其の百八十五 平和より自由より理想よりも……

文字数 2,311文字

「はっはッはッ!!!
こんなところにいて…、いいんですかい!!??」

空気を圧死させる勢いで振り下ろされた鉄槌は、
軽々と鹿島刑事を壁まで吹き飛ばした

ヒビが入り、あちこちにガレキが飛びちり
別館全体がやや震える

「…ッ………!!」

「あなた様のお孫しゃんが、
不治の心臓病ということは調べがついているんのですよ!!」

床に足跡刻みながら、鹿島目掛けて、正拳突きを繰り出した

「まったく、
ユキちゃんが1人寂しく病室にいるっていうのに、
あなた様はここで戦っているなんて、
さぁすが、市民の平和を守るプロでしゅねぇ~~
尊敬しちゃいますじゃ~~」


間一髪で避けた鹿島は、
さきほどまで自分の居た場所を垣間見る

星空と、大火事に見舞われた47区が目に映った


「もしかして、
ご両親がお見舞いに来ているのですかい?
あ、しゅみません。
ご両親は
【冷夏事件】で亡くなられたんでしたね~~。」

ヌハハハハハハハハ
ギャ――ッハハハハハハハハハハ!!!!!

耳障りな笑い声を聞きながら、
鹿島は深呼吸をしている
拳を握りしめながら

「すみませんすみません。
ワシとしたことが、人の不幸ほど面白いものはなくって。
でもよかったんじゃありましぇん??」

タコは、惨禍に渦中にある47区を見ながら

「病気で外にも出られない人生に
いったい何の価値があるというんです~~??」

タコは、顔面に迫った拳を片手で押さえながら
ギットリとした笑顔を見せる

「気をお静めてくだしゃい…!
そもそも、なにも成せないものに価値などあるわけないでしょ!!」

タコは鹿島を引き付けると、
無慈悲に顔面にカウンターを食らわせた

鹿島の顔はゴム玉のように歪んだ瞬間、
床を突き破って、下層階にまで弾けていった

「人生とは!!
結果を残して初めて価値のあるものですわい!!
――生きているだけでいいよ、だとか
――後で良いことがあるよ、だとか
弱い立場にあるものが!!
いつまでも弱者でいてもいいという自己肯定――
まさに【奴隷】への忠実な道徳観!!」

タコは穴に飛び込み、下層に落ちた鹿島を追いかける

「あぁ…。
嗚呼――
なんと、
なんと…嘆かわしい――ッッ!!
古代において、人類の生きる道は【神】が定めてきた!
【神】の言うことを聞けと!
【神】の示した道を歩めと、言われてきたのに!!
人類は、あろうことか、
その【神さえ殺してしまったのだ】!!
宗教!!
哲学!!
道徳!!
あらゆるものが虚像であると気づいたのだ!!
己が持つ、【知識】故に!!」

ガラリと、椅子と机と天井のガレキをどかしながら、
鹿島は立ち上がった
右目は潰れ、右耳の鼓膜は破れている

「強くなりたくはないのですかい?
ワシは【朱】として生まれただけですが、
その理由ありきで、宮城しゃんは、【朱】を選ばれたのですじゃ。
鹿島刑事
あなたは人間として強くなりたくないのですかい??
障害も病気もしない、
完璧な人間に
完璧で幸せな人生を
望まないのですかい?」


街の火災が広がり、
ビルや家屋、人の生きた証が飲み込まれていく

だが、この空間だけはしばしの
人としての選択が、わずかに持たれた

そして沈黙をやぶったのは人だった

「…自由とは、哀れなものですな。」

人は、手に持つピストルから、薬莢(やっきょう)が空しく落ちる
男は、残った左目で【朱】を睨みつける

「敵とはいえ、
あなたの選択、刻みましょうぞ。
そして、
敵として
むごたらしく、
確実な死を、クリスマスプレゼントとしましょう。
孫娘(鹿島ユキ)と同じようにね。」


鹿島は、煙を吹いている拳銃を投げ捨てて
拳と首の骨を鳴らす


鹿島刑事とタコはお互いに近づいていった
火災と、破壊具合から
その別館自体もいつ倒壊してもおかしくない
だが、2人に動揺は見られなかった

片や、無から命を造られた虚空の殺戮兵器

片や、家族を守るためプロとして命を捨てた只人

いずれにしろ、2人は命を持っていないのだ


【朱】の言う、えげつない合理主義
それは、鹿島にもまたうっすらと
だが、確実に根差していた思想であった

故に、鹿島はなにも言う事はなかった

であるなら、
あの少女――鹿島ユキの人生はなんなのだろうか

生まれたときから
心臓病により、外出もほとんどできず、学校にもいけず
友達すらもできず
たった1人で折り鶴を折り続ける毎日を送ったあの少女は

結果を出すどころか、
万人の土台にすら立てない哀れな女の子

生まれたときから悲しみに抱かれた女の子

小学生を中学生を高校生を
卒業して
大人になり、共に歩む者を見つけ
子を産み、仕事を全うする

それすらも雲にしてしまい、掴めなくなった現実は
いったい幾度、
その家族を苦しめただろう

されど

されど

鹿島ユキは笑ったのだ

病に侵され、現実に詰まれて、

笑い続けた

もっとも苦しく、

もっとも弱い彼女が、誰よりも、

笑ったのだ

鹿島刑事よりも
三島刑事よりも
桜刑事よりも
看護師、医者たちよりも
三尾アヤカよりも
早妃カズミよりも

結果を出せなかったら人生に価値がない

そういうならば、
鹿島ユキという人生を否定できるのか

そういうならば
学校に仕事に、友に恋人に、環境に恵まれた者は
鹿島ユキという女性を否定して良いのか

………

この刑事は否である

彼女は笑ったのだ

たった1人、
10歳にも満たない少女が、宣告された死を前に笑ったのだ!

結果を無くも、
彼女は強く、誇らしく、美しく、
人間のもっともたる尊厳を以て、笑ったのだ

60年以上の歳月を経て培った
鹿島刑事の人生観は、
皮肉にも
自分の幼き孫娘の反逆によって、揺らいだのだ

では――

結果の無い人生に価値は無いのか



否!

断じて否である!!

ならば、
立つのみである
戦うのみである
どんな手を使っても勝つしかないのである

家族を守るためプロとして命を捨てたのなら!!


「この痛みと共に
敬意を捧げましょうぞ、人間(弱者)。」

「俺1人では死なん。
貴様等全員を連れていく。」
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登場人物紹介

吉田ミョウ/パーフィット (AL)


生徒会七人目の生徒


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