其の三十三 夏の夢 

文字数 1,459文字

 死んだ理由など誰にも答えられない。
 
 ジジ―イイ――ィィ――
 ジジ―イイ――ィィ――
 ジ―イ――ィ――
 
 二週間前くらいに見た景色を夢見た。
 どことなく哀愁漂う不気味な夢。
 手元に置いてあるカップに目をやる。
 「あ……?」
 淹れたてなのか真っ黒な液体から湯気を立てている。
 おそらく口はつけられていない。
 前をみると私と同じようなカップが置かれている。
 しかし、置いているだけで人は居なかった。
 椅子が斜めに引かれてることから誰かが座っていたことは予測できる。
 ではどこに?


 あたりを首だけを回してグワングワンと見渡す。
 薄汚れた白い天井。
 黒い長机が横に三列、縦に九列。
 床は若干のピンク色をしているが、やはりどこか黒づんでいる。
 窓が一か所だけ開いていて、そこからまだ生き残ってる蝉の鎮魂曲が聞こえる。
 雲一つなく、太陽が全てを照らしていた。カラッと明るく、平和な日常のように。
 そのことが私の手を足を目を、脳みそを寄生虫のように黒く支配していった。
 椅子を蹴り飛ばし、
 ガラス棚に叩きつけた。
 耳の中をえぐるように、音を立ててガラスはバラバラに砕けた。
 「……さいてい。」
 幾ばくかもやが晴れた気がした。


 カップを持ったまま私は廊下を歩いた。

 そうして廊下に座り込んだ。
 特に何もなかった。
 生徒は誰一人いなかった。
 だれもおらず、音もなく、視界に入るものは全て不変のまま。
 カップを持ち直して、熱を手に頭に胸に伝える。
 わたしは―いきている――
 わたしは―まだいきている――
 音が聞こえないのが、不変が、誰もいないのが、
 この上なく、私を死へと追いやっていく。
 私以外みんなしんじゃったんじゃないのかって。
 私だけがしんじゃったんじゃないのかって。
 そう思うと胸がはりさけそうだった。
 だれか、だれかだれか、
 だから声をだして確かめたかった。
 人がいることを。
 わたしがいきてることを。
 だけど、言葉を口にしたくなかった。
 何もなかったら?
 誰からも返事がなかったら?
 それは、自分が死んでいることの何よりの証明になってしまう。
 ああ、恐ろしい。怖い。怖いのよ。
 通ってきた廊下を振り返る。
 「―――」
 真昼の太陽がガラス越しに入ってきて白く輝き、鳥がチュンチュンと舞っている。
 その夏のような純白さが、穏やかな日常が、私を―私の精神を歪ませていく。
 悲鳴をあげながらねじ曲がっていく。
 やめて。
 やめて。やめてやめて。
 私はもう違うのよ。
 視界が滲む。
 私には何も無いの。無くなったの。
 心臓が鼓動を急かし、呼吸を、精神を乱していく。
 カシャんとカップは床に砕け散り、黒い液体が床に広がっていく。
 熱を帯びた手で顔を覆う。
 涙を、包帯を巻かれた手で拭き上げていく。
 だが、栓を抜いた風呂のように、涙はあふれ出し包帯もカッターシャツも湿っていくだけになった。
 「ヒグ……お、母さん、お父、さん――。」
 喉の震えに痛みを増していくが、それでも絞りだして声をだしていく。
 「また、いっしょに、ごはん、たべよ……?」


 何も変わらなかった。
 諦めたように私はペタンと座りこんだ。
 カップの破片が散乱し、指先には液体が近づいて来ている。
 「………」
 どうだってよかった。
 制服が汚れようが、怪我をしようが、声を掛けてくれる存在はいないのだから。

 「大丈夫!?早妃!?あちゃちゃ、カップは割れちゃったか――。」
 私の手をとって、その人物は濡れないようにハンカチで液体を押さえている。
 ほんと、吉田先輩は変わっている。
 
 
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登場人物紹介

吉田ミョウ/パーフィット (AL)


生徒会七人目の生徒


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