其の十七 三尾アヤカという――
文字数 1,864文字
「ちょっと大丈夫⁉
―わっ、すごい熱‼こんな状態で、一人で何してたのよアヤカ⁉
ほら肩貸すから、保健室に行こう!」
「そんな所でどうしたのかな?」
「あ!上崎先生、えっとアヤカが熱出しちゃって……保健室に連れて行こうと思ってたんですけど……」
「ふむ、今日は保健室の川原先生は休暇を取っていると聞いた。
……来なさい。」
「はぁ、はい…」
(私はちがう。こんなやつらとはちがうの。努力もせずに、遊んでばかりの無価値な虫たちとはちがう……‼)
「これから部活か?今は大雨が降っている。濡れないように頑張りなさい。」
「分かりました。
――アヤカをお願いします。」
(私こそが価値のある人間なのよ……)
パソコンの音だったのか、雨粒が潰れる音だったのか、それとも自分で意識したのか、アヤカは目覚めた。
グレーのソファに体を横にしており、クリーム色の毛布が腹に掛かっているのが見て取れた。
彼女の頭の痛みは軽減されたのか、冷静にあたりを見渡していた。
「気が付いたかね?三尾さん。」
SCには似つかわしくない、スキンヘッドで黒のコートを羽織っている上崎がたずねた。
「上崎先生……私は確かカズミに背負われて――」
「うむ、意識は保っていたようだね。君の言う通り、早妃さんがこの相談室まで連れてきた。そのときの君は酷い熱でうなされていたが、不幸なことに保健室は閉まっていたため、ここへと運び込ませた、というわけだ。」
そこでハタとパソコンを閉じ、
「これで熱を測ってみなさい。」
そういってアヤカに体温計を渡した。
彼女はそれに従って熱を測り始めた。
冷静さを取り繕っていたが、彼女自身も内心は驚いていた。下着はおろかカッターシャツまで湿り気があった。あのときはひたすら寒かったが故に、ここまで異常な汗をかいた自分に驚愕せずにはいられなかった。
ピピっと軽い電子音が鳴る。
「先生、測れました。」
「――36.9。微熱に近いが問題はないか?」
「大丈夫です。――ほらちゃんと立てるし、寒気もありません。」
タンと立ち上がり、問題ない事を説明する。
それをみた上崎は、彼女の状態を目視したたあと一見は納得した。
「それならばいい。収まったとはいえ、まだ雨が降り続いている。濡れないように気を付けなさい。」
ここで上崎は間を開けた。
「もし体調を悪化させるほどの『何か』があれば、私にとって危惧するべき所だ。そのときはこの部屋を訪ねてくれたまえ。」
パソコンを黒い鞄になおしながら言葉にした。
「分かりました……。あのところで帰るんですか?」
「?。あぁ……あの時計を見たまえ。」
アヤカは上崎の指さした時計を見る。
『18時55分』
「もう学校は閉まる時間なのだ。」
「エッ⁉もうそんな時間だったんですか⁉わ、私物理室に荷物を置いてきてるんで取ってきます。」
「うむ、気を付けて帰るといい。」
そうしてドタバタとアヤカは相談室を飛び出した。
その瞳に何を映しているのか――
その顔は何を思って彫刻されたものなのか――
第三者が語るにはあまりにおこがましいものがある、ただそれだけが言えた。
彼女はまた物理室へと戻ってきた。
ガララっと、若干の重みのある扉を両手でスライドさせ室内へと入る。
すべての椅子は綺麗にしまわれていた。不思議なことに彼女にとって、その小奇麗さは逆に気味悪さを助長させていた。
あのうるさい先輩も、あの清廉な先輩も、――かけらも見当たらなかった。
あの騒動は夢だったのか、と自身のを疑ってしまう程に。
だが、机の上に置いてある荷物が実際にあったことだと証明している。
『お、今日もかわいいね~、来てくれて私は嬉しいよ。』
そんな声が今にも聞こえてきそうだった。しかし、室内は真っ暗闇であったためその声はあまりにも不釣り合いに思えた。
そんな自分に嫌気がさしたのか、リュックを背負い重たい鞄を手に持って今すぐにも出ていこうとした。
「……?」
夕刻、自分が座っていた位置に白いカップが置いてあるのに気が付く。
近づく必要など彼女には無かった。
知る必要も彼女には無かった。
なのに、街灯にちらつく蛾のようによたよたとカップに吸い寄せられていった。
「………。」
彼女はそれを上から見下ろして、カップの中に指を入れた。
「⁉」
熱かった。次に両手でカップに触れてみる。冷え切った手先がじんわりと温まっていった。
濡れた指を赤子のように口に入れる。
「――……」
ぽちゃんと、塩辛い雫がカップに注がれた。
―わっ、すごい熱‼こんな状態で、一人で何してたのよアヤカ⁉
ほら肩貸すから、保健室に行こう!」
「そんな所でどうしたのかな?」
「あ!上崎先生、えっとアヤカが熱出しちゃって……保健室に連れて行こうと思ってたんですけど……」
「ふむ、今日は保健室の川原先生は休暇を取っていると聞いた。
……来なさい。」
「はぁ、はい…」
(私はちがう。こんなやつらとはちがうの。努力もせずに、遊んでばかりの無価値な虫たちとはちがう……‼)
「これから部活か?今は大雨が降っている。濡れないように頑張りなさい。」
「分かりました。
――アヤカをお願いします。」
(私こそが価値のある人間なのよ……)
パソコンの音だったのか、雨粒が潰れる音だったのか、それとも自分で意識したのか、アヤカは目覚めた。
グレーのソファに体を横にしており、クリーム色の毛布が腹に掛かっているのが見て取れた。
彼女の頭の痛みは軽減されたのか、冷静にあたりを見渡していた。
「気が付いたかね?三尾さん。」
SCには似つかわしくない、スキンヘッドで黒のコートを羽織っている上崎がたずねた。
「上崎先生……私は確かカズミに背負われて――」
「うむ、意識は保っていたようだね。君の言う通り、早妃さんがこの相談室まで連れてきた。そのときの君は酷い熱でうなされていたが、不幸なことに保健室は閉まっていたため、ここへと運び込ませた、というわけだ。」
そこでハタとパソコンを閉じ、
「これで熱を測ってみなさい。」
そういってアヤカに体温計を渡した。
彼女はそれに従って熱を測り始めた。
冷静さを取り繕っていたが、彼女自身も内心は驚いていた。下着はおろかカッターシャツまで湿り気があった。あのときはひたすら寒かったが故に、ここまで異常な汗をかいた自分に驚愕せずにはいられなかった。
ピピっと軽い電子音が鳴る。
「先生、測れました。」
「――36.9。微熱に近いが問題はないか?」
「大丈夫です。――ほらちゃんと立てるし、寒気もありません。」
タンと立ち上がり、問題ない事を説明する。
それをみた上崎は、彼女の状態を目視したたあと一見は納得した。
「それならばいい。収まったとはいえ、まだ雨が降り続いている。濡れないように気を付けなさい。」
ここで上崎は間を開けた。
「もし体調を悪化させるほどの『何か』があれば、私にとって危惧するべき所だ。そのときはこの部屋を訪ねてくれたまえ。」
パソコンを黒い鞄になおしながら言葉にした。
「分かりました……。あのところで帰るんですか?」
「?。あぁ……あの時計を見たまえ。」
アヤカは上崎の指さした時計を見る。
『18時55分』
「もう学校は閉まる時間なのだ。」
「エッ⁉もうそんな時間だったんですか⁉わ、私物理室に荷物を置いてきてるんで取ってきます。」
「うむ、気を付けて帰るといい。」
そうしてドタバタとアヤカは相談室を飛び出した。
その瞳に何を映しているのか――
その顔は何を思って彫刻されたものなのか――
第三者が語るにはあまりにおこがましいものがある、ただそれだけが言えた。
彼女はまた物理室へと戻ってきた。
ガララっと、若干の重みのある扉を両手でスライドさせ室内へと入る。
すべての椅子は綺麗にしまわれていた。不思議なことに彼女にとって、その小奇麗さは逆に気味悪さを助長させていた。
あのうるさい先輩も、あの清廉な先輩も、――かけらも見当たらなかった。
あの騒動は夢だったのか、と自身のを疑ってしまう程に。
だが、机の上に置いてある荷物が実際にあったことだと証明している。
『お、今日もかわいいね~、来てくれて私は嬉しいよ。』
そんな声が今にも聞こえてきそうだった。しかし、室内は真っ暗闇であったためその声はあまりにも不釣り合いに思えた。
そんな自分に嫌気がさしたのか、リュックを背負い重たい鞄を手に持って今すぐにも出ていこうとした。
「……?」
夕刻、自分が座っていた位置に白いカップが置いてあるのに気が付く。
近づく必要など彼女には無かった。
知る必要も彼女には無かった。
なのに、街灯にちらつく蛾のようによたよたとカップに吸い寄せられていった。
「………。」
彼女はそれを上から見下ろして、カップの中に指を入れた。
「⁉」
熱かった。次に両手でカップに触れてみる。冷え切った手先がじんわりと温まっていった。
濡れた指を赤子のように口に入れる。
「――……」
ぽちゃんと、塩辛い雫がカップに注がれた。