19-5.女同士だからこその強み

文字数 989文字

「愛の夢……。憎い選曲だね」
「うん」
 ぼんやりした表情になる和美に今日子がそっと話しかけた。

「チョコレート、わたしに行かないんですか」
 びくっと反応した和美に責めるような眼で見られても、今日子は怯まない。
「案外、待ってるかもしれないですよ」
「そうだ、そうだ」
 腕組して同意する美登利を、和美はほとんど睨むようにして見る。

 美登利は平然とその視線を受け止めた。
「言っとくけど私、澤村くんにチョコあげたことなんて一度もないから」
 もらったことならあるけれど、とでもいうような口ぶり。
「だから、待ってるとしたら和美さんのことだよ」

 この人はどうしてこんなに憎たらしいのだろう。平然と人の気持ちをかき乱して、逃げも隠れもせず堂々と、酷いことを平気で言ってのけるのだ。
「わかった。行ってくる」
 ここまで言われて動かなかったら女がすたる。

 見送って美登利と今日子は顔を見合わせる。
「珍しいですね、あれだけ背中を押してあげるなんて」
「今日子ちゃんこそ」
「美登利さんが言いたそうな顔してたからです」
「だってさ、もうそろそろ動かないと、あと一年なんだし」
 私もそういつまでも甘えてられないし。小さく付け加えられた言葉に今日子は顔を上げる。

「美登利さん」
「うん?」
「言うまでもないですが、私は卒業後も美登利さんのそばを離れませんから」
 女同士だからこその強みと野望。
「離れませんから」
「変わってるなあ、今日子ちゃんは」
 なんともいえない表情で、とにかく美登利は微笑んだ。




 河原の芝生の東屋で、綾香はおずおずとチョコにしては大きな箱を取り出した。
 覗いてみる。大きなハート型のチョコレート、に正人には見えた。
「中はスポンジなんだ。綺麗に形にならなくて大きくなりすぎちゃった」
 食べれば一緒だろ、と返しそうになって正人はかろうじて言葉を止めた。
「ありがと」
「うん」

「あのさ、今言うのも無神経かもだけど」
「え……」
「お返しにさ、欲しいものとかしてほしいこととか考えといてくれる? 自分で考えたってわからんし、だったら本人に決めてもらった方がいいと思って」
 それは多分、彼の精一杯の気遣いで、それ以上を望んだら罰が当たってしまう気がした。

 恋の速度や気持ちの在り方なんて人それぞれで、焦りや押しつけで力を入れてしまえばそれはきっと壊れてしまう。目覚めていたそれだって、壊れてしまう。そんなことはしたくない。
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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