其の百七十九 たとえこの肉体が滅んでも――

文字数 1,970文字

――へぇ、思いっきりやったつもりだけど、まだ立てるんだ。
さすが吉田に見込まれたことだけはあるわね。
久木山レン――

「………!!」

密林に奥地で息を荒げていたハチミツに向けて、声だけが向けられる

――1度聞きたかったのよ。
どうして危険を冒してまでこの戦場に来たのかをね。
あなたまだ18歳でしょ?
同世代みんな避難していて、戦いになんてまず参加しないわ――

風が葉に揺らされる

――安全に、気兼ねなく……、
この島の惨状がどれほどのものだろうと、逃げていれば、生きてさえいれば、これから先の人生でさらに幸せになることだってできるでしょ?――

葉が舞っていく

――どうして逃げないの? あなたの友人である雨宿スイ君も、目のまえで殺されて。
……逃げてさえいれば、生きてさえいれば、それだけで幸福なものなのに。
どうしてわざわざ死にに来るようなマネをしてるのよ。

「それって、もしかしてあなた自身の話をしているの?
宮城キョウコ先生。」


-―――――――――――-―――――――――――


大型バイクは灰に成りきったのか、炎を勢いを無くし、火の粉だけが残っていた

微かな明かり 僅かな温もり

「おい……っ、いつまでぼさっとしてるつもりだ先公。
休んだんなら、とっとと立ちやがれ……ッ」

座り込んでいた上崎レイジのそばに、大窄カイがずぶ濡れのまま、血を吐き捨てて佇んでいた

「大窄くん……、」

上崎にはとうに戦う気を捨てていた
47区をその脅威の氷で破壊し、殺戮を繰り返し、腕力だけで滝をつくりあげる相手に、どうやっても敵わないことは、火を見るよりも明らかだったからである

「なぜ、そこまでして戦おうとするんだい……。
君もわかっているだろ……
わたし達が勝てるわけがない。
いまこうして戦ってられるのは、
……相手が手加減して遊んでるからだ。
本気を出されたら、私たちはみんな殺される……。」

上崎は地面を這っているアリをみながら、ぼそぼそと呟くだけだった
その教師の頭を、カイは鷲掴みにして無理やり目を合わせた

「は?なにを不貞腐れてるんだ?
そんな暇があったら戦えよ。」


-―――――――――――-―――――――――――

ハチミツは肩の力を抜いて、歩き始めた
静かに、だけど確実な戦意を持って

「なぁに、もしかして宮城先生って死ぬことが怖いの?」

……

声は聞こえない

「ククク、やぁだぁ~~、死ぬことが怖い虐殺者がいたなんて驚きぃぃ~~。」

ハチミツの両足にツララがぶっ刺さる。
苛立ちを現したそれは、若干赤い氷と化していた

「逃げるてさえいれば?
生きてさえいれば?
そんなわけないでしょ、ふざけてんのか?」

ハチミツは足に刺さったツララを、自分の手で無理やり引っこ抜いた
筋繊維と血管が音をたてて千切れていったのがわかる

「ッ………!!
幸せっていうのはね、【殺す気で手に入れるものなのよ】……!!」

―――――――――――

「先公、あの女って確かあんたの女なんだよな。
だったら殺して見せろよ。」

その言葉に上崎は動揺する

「分かってるさ。
あの女はこれまで数えきれない人間を殺してきて、あれは人外だということは俺だってわかる。
だがよ、あんたもそれを分かった上でここにきたんじゃないのか?」

「………。
大窄君はどうしてここに――?」

「あ?
決まってんだろ?【朱】が気に入らねぇんだよ。
夏にぽっと出てきて好き放題暴れやがって。
俺は俺より強い奴が許せねぇんだよ。ムシャクシャして仕方ねぇ。
だからあの女を殺しにきたんだが……。
やっぱりあれは先公がやるべきだな。」


「わたしが…、し、しかし……。」

カイは頭から、上崎の胸倉を掴みあげた

「ガタガタ言うな、これ以上 自分の女が離れていくところみたいのか!?
人さまの恋愛事情なんて、他人が口出していいモンじゃねぇがな、
男なら! 自分の女ぐらい【殺す気で筋を通し見ろよ】!!
本当に愛しているんならな!!
それで相手が報われるなら、自分のことなんて安いもんだろが!!」

大窄カイの言葉に、上崎は目をぱちくりさせるだけであった

「そんなわけだから、戦う気になるまで――」

カイは胸倉を掴んでいる腕を振りかぶって

「面を見せんじゃねぇぞ!!」

上崎レイジを、海に投げ捨てた



海のなかに落下音が響いたあと、何事もないように波が鳴るだけになった


「………!
なんだレン? ずいぶんと大けがしてるじゃねぇか。」

密林から抜けだしたハチミツが、カイと合流する
足からは流れ出た血が凍りつき、腕や体には切り傷が入っていた

「どうにもね。 地雷ふんじゃった♡」

空からスタッと女が目の前に着地する

「……」

さきほどと比べて女の顔は硬く、石のように色気のないものになっていた

「死ねばあの世でスイに会えるだろうし。
勝てば、アイツより強いことになる。
どっちにしろ、この状況は良いこと尽くしだな。」

長い長い夜
12月の季節となると、5時となっても朝日は目をみせないものである
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登場人物紹介

吉田ミョウ/パーフィット (AL)


生徒会七人目の生徒


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