其の七 福栄シンゾウからの告白

文字数 2,702文字

「――は?」
 「理解できないと思うからもう一回いう。『吉田ミョウは死んでいる』って言ったんだ。」


 カズミとシンは吉田達が弁当を食しているときに、少し離れた人気のなく見晴らしのいい高台へと足を運んでいた。
カズミはずっと疑問を抱いていた。
 『どうして自分に吉田ミョウという人を紹介したのか。』
 ときおり物理室に行ってることを振りかえってみると、存外にも悪くなかったのだろうとカズミは他人事のようにそのときの情景を目の端に映しては、スマートなシンの背中に目を戻した。


 真昼の暑さではゆっくりと会話もできないので二人は木陰に入った。
 そよ風が二人の制服をさする。
 「何故吉田を紹介したのか?簡単なことだよ。変人だからだ。」
 「へ、変人だから…?」
 うん、とシンは頷く。
 「君もアイツと過ごしてみて分かるだろ?やることなすことメチャクチャじゃない。」
 カズミの脳裏に自主練場にやってきた吉田を思い出す。
 「しかもそれらの動機は全て自分に対する事柄だけだ。エゴの塊とでもいえような…。」
 「……。」
 「僕としては最早清々しくさせてくれるヤツだがねぇ。
  フゥ、それに『相手のために』などの不確定要素は孕んでいない。そこには自らの利益を追い求める獣性がある。――だからか?だからかなそれに賭けてみた。」
 ちょっと話していいかな、と涼やかな笑みを浮かべてシンは言う。
 「見えない聞こえもしない人の心など僕は考えたくない。
−−どれだけ考えようとも相手を導けることはできないからだ。だがそもそも吉田は導くことを、助けることをしない。彼はただ見ている。あまりに空っぽな言い方だがこれほど難しいことはない。自分の大切な人が社会的に間違った道に進もうとも唇を噛みきる程の情念を持ってただ見ている。彼はそこまでして−−」
 シンの目に髪を耳に掛けるカズミの姿が映り、我に返った。
 「すまない、調子にのってしまった。」
 「い、いえ大丈夫です。あのそういえばどうしてここに場所を変えたんですか?」
 生唾を飲む音がシンの喉から聞こえた。
 「うん、吉田に関わる者として大事なことを伝えるためだ。」
 「大事な……?」
 シン意を決したように口を開いた。
 「吉田ミョウは死んでいる。」


 「−−は?」
 「理解できないと思うからもう一回いう。『吉田ミョウは死んでいる』って言ったんだ。」
カズミの中で一瞬時が止まった。足蹴良く通っていた教室の主が死んでいる、といわれたのだ理解できなくて当然だ。
「な、なにを…?ふざけているのですか?」
 苦笑いを含めながらもシンに抗議を入れる。
 「……。」
 何も言わない。目は真っすぐにカズミに注がれており、感情の読み取れない唇は真一文字に結ばれている。
 「…去年の8月、11地区で火災があったそうだ。吉田はそれに巻き込まれた—らしい。」
言葉の意味は分かった。だがそれを飲み込めるかどうかはべつの問題だ。
 「らしいって、それがホントかどうか分からないってことじゃありませんか⁉」
 「僕も実際に見たわけではないからだ。このことは人から聞いた。」
いまいち状況は掴めないカズミは唇を噛んだ。
 「じゃあ信憑性も、何もないんじゃないですか⁉」
 「『今の吉田』から聞いたんだ。」
 シンはどこまでも冷静に対応した。聞き手が冷たさを覚える程に。


 「火災があった後日、僕は吉田の元に見舞いに行ったよ。
  そこで見たものは……

程に黒々とした肉塊だったけどね。」
 自分を誤魔化すためかあるいは自嘲しているのか、シンの口端は上がっていた。
 「全身は黒づんだ包帯でグルグルに巻かれていたよ。だけどちょっとした隙間から液体をボタボタと垂れ流していたよ。赤色のような黒色のような黄緑色のような。特に左側はガラスが突き刺さって痛々しかった。眼球とかにね…。死んでるのでは、と思ったが胸が上下に動いていたからその時は間違いなく生きていた。」
 カズミは、キラキラと陽光を反射しているキレイな水平線に目線を移動していた。考えるとえずいてしまいそうだからだ。
 「…その後しばらくして亡くなったらしい。」
 最後はあっけなく締めくくられた。
 (そんな重体だったら…。でも家族はこのことを?)
 頭の中のちょっとした疑問をシンに投げかけた。
 「両親は心中、祖母は脳出血により急死。祖父は老人ホームへ。重度の認知症で家族のことを覚えていないそうだ。」
 「――」
 絶句。これほどまでにピッタリと絶句と言える心情をカズミは噛みしめるしかなかった。
 「だからせめてものと葬儀は病院が施してくれたようだよ。」
 いやに風の音が波の音が耳障りに感じた。シンに目線を戻すとまた唇を結んでいたが、先程の無表情というよりは険しい顔になっている。
「そんな—そんな災害があった8月から、4か月後の12月の末にアイツが−−『今の吉田』が来たんだ……!」


「去年の12月に…今の吉田…先輩が……」
カズミの中では実感はほとんど無かった。だが、妙にそれが現実なのだと感覚的にだが理解していた。
 「その時には今のような性格になっていたよ。大雪の日だった。学ランをマントの様になびかせながら教室に入ってきたのを昨日のように覚えている。」
 「……。」
ふぅとシンは嘆息して腕時計を見る。
 「話したいとこは話せた。長々と付き合ってくれてありがとうね。」
 「…いえ、ちゃんとこのことは覚えておきます。」
 シンは微笑みを浮かべた後眼鏡を外し手すりにもたれかかった。
 「あの、先輩は戻らないのですか?」
 カズミは空を見上げているシンに尋ねる。
 「僕はもう少しここに残るから大丈夫。気を付けて戻ってくれ。」
 それを聞いたカズミは一礼して広場へと戻っていった。
 彼女の背中が見えなくなったのを確認した後、制服の内ポケットに忍ばせていたライターをパチンと開き、『CAMEL』と書かれた箱から一本の煙草を取り出し点火した。


 『−−そうかやはりオレは死んだのか。まぁいい、またこうして私が人間として過ごせるようになったんだ。感謝している。いやあんな事二度と味わいたくないがな。しかし貴様らにとっては困ったものではあるまい?『以前の吉田』と『今の吉田』……中身こそは丸きり違うが、貴様たちから見れば姿形しか見ることは出来ない。中身がなんであれ私は『吉田ミョウ』として認識される−−『以前』も『今』も貴様たちが意識する必要はない。『目の前に吉田ミョウがいる』重要なのはそれだけだ。あーこのことは他の人間にも話しても構わんよ』


 (………。)
 これ以上ないと言えるくらいの後ろめたさをもって、シンは大きく煙を吐いた。
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登場人物紹介

吉田ミョウ/パーフィット (AL)


生徒会七人目の生徒


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