1-9.今、始まったばかり

文字数 838文字

 にこにこにこにこ。なんの悪意もない笑顔で美登利は後ろ手に持っていたそれを、正人の目の前に翳した。
「――――――!!

 鷲掴みに奪おうとした正人の手をひらりとかわし、再び後ろ手になりながら美登利は距離を取る。

「どうして、それ……どこで……」
 驚きのあまり、うまく言葉が出てこない。
「それはナイショ」
 くすりと笑って美登利は目を細める。
「それはもう、びっくりしたけどねえ、私も。まさかこれが……」
「わあああ!!

 下校途中の生徒たちが正人に注目する。美登利がたっと走り出す。正人は後を追いかけた。
 人気のない校舎裏で美登利は改めて正人の目の前にそれを翳した。

 一枚の写真。写っているのは三歳か四歳くらいの女の子だ。ピンク色のふわふわのドレスに、肩まで伸びた髪にはリボンの付いたカチューシャをしている。
「あんた、どこから、それを……」

「池崎正人くん」
 びくっと心臓が跳ね上がる。
「これ、人に見られたくない?」
「う……」
「見られたくないんだよね」
「……っ」

 正人はこれまで、どう転んでも理解し合えるとは思えない相手を黙殺することはあっても、取り立てて人を恨んだり呪ったりすることはなかった。
 しかしまさにこのとき。彼は肉親を、男の子の次は女の子が欲しかったという理由だけで幼かった自分に女の子の扮装をさせて喜んでいた母を、それを止めなかったばかりか正人の傷心を笑い話のタネにしている父を、そしてそんな過去の汚点の結晶というべき写真の数々を後生大事に抱え持っている兄を、心の底から憎いと思った。

「これ、黙っててほしいのなら、わかるよね?」
「あんた、自発的にって、言ってたじゃないか!」
「うん。だから、自発的に入ってくれるようにお願いしてるんだよ」
「…………」

 ああ、狐に睨まれたうさぎの気分。正人の肩ががっくり落ちる。
 勝利の微笑みを浮かべ、中川美登利が正人の手をがっちり握る。
「それじゃあ、さっそく来てもらうよ。体育祭の準備で忙しくって」

 池崎正人の受難は今、始まったばかりである。
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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