其の三十一 『惑星』に仕える者たち

文字数 1,689文字

 八月十六日。

 十七時。

 時刻を知らせるサイレンが町中を覆った。

 町に住む人々はそのサイレンに耳をふさいだ。

 頭をたたき割るその音を。

 忌々しいその音を。

 現実を避けるべく耳をふさぎ、潰れるくらいに目を閉じた。

 [どうか、どうか、夢でありますように――]

 道路に座り込んで、花を掲げた人々は祈った。祈った。祈った。祈った。祈った。祈った祈った祈った。

 されど、現実は何も変わらなかった。

 目の前の地面には、壁には、車には、ベッタリと血液が付着してあった。

 手が。足が。骨が。肉が。脳みそが。あちらこちらに散らばっているのを、人々は見なければならなかった。

 潰れたトマトのように、太陽は朱く赤く空を染め上げた。
 日常の残滓すら溶かしつくしたらしい。


 「ねぇ、お父さん。お母さんはどこにいったの?」
 ビー玉のように光を反射しているだけの目を以て、赤い風船を持った子供は父親に話しかけた。
 「お母さんはな――おかあ、さんは、なああぁぁぁあ―――」
 泣き崩れるように父親は子供を抱き寄せた。
 地面に落ちている指輪の前で父親は声を殺し、涙した。
 爪が剥がれ落ちた手で子供の頭を撫で続けた。
 子供は泣く事すらしなかった。

 「先輩……」
 その光景を脳裏に刻まんと、目を見開いている新人消防士は、隣にいるベテラン消防士に声をかけた。
 「あと、どれくらいで、遺体は回収し終えるのですか……?」
 「わからん――。この17区はあらかた終わったが……。この先の19地区が特に酷いらしい。今でも、遺族だろうが立ち入り禁止だそうだ。」
 目を曇らせながらベテランは答えた。
 「止めれなかったんでしょうか――?このハイジャック事件は?こんな、こんな――ことになる前に――!!」
 新人の拳から血液が滴り落ちる。
 「今は、やるべき事だけを考えろ。お前だけのせいじゃねぇ。これは――俺たち全員の責任だ。」
 ベテランは、乱暴に、その温かみのある大きな手のひらで、新人の背中を叩いた。


 同時刻

 11地区のとある神社。

 その地区の農業の神として、牛神様が祭られている山上神社。

 そこで一人男子生徒がバイオリンを弾いていた。

 持てる力、技量、その全てを以て演奏し続ける。

 

は、男子生徒をじいいぃぃと見つめ続ける。

 『Pschelbel Canon』

 その曲調は歪にも美しく、世界の音をかき消していった。

 群れに捨てられ、家族に捨てられ、ただただ飛び続ける



 妻を失い、夕日に、人間たちに、ひたすら響き聞かせる、



 すべてすべて、公正に、救いのように、調律されていく。












 「なんのつもり――?」

 

は不満そうにぼやいた。

 「『惑星(わが神)』の下に、『代行者』として君を遣わせた。」
 足元にいた

が低い声で答える。

 「左様、『惑星(わが主)』は

を望んでいる。」
 木に止まっている

が、高い声で答える。

 「ふーん、あたしは代行者ってやつに選ばれたの?」
 バカ言わないで、とそういうふうに少女は眉間にシワを寄せる。
 腑に落ちない感情を抑えるように。

 「現在、世界にわずかながらの歪みが生じている。これらを修正し『惑星』を救うのが君の課題となる。」
 

が教師のように解説する。


 「…………」
 少女は口をつぐんでいる。
 
 「ただ困ったことに、歪みを引き起こしている『原因』が不明なのだ。」
 「千流のやつは一足先に、調査に出向いておる。」
 犬、カラスは切実にそう訴えた。

 「――つい先日。ついに大事へと至ってしまった……。

 人間の、動植物の、多大なる生命が焼き払われた。

 これは我々――神官の責任にある。

 『惑星』の言葉どおり一刻も早い解決を望む。」
 





 
 「死者をもとにして代わりに目的を果たす――『代行者』。

 はぁはははは、素晴らしいものね。」

 一人となった少女は、枯れ木のように、ユラユラとそのまま立ち尽くしていた。









 「フフフさぁすが、優秀な子たちだこと。」
 そうして彼女と動物たちの会話を、


 
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登場人物紹介

吉田ミョウ/パーフィット (AL)


生徒会七人目の生徒


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