其の百三十六 救済の代行者 ルシフェル・ミラ・イース

文字数 2,242文字

「俺はなあんたらが何をしようと、言われたことだけに従おうと思ったが、
不服も限度があるってもんだ。
シネスティアさん。」

茜色の夕日には似つかわしくない、黒のコートをなびかせながらルシフェルは銃を向けていた。
警官が使う一般的な拳銃。その銃口を、月の女王(シネスティア)は目だけを細める。

「な、――なにをしておるかッッ!!」

張り詰めた空気すら読めないほど、慌てたカラスが甲高い声を上げる。

「自分がなにをしているかわからんのか!!
貴様は!!今!!神官の長に!!自分の主人に対して!!!牙を向けておるのだぞ!!!
これは【惑星の守護者】たる我々全体への、反逆に値するのだぞ!!今すぐそこを去れ!!!」

「………。」
超鳥の言葉に、亀は半ば空っぽにしている目を向けている。

女王やら神官やらいる空間で早妃カズミだけ、喉の突かれた白い手をじっと見たまま動かないでいた。

「【惑星の守護者】ねぇー…。
俺は【救済】の代行者としてこの場にいるわけだが、人殺しするのが救いになるのかい?女王様。」

蒼い瞳を、ベッドにもたれている女子高生に向ける。

「光さえ持たなかった昔に、夜の世界を照らすことができたのは【月】だけだ。
そりゃあ電気よりかはちょっと明るい程度だが、その土台から…発展していった。」

「土台が無ければ発展はしなかった。」

詩を読むように、ルシフェルの言葉から繋げたのはシネスティアだった。

「すべてはその土台からだ。
世界をつくることも、くずすことも、そのちょっとした土台だ。きっかけなのだ。

女学生の塗られた朱い瞳を、女王はのぞき込む。

「可能性を潰すしてこそ完璧になる。
それで星が救われたらめでたいこと。
それで星が壊れたら笑い話にもなりません。」

白い手が喉に食い込んでいく。

「その可能性は、そこの嬢ちゃんだけなのか?」

男の口が開く。

「みた限り普通の女子高生にしか見えないが。
そもそも事の発端になった【吉田ミョウ】はあんたが直々に始末したんだろう?
だとすれば、嬢ちゃんはただの【被害者】じゃねぇか。
他に手段があったのに、ストレートに山場を処分するなんざ、【独裁者】と変わらん。」

「………。」

「救済と名乗っておきながら、ただの人殺しなんざ――はっきり言って筋が通らねぇ。」

男の言葉を前に、シネスティアはどこか、現実から目をそらすように固く瞼を閉ざした。

――喉を締めている手から力を抜く。

「『救済の代行者 ルシフェル・ミラ・イース』 あなたに問います。
もし、この【行い】を早妃カズミへの【救い】と、私が言ったらあなたはどうする…?」



続く言葉はなかった。

ただ、病室の空気が破裂した音しか返ってこなかった。


「父親も、母親も殺されて、

己が信用した先輩に裏切られ、

通っていた学校も壊され、ダチに会えずじまいの子供(ガキ)を前に――【哀れだから殺してあげる】というのなら、俺は貴様らとやり合うしかねぇ。」


女王の頬から、一切れの雫が垂れ落ち、床を赤く染めた。


「生きるべきか、死ぬべきか、それを決めれるのは本人だけだ。

【命】を選定できることを許されたのは、【神】だけだ。

俺は――神にだって裏切る。」


女王の心臓に、蒼の気が混じった銃弾が撃ち込まれる。
白いブラウスが瞬く間に鮮血に染まる。

飛び散った血は、病室をキャンパスに花のように咲いた。


「人間風情が、図に乗るなぁぁぁああああああ!!!!!!」

噛みついてきたのはカラスの超鳥であった。
主人を守る犬のように、弾丸飛行でルシフェルに飛びつき、ボコりと骨をならして巨大化しとうとする。

そのコンマ数秒、人間の神経反射すら間に合わないなか、ルシフェルは後ろにいる、いたいけな少女を守るため腕を広げていた。


「やめよ――――ッッッッッ!!!!!!!!!」

時間をとめるように、声が走る。

「ごほ…っ、正論です。
敵の頭である【吉田ミョウ】は……私が殺しました。
何の脅威も持たないその子を殺すのは、いわば保険です。
保険で人殺しをするのは【救済】と呼べませんし、事実 我々は【神】ではない。」

病室をこれ以上汚さないようにするためか、シネスティアは口内にせり上がった血を飲みながら、ルシフェルを見つめる。

「超鳥、撤退だ。」
寡黙にしても度がすぎるほど沈黙している万樹は、ようやく言葉を形にする

「撤退ですと…!?
万樹殿 何を言いなさるのです??
この男は女王(シネスティア)様に引き金を引いたのですぞ!!
我々への反逆因子そのものを放っておくというのですか!!??」

超鳥は中途半端に巨大化させた右翼で、ルシフェルの左腕と押し合いをしながら、血走った眼で万樹を睨み返す。

その鋭い眼光は万樹にとって、普遍のものであり、それ故 動じることもなく、

方角(ベクトル)が違う。」

一言 付け加えるのみであった。



いっときの間を置いて、超鳥は普通のカラスに戻った。



「ちぃッ、、勘違いするでないぞ。」
不満足な顔を浮かべて、ペタペタと女王の下に足を進める。



「ルシフェル…あなたの行動は称賛に値します。
しかし、忘れないように。この行動の報いがどのように働くのかを……っ」

「―――お互いに、な。」


三体は割れた窓ガラスから、飛び立った。


辺りは血と窓ガラスの破片が飛び散ったが、早妃カズミには一片の汚れも、傷もついていなかった。


「どうして殺しくれなかったの?わたしは、死にたいのに……。」

少女はこぼした。無意識に片手で左目を抑える。

「こんな世界で生きても…良いことなんてないよ……」

男はおもむろに煙草を咥える。

「なぁに、同僚への情け…っていう俺のエゴなだけだよ。」

ポケットから一枚の紙切れを取り出した。




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登場人物紹介

吉田ミョウ/パーフィット (AL)


生徒会七人目の生徒


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