
――ここでようやく焦りを感じ、自分で収めるため最初の代わり者として『オルドビス』が遣わされた。
――だが全てはもう手遅れだった。生命という病原体には『生』という遺伝子がプログラムされ、今日まで消えることなく、いまや『知性』を獲得し『惑星』が支配されるというあってはならないことに発展した。
「ただの風邪でも重症化すれば命を落とす。惑星 は侮った。甘く見ていた。『本気を出せば、お前たちなんて皆殺しにできる』と。
だが、いまとなっては『環境破壊に注意!皆で地球を守ろう』と敵に情けで助けてもらっている。これ以上ない屈辱だった。
だから都合が良かった。これに乗じれば『計画』もついでに達成できる。
高校生を演じたのも計画だったんだ。
陽キャラが見ている世界がどんなものか、その『目』が欲しかった。
助け合って生きる。それが『どんなものか』。それが本当に『楽しい』のか知りたかったんだよ。」
吉田は足元で仰向けになっているハチミツに目をやった。
刀を折れて壁に突き刺さり、腕は犬に齧りつかれ、頬はネズミに噛み切られ歯が見え、腰から下は青いゼリー状のアメーバに包まれていた。
「―――私をころすの……?」
「うん。これはお片付けだ。自分で人形や舞台を散らかしたんだ。自分で片付けるよ。」
目の端で、屋根が落下するのが見えた。耳をつんざく金属音がしたから聞こえる。
「ねぇ、、あなたが言ってること全然わかんないけど、学校楽しくなかったの?」
ハチミツは辛うじて動く唇を動かして、声を作る。
「隣の生徒会室で、お菓子を食べ合ったときとか、いっしょにポスター作ったりとか、卒業したらATとMTの免許どっちを取るとか、そんなことを話してたじゃない。
ガフっ、ぁ……、あのまま卒業式を迎えることはできなかったの……。」
アメーバの毒で蝕まれた彼は、吉田がいる方向とは違う何もないとこに向かって話していた。
現実感がないからか、痛みさえ感じなくなったのか、体を喰われながら日常会話のように話し続ける。
「友達といっしょに卒業できたら、さいこうだったのに……。
吉田ぁ?
どうして?
ねぇどうして?
どうしてなの?
どうしてこうなってるの?
どうして―――っっ」
そのとき、ハチミツのあばら骨が踏み砕かれた。
ぼぎぼぎと、吉田はあばら骨を踏み砕いていく。まるで口を封じるように。
ハチミツの悲鳴など、聞きなれた子守唄のように流しながら、特別な事では無いと思いながら、ボコボコと凹凸上に成らされた、胸を見下ろしていく。
ハチミツの口から吐き出された血が、吉田の口元に付着する。
「さぁ。どうしてこうなってるんだろうね。
どこからかやって来た理由に、意味に、こうやって流されてるだけだよ。」
口紅を差すように、血を広げた。
そのときにはもうハチミツは息をしていなかった。
焼け落ちていく。
普通の高等学校が、突如現れた化け物に、何の説明もなく、崩れ落ちる。
馴染みを助けるために立ち向かった生徒も
仲間を思う、誇りのある生徒も、
すべて瓦礫の下に埋もれた。
最後に約400人の人質を、ホール丸ごと焼いて――25区高校はお終いになる。
それが望みだ。そう願われた。
真っ白な廊下は黒く焼き付け、赤く、煌めいていく。
終劇を予感させるように、あたりが漂白に晒されていく。
「これを望んだのか。
『吉田ミョウ』という人間は?」
先の見えない炎の波から、音も無く1人の青年が姿を現した。
その声は、どこかの長老を思わせるほどの、底にへばりついた低い声だった。
吉田と同じ制服を羽織り、同じ『朱』目をしている青年である。
同じ『朱』というのに、5つ目の犬や化け物ネズミが、シャーシャーっと威嚇し始めた。
「は、ははははは……
皮肉なもんだな。罪悪感から目を合わせることが無くなったのに。
こうやって合わせるようになったときが、
まさか、死んだ後の、化け物同士なったときとは。
どう思うんだろうな。生前の私 たちは。
福栄シンゾウ――」
-―――――――――――-―――――――――――
ステータス
福栄シンゾウ(アルターエゴ)
パワー ――
ガード ――
体力 ――
朱の命題(アルターエゴ時専用)――朱色の眼に共通する破壊衝動。今回の場合、惑星を壊滅させるまで衝動は止まらず、理性を失くすだけなのだが……
押し付けられた願望(アルターエゴ時専用)――元となった『福栄シンゾウ』の意志。これによって動きが制御されている。
それはとっても小さくて、脆弱で、岩にあたるだけで死んでしまうほど弱かった。
――だから誰も気にしなかった。そこになんらかの
――しかし、待てども待てども収まることはなかった。それどころか相手を喰らって進化を促し始めた。環境で死に絶えると考えていたが、その環境すら進化の糧にしてしまった。
遺伝子を採るための『口』。身を守る甲羅・鱗。世界を手に入れるための『目』。
それが何千、何億、何十億にわたって継承されていった。
――ここでようやく焦りを感じ、自分で収めるため最初の代わり者として『オルドビス』が遣わされた。
――だが全てはもう手遅れだった。生命という病原体には『生』という遺伝子がプログラムされ、今日まで消えることなく、いまや『知性』を獲得し『惑星』が支配されるというあってはならないことに発展した。
「ただの風邪でも重症化すれば命を落とす。
だが、いまとなっては『環境破壊に注意!皆で地球を守ろう』と敵に情けで助けてもらっている。これ以上ない屈辱だった。
だから都合が良かった。これに乗じれば『計画』もついでに達成できる。
高校生を演じたのも計画だったんだ。
陽キャラが見ている世界がどんなものか、その『目』が欲しかった。
助け合って生きる。それが『どんなものか』。それが本当に『楽しい』のか知りたかったんだよ。」
吉田は足元で仰向けになっているハチミツに目をやった。
刀を折れて壁に突き刺さり、腕は犬に齧りつかれ、頬はネズミに噛み切られ歯が見え、腰から下は青いゼリー状のアメーバに包まれていた。
「―――私をころすの……?」
「うん。これはお片付けだ。自分で人形や舞台を散らかしたんだ。自分で片付けるよ。」
目の端で、屋根が落下するのが見えた。耳をつんざく金属音がしたから聞こえる。
「ねぇ、、あなたが言ってること全然わかんないけど、学校楽しくなかったの?」
ハチミツは辛うじて動く唇を動かして、声を作る。
「隣の生徒会室で、お菓子を食べ合ったときとか、いっしょにポスター作ったりとか、卒業したらATとMTの免許どっちを取るとか、そんなことを話してたじゃない。
ガフっ、ぁ……、あのまま卒業式を迎えることはできなかったの……。」
アメーバの毒で蝕まれた彼は、吉田がいる方向とは違う何もないとこに向かって話していた。
現実感がないからか、痛みさえ感じなくなったのか、体を喰われながら日常会話のように話し続ける。
「友達といっしょに卒業できたら、さいこうだったのに……。
吉田ぁ?
どうして?
ねぇどうして?
どうしてなの?
どうしてこうなってるの?
どうして―――っっ」
そのとき、ハチミツのあばら骨が踏み砕かれた。
ぼぎぼぎと、吉田はあばら骨を踏み砕いていく。まるで口を封じるように。
ハチミツの悲鳴など、聞きなれた子守唄のように流しながら、特別な事では無いと思いながら、ボコボコと凹凸上に成らされた、胸を見下ろしていく。
ハチミツの口から吐き出された血が、吉田の口元に付着する。
「さぁ。どうしてこうなってるんだろうね。
どこからかやって来た理由に、意味に、こうやって流されてるだけだよ。」
口紅を差すように、血を広げた。
そのときにはもうハチミツは息をしていなかった。
焼け落ちていく。
普通の高等学校が、突如現れた化け物に、何の説明もなく、崩れ落ちる。
馴染みを助けるために立ち向かった生徒も
仲間を思う、誇りのある生徒も、
すべて瓦礫の下に埋もれた。
最後に約400人の人質を、ホール丸ごと焼いて――25区高校はお終いになる。
それが望みだ。そう願われた。
真っ白な廊下は黒く焼き付け、赤く、煌めいていく。
終劇を予感させるように、あたりが漂白に晒されていく。
「これを望んだのか。
『吉田ミョウ』という人間は?」
先の見えない炎の波から、音も無く1人の青年が姿を現した。
その声は、どこかの長老を思わせるほどの、底にへばりついた低い声だった。
吉田と同じ制服を羽織り、同じ『朱』目をしている青年である。
同じ『朱』というのに、5つ目の犬や化け物ネズミが、シャーシャーっと威嚇し始めた。
「は、ははははは……
皮肉なもんだな。罪悪感から目を合わせることが無くなったのに。
こうやって合わせるようになったときが、
まさか、死んだ後の、化け物同士なったときとは。
どう思うんだろうな。生前の
福栄シンゾウ――」
-―――――――――――-―――――――――――
ステータス
福栄シンゾウ(アルターエゴ)
パワー ――
ガード ――
体力 ――
朱の命題(アルターエゴ時専用)――朱色の眼に共通する破壊衝動。今回の場合、惑星を壊滅させるまで衝動は止まらず、理性を失くすだけなのだが……
押し付けられた願望(アルターエゴ時専用)――元となった『福栄シンゾウ』の意志。これによって動きが制御されている。