其の百九十二 彩羽モモ

文字数 6,428文字

「そりゃそうだよな。
貴様の肉体は、代行者【ココア】のものであって、
お前のものではない。
ほころびが生じれば、こうやって壊れる――。」


女の右顔は完全に割れて、中から腐った別の女性の顔が露わになっていた


宮城キョウコは沈黙している


「代行者ってのは、
天国とか地獄にいる奴から、あの神官が抜擢して就くものだ。
そうなるとき、外見もステータスも調整される。
仕事を終えるための、
パワー
スピード
耐久力
治癒力
パワー上げすぎて肉体保てませんでした、は話にならんからな。
だから代行者になっているヤツは【死者】が基本になる。
オレも何百年前かに死んだ身だ……。」


ルシフェルは一呼吸あけた


「戦うたびに、強くなってはいる。
なのに治すどころに
なぜお前は壊れていっている?
なぜお前は【生きた人間でありながら】、そんな力を身に着けた?
それじゃまるで、
自分を
むりやり上書きしたも同然じゃねぇか。
宮城キョウコ、お前は一体何なのだ。」


-―――――――――――


2011年 3月11日

-―――――――――――




【どうなるんです?
今回の大学受験は?
あのクソったれな津波のせいで――。
こっちの日程は大番狂わせです。
あれからまだ2か月。
生徒たちも不安と焦燥の最中……。
親が死んでるのも珍しくないし、この状況で勉強しろっていうのも……。】


彼らが高校3年生に上がったときは、
人も街も経済も、すべて波の彼方に溺れ、
残りものの詰め合わせのような状態であった

【そういえばさっき授業してきたのですが、
一人欠席している子がいましたね。】

【あぁ…また彩羽か……。
他の生徒は、あの津波で大切なものを失った喪失感を費やして勉学に励んでいるというのに。
あの女子生徒にはまったくその気概が見られない。
まったく、
世の中にはもっと辛い人がいるというのに。】

【……………。】


授業も部活も、その彩羽という生徒はそつなくこなした
苦しいけど
大変だけど
それでも、親の溺死体を見るよりかは楽だったからだ

起きる
食べる
学ぶ
寝る

その繰り返し

国からの支給金もなく
配給は僅か

仮設住宅に入って、太陽が昇るまでひたすら待つ

カキカキカキカキカキカキ

暇つぶしに勉強する

【46億年まえに地球ができた。
あらゆる隕石がぶつかって1つの惑星を創り出した。
マグマオーシャンや海を創り出す大雨―――。
冷え固まって、ようやく大陸ができた。
超大陸――。
そして生命の誕生。
エディアカラ生物群
バージェス生物群。
しかし、ここで最初の大量絶滅。
オルドビス紀――。】

彼女は呟きながら勉強した。
人がいることを証明するように。

カキカキカキカキカキカキ
カキカキカキカキカキカキ
カキカキカキカキカキカキ
カキカキカキカキカキカキ


――彩羽さん、あなたは将来の進路どうするつもり?


【そんなの……。
大学にいって、普通に働くに決まってるでしょ………。】


ずいぶん可笑しなことを彼女はしていた

【お前のようなやる気のないぬるい人間が!!
必死に勉強しているヤツの足を引っ張っている!!!】

課題を出さなかった
彼女の通う高校は厳しいで有名であり怒鳴られることは呼吸に等しいが

【とっととこの教室から消えろ。】



【…………。】

視界に映る木目の床が黒づんでいる

………

…………

【おーい、そこの君ーー。
あそこのボルトとドライバーを取ってくれないかなー。】

不意に声が掛けられる
キリっとした顔に清潔感のある男性だった
一目で教師と分かる

彩羽はイラついたことを表すように
棚の上にあった荷物を強く押し付けた

【うわっと、ちょっと力強くないか?
さっき怒鳴り声が聞こえてきたけど、
君のことかな。
ならちょっと付き合ってくれないか?】

【先生ですよね。
授業とかないんですか?】

【めんどくさいから自習にしたった。
これから車を改造しにいくんだけど、
となりに華のJKがいたらもう最っ高だと、
この僕の脳内妄想プログラムシステムメインコンピューターコアがそう告げているんだ。
中山先生って呼んでくれ。
専門は地学さ。】

【……彩羽モモです。】

【ははよろしく。
学校は狭いだろ?
嫌じゃなかったらガレージについて来てよ。】


――そのときの体験は今でも覚えている
車とかそんなものに興味は持っていなかったから


【奥さん奥さん聞きました?
最近また『ヒーロー』が来たらしいのよ
悩んでいる人や困っている人に向けて、高値で売りつけるっていうアレ!!
また中毒死が出たって。】

【もちろん聞いていますわよ。
まぁ、気持ちは分からなくもないですよ。
なにせ津波で全部持っていかれて、
普通に自殺するだけじゃ味気ないから、気持ちよくなって死にたいことは。
しかしよく考えたモノですわね。
麻薬、『ヘロイン』で死んでいく事に対して、
麻薬売人を、ヒーローがやってきた来たっていう表現は。】


仮設住宅街ではしょっちゅう自殺者が出ていた
大切なもの失ったら死んでしまえということだ

それがブームになっているときに重宝されたのが
『ヘロイン』という麻薬だった

『ヒーロー』は突然目の前にやってくる
誰彼構わず、魔法のクスリを携えて目の前に。
金さえあれば子供にだって麻薬を与えた

【彩羽ちゃん、
また――いいかい?】

そのシワ寄せは、周りに来るというのに

ヒーローが救っていった人たちを燃やすのは、
彩羽モモたち近所の人たちだった

死体を運びだして、ゴミ捨て場で焼却した
こんな状況で墓なんか立てる余裕はなかった

【彩羽ちゃんは死にたいって思ったことある?】

そんなことを聞かれたことがある
普通に考えて、
生きたいと思う人など、ここにはいなかった

【いいえ、
まだ、死にたくは――ありません。】

だから、ここでも彼女は変な人と思われただろう


………

……………


【彩羽ちゃんは大変だったね。
また人が亡くなったんだろ?】

【…ええそうですよ。
男性も女の人も、子供も老人も、
数えるのが面倒なくらい、燃やしてます。
勉強する暇もありません。】

【そんなに勉強熱心には見えないんだけどねぇ。】

【べつに、勉強したいわけではありません…。
大学にいくためには、点数が必要なだけです。
このさき生きていくのに、学力は必要でしょ…。】

中山先生は車にオイルを入れながら笑った

【ハハハハハ!!
無理もないね。あのクソったれな津波のせいでな!!
君はウンザリしてるんだよ。
人が死ぬのは嫌かな?】


【それは――まぁ……。
中山先生は…、どうして教師に…?】

彩羽は顔を後ろめたく反応する

【僕かい?
簡単だよ、教師資格を持っていたからさ。】

【………。】

【不思議に思わないかい?
僕たちは、
生きるために、
お金を稼ぐためにこうやって働いているのに、
元をたどれば、人間が生み出したルールで縛られて、
働かされている。
お金は『鋳造された自由』とはよく言ったもんさ。
望んで産まれたわけではないのに、
僕たちは先人に勝手に託されて、死ぬことすら悪となった
もとより、生命は自由であれたのにな。
君はいま勉強しているだろ?】


ガチャガチャとエンジンをいじる
中山は
彩羽の反応を気にせず話し続ける

【何千、何億、何十億と昔っから生命は子孫を残してきた。
オルドビス紀や
デボン紀、
サンジョウ紀、
ペルム紀、
白亜紀の大量絶滅を経てもなお、
2011年の今日、僕たちは生きている。
秩序や憲法、国も義務も存在しない、
純粋な命がそこには実在したんだ。】

中山は汗を流しながら笑みを浮かべた

【お金に追われ、
世間体に追われ、
学歴に追われ、
人に追われている僕からすると、夢のような世界だよ。
そうやっていったら、地学だけは得意になってね。
趣味感覚だから、別に生徒がどうなってもいい。
進学しようが、
就職しようが、
浪人しようが、
自殺しようが――。
僕はね、自分を救ってくれないこの世界に対して、
真摯に生きるつもりはないよ。
君と同じようにね。】


【私とおなじ……。】


父と母と飼い犬は、風船のように膨れ上がって蟲の住みかになってた
写真も録画データもなくなったので、
彼らの顔は、
彼女の記憶にしかない

【………。】

それもモザイク状でどれが本物の声か顔か分からなくなっているが。

そして月の出ている夜だった

【こんばんわ。彩羽ちゃん。】

中山先生が彼女の前に現れたのは
昼間のようにスーツを着て、黒カバンを持っている

【どうして、こんな夜中に。】

彼の顔は無表情だった

【僕が『ヒーロー』だからね。】



………

…………


中山先生は黒カバンを開けて見せた

【そうだね。
君だと、1袋110万ってところだな……。】

【なにを――言ってるんです……?
どうして先生が……】

彼は顔を無表情のまま口を開く

【なんのために、
昼間 僕は話をしたのかわかっていないみたいだね。】

【………。
これも、自分が生きるための仕事ってことですか…?】

【そうだ。
教師一本で食っていけるほど、楽じゃないんだよ。
だから、こうして『ヘロイン』を売っている。】

周りに人の姿はいない

【っ…、私が、そんなものに手を付けるとでも…?】

【思い込みはいけない。
僕はなにも君がこのクスリを使うなんて思っていない。】

【――なら、どうして……。】

【僕は売人にすぎない。
顧客から金を貰って商品を渡す。
それだけだが――。
教師というスキルっていうのかな。
コミュ力も敬う力も培われて、いまはいくつかの商業を任せてもらってるんだ。
売春、買春、麻薬、風俗、乱交パーティの運営。
だけどね、最近また僕の店の子が足りなくなってきたんだ。
それで――君の体を商品として、迎えにきた。】

中山は内ポケットから紙切れを取り出して
彩羽モモに差し出した

【ふざけないで……。
あたしの体を、そんなふうに言わないで――!!

彩羽に怒りに、
中山は目を逸らすことはない

【なら、『学費』はどうするつもりだ?】

【っ――――】

【分かってるよな。
国公立は50万。
私立大は100万以上の金が最低単位で掛かる。
それを4年分、
さらに日常生活で、
楽しい楽しいサークルで飲み会で
将来のための研修で――。
誰が払う?】


【そ、それは……】

怯んだ獲物に飛び掛かる様に

【お前のことは知ってるさ。
そこにいただけで両親、家もろとも亡くした哀れな女だってことはな。
それで?
それを大学にいったら、免除してもらえるのか。
周りの学生が納めていった学費という献上金を、
まさか身の上話で免除してもらえると思ってはいないんだろう。
はは、大丈夫だよ。
分かるさ。
君は賢い子だから。】


【いやだ……。
そんなことわたしは、……っ。】

【彩羽モモ。
君をこのようにしたの誰だ?
この世界だよ。
金が無ければなにもできないこの世界が。
そこにいただけの君からすべてを奪った、あの海が――。
世界は君を
勝手に生かして
勝手に奪った。
仕方なかったんだ……。
…僕はなにもしないよ。
警察を呼んでも
学校で僕のことを言っても。
僕は君に危害は加えない。
その代わり、自分で選んでほしい。】


紙切れは、彼女に手渡された


その会話から半年後の春


【ハハハ。
君も様に成ったなー、もう店の看板娘だよ。
男どもはみんな君を指名していく。
まったく感染症対策で経費は持ってかれるくらいに。】

【やめて。
それは店の話であって、学校ですることじゃないでしょ。
早くお金渡して。】

中山はしょんぼりしながら、紙袋を渡す

【比例して強くなっちゃったなぁ。】

彼は散っていく桜を見ながら名残惜しそうに、

【今日で彩羽ちゃんも高校卒業だ。
看板娘がいなくなることは寂しいことだが、
もう悩む必要もないか。】

【……どうことよ?】

中山は彼女と目を合わせて

【僕の商業が違法だと、警察に足がついた。
今夜中には強制捜査されて、僕たちは牢屋行きだろうね。】

【は……、なによそれ。
ふざけんじゃないわよ……!!
わたしは大学に行くために体を売ってきたのよ!!!!
その結果が捕まるって――っ!!!!

【落ち着いて、彩羽ちゃん。】

飛び掛かる彼女をおだてながら、彼は鞄を漁り出す

【いつかはこうなるってわかってたよ。
それはそうか。
選ばれた一般市民からすれば、
どうしてこういうことをするのか、理解してはもらえないもんな。】

あの日の夜のように紙切れを取り出した

【こういう節目は来る。
当たり前のように過ごした時間が、急に崩されて変貌するときっていうのは。】

彩羽はその紙切れを広げ中身を読み込む

【これは――
これから先は本当にこうするんですか……。】

【大人にはね人脈と金があるんだよ。
個人情報を書き換えるくらいお手の物だった。
君はこれから、
この地を離れて、晴れて大学にいく。
そこで君は新しい君になる。
もう高校のように苦しむことも、
もう知らない男に抱かれ続けることもない。
君はこれからが幸せになる。
少なくとも、
この造られた自由にしたがえば、ね。】


彩羽モモは紙に目を落したまま、
深呼吸をした

【ねぇ中山先生。
もし、力さえあったらさ、
この世界を壊してもいいかな。】

その言葉に彼は思わず固まった

【国や憲法が無かったら、
私たちはこうやって悩まされることはなかった。
筋とか知性に絡まらないで私たちは、自由でいられたと思う。
そもそも私たちって、
頑張って産まれたのに、
どうしてこんなに生きて、苦しんでるのかな。】

カランっと中山の手からスパナが滑り落ちる

【先生?】

【もう最後だから話すけど、僕には嫁がいた。
そして僕はね、馬鹿だったんだ。
あの津波の日、僕は妻を見殺しにした。】

彩羽は静かに、耳を傾けた

【仕方なかったんだ。
家が倒壊して、妻は下敷きに出られなくなった。
でも
『生きて』って言われてね。
それから僕にとって生きることは、『復讐』になったんだ。
この世界への
救ってくれない神への――。】

中山は、亡骸を拾うようにスパナを持ち上げた

【この一年間。
先生でありながら、欲にまみれたクソったれなクズだったが、
……楽しかった。
亡き妻を君求めて、
教師らしく、君の進学先を考えた。
……すこしだけ楽だった。
あぁでも、
やっぱり(キョウコ)に会いたい……。】


中山は工具を片付けて、運転席に座った

【これはね。
妻と新婚旅行にいくための車だったんだ。
長かったけど、やっと修理できた。
このガレージは時間が来たら、崩れる仕組みなっている。
君は早く行くといい。】

【私がこの世界を滅ぼす。】

彩羽は運転席にいる
中山と目を合わせるために屈んだ

【あなたのためじゃない。
もしも、世界を滅ぼせる力を貰ったら
この世界のなにもかも壊して、全員殺して、
私の幸せの世界をつくるためにね。
『だから貴方も見守って』。】

彩羽モモが慣れない様子で声音を変えたのを
教師は笑った

【間違ってなかった。
君には、妻の名前もよく似合う。】


-―――――――――――


「私は――、
私の名前は……【宮城キョウコ】――っっ!!!!
この世界を滅ぼすのために!!!!
この世界の枷を壊し、新たな世界――、
新世紀を造るために!!!!
悉くを凍てつかせる魔の女としてここに在る者!!!!


宮城キョウコは天に残った左腕を付き上げる


「オルドビスーーーーーーッッッッ!!!!!!
この私に、
すべての力を寄こしなさいいいいいーーーーッッッ
悪を滅せぬ弱き女は、
不要だああああーーーーーーーっっっ!!!!!!


宮城の叫びに共鳴して、
47区に残った氷が
森を侵食し、海を白紙にしたすべての氷が
彼女に集まっていく


「ヤツだって分かってるはずだ。
自分の体がもう朽ち始めていることに。
それを承知で、
ここにきてマックスパワーとは。
なるほど、そうとうの馬鹿女らしい。」


ルシフェルは地から見上げて、
鼻で笑った
自分の体を気にしないものが馬鹿以外なんというか

彼の髪が蒼く炎のように揺らめく


「ならば、
男として(お前)を超える馬鹿になろう……ッッッ。
全身全霊全力を持って、
宮城キョウコ、
貴様を打ち砕く―――ッッッ!!!!!!


女の体は、バランスが保てなくなり
皮膚が全部剥がれ落ちていく
髪は結晶となってダイヤモンドのように輝き
左半身は女性のように細やかな白い氷粒子が
右半身は血を取り込んで朱く硬く、
右腕に至っては、つま先まで届くほどに朱氷の義腕になっていた

ニチャリと彼女が笑う
もはや人としての姿を失った化け物となった

「全ては、(キョウコ)の元に―――」

太陽すらも翼と化した
最後の躍動である
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登場人物紹介

吉田ミョウ/パーフィット (AL)


生徒会七人目の生徒


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