38-2.「出すもん出せや」

文字数 1,103文字

「くっそー、マジで負けた」
 テーブルで宮前が声をあげた。
「おまえ弱すぎ」
「巽さんとならどっちが強いっすか」
「やったことないからなあ」

 そこで琢磨が美登利に訊く。
「巽はもうあっちに戻ったのか」
「うん。昨日の夕方」
「ああ、そうだ。巽さんが彼女連れてきたってマジ?」
 宮前がへろっと言うのに、琢磨はしまったと顔をしかめる。
 案の定、達彦が固まっている。
「連れてきたねえ」
 思ったより美登利が普通そうで逆に琢磨は心配になったが。

 こっちに寄ってきた宮前が興味津々で正人に尋ねる。
「池崎は夏に会ったんだろ、その彼女さん」
「はい、まあ、面白い人っす」
「町内中の噂だってからさ。おかんが騒いでた」
「困っちゃうね。別にさ、ハタチもすぎてるんだし普通のことじゃない。たしかにあのお兄ちゃんが僕の両親です、なんて人並みにやってる姿は笑えたけど」

 聞いてられなくて、琢磨は慌てて財布を取り出した。
「おい、おまえら。これで豆とフルーツ買ってこい」
「なにさ、急に」
「好きな豆選んでいいぞ」
「アイスも買っていい?」
「いくらでも買ってこい」
「やった、行こう」
 美登利がエプロンをはずしてコートを持ったので、正人も立ち上がって琢磨に会釈した。

 三人が商店街へ向かうのを見届けて琢磨は胸を撫でおろす。
「巽が、なんだって?」
 はあっと煙草に火を点ける。
「おまえも吸うか? 我慢してんだろ」
「巽がなんだって? 知ってること全部話せ」
「知りたきゃ出すもん出せや。それ相応じゃねえと全部は教えらんねえよ」
 達彦は舌打ちして自分の財布を取り出した。




 気を使わなくていいのに。琢磨の見え見えの行動に美登利は苦笑する。まあ今頃は、人の傷心をネタに荒稼ぎしているのだろうが。
 どうしたって達彦は知るのだろうから別にかまわない。なにをどう知っているのか探りを入れるのも疲れるし、琢磨が話すのならそれはそれでかまわない。

 だったらこっちも散財してやろう。にやりとして美登利は男たちを誘う。
「寒いからお汁粉食べに行こう」
「岡西な。行こう行こう」
「美味しいんだよ、池崎くん知らないでしょ」
「いいのか?」
「タクマはこんなことで怒らないよ」
「ったく、付け上がってるよな。おまえはよ」

 楽しそうな美登利に宮前が改めて訊く。
「で、巽さんは卒業したら帰ってくるのか?」
「いや、彼女さんとあっちで一緒に暮らすんだって」
「へーえ」
「へーえ、だよ」
 もう笑いしか出てこない。

 夏にあんなに泣いたのが嘘のように、今度は涙も出なかった。両親と談笑する榊亜紀子を見ていても、兄と微笑み合う様子を見ていても、心は不思議とざわめかなかった。嘘のように、さざ波ひとつ立たずに凍りついたように。
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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