16-4.その危うさこそが

文字数 960文字

 ブランコを軽く揺らしながら拓己は冬の木立を見上げる。
「美登利さんのやることっていつもそう。めちゃくちゃにかき回して引っ掻き回されて、かと思ったら、案外落ち着くところにうまく落ち着いてたりする」

「偶然だろ」
「かもしれないけど、そのへんの加減というか、ここまではやっても大丈夫、みたいな線引きっていうか。そういうバランスがすごいと思うんだ。だから近くにいるのをやめられない」
 拓己は笑って、だけどすぐに表情を陰らせた。

「でも僕時々思うんだ。美登利さんはそうやって、いつもギリギリのところにいるんじゃないかって。わからないけど、ギリギリのところで踏ん張ってるんじゃないかって」
 その危うさこそが、彼女の最大の魅力なのではないか。

「なんのことだよ」
 抽象的な話をまったく理解できない様子で正人が顔をしかめる。
「わかんなくていいんだよ。池崎はさ」
 吐き出すように言って拓己は立ち上がる。

「で、そのときいろいろわかって。お互いの名前とか美登利さんがいっこ上なこととか。青陵の話を聞いて、どうしても行きたくなったんだ。中等部は寮がないから諦めてたけど、ここよりもう少し学校に近い親戚の家から通わせてもらうことができて、嬉しかったなあ。本当に良かったよ。今じゃ片瀬や池崎と友だちになって須藤や小暮とも知り合えて」
 ね? と拓己に笑いかけられて正人も素直な気持ちで「そうだな」と頷く。

 参道の階段で立ち止まり拓己は海を見下ろす。
「くだらない町なんて思って悪かったなって思ってるんだ。だってやっぱり、ふるさとだものね」
 そのときだけは正人も自分の故郷を思って、少しだけ切なくなった。



 そうやってすごすうちに大晦日がやってきて拓己の家は親戚を迎える準備で忙しいようだった。
「ごめんなさいね。落ち着かなくて」
 拓己の母親が言ってくれるのに正人はふるふると首をふる。

 拓己の妹や弟たちの相手をしながらカラオケ機器の配線を手伝っていた正人は、懐かしいものを見つけてしまった。

 とある演歌のカセットテープ。中川美登利に山茶花と聞いたときに思い出したあの曲だ。
 曽祖母がよく口ずさんでいて正人も一緒に歌ったりしていたが歌詞がまるで思い出せない。

 興味を引かれて歌詞カードを読んでみる。
 凍りついた。めちゃくちゃ不倫の歌だ。大人になって知る衝撃である。
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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