9-2.暴挙

文字数 923文字

「ああ。美登利さんのことあだ名で呼ぶよね。幼馴染でもさ、一ノ瀬さんや宮前さんとはまた違う感じ」
 拓己は意外にも淡々と語る。
「一ノ瀬さんなんかちょっと突き放した感じがするけど、澤村先輩は子どもの頃のままなんだな、きっと」

「子どもの頃、可愛かっただろうな。中川先輩」
 ぼそっと片瀬がつぶやきを落とす。
「片瀬ってけっこう言うよね」
 拓己は苦笑いする。
「可愛いに決まってるだろ。写真とか見てみたいよなあ」

 写真というフレーズで正人の記憶が呼び起こされる。
 この頃すっかり当たり前のように委員会の活動にとっぷり漬かってしまっていたが、もとはといえば。
(おれのガキの頃の写真で脅されたせい)
 久しく忘れていた怒りがぶり返してくる。反動とでもいうべきか、正人は自制がきかなくなりそうなほどに気が高ぶってくるのを感じていた。だから。

「みんな、おつかれさま」
「今日もありがとうね」
「しばらく土を寝かせるから作業はお休みだよ。苗が届いたらまたよろしくね」
 和やかに皆が言葉を交わしあっている中、唐突に、正人は反撃を繰り出してしまったのである。 
「そういうけどなあ、おれだってあんたの弱みを知ってんだぜ!」

 皆が一斉に正人を見る。視線が自分に集まったことで一瞬怯んだ様子を見せたものの、正人はすぐに居直ったようにぐいっと目を据えて美登利の方を見た。

「なんなの、藪から棒に。大体なにさ、私の弱みって」
「言うもんか。言うんだったら、生徒全員の前で言ってやる」
「ずいぶん物騒なこと言うじゃない」
 美登利の声のトーンがわずかに下がったのを察して横から拓己が正人の腕を掴んだ。
「やめろって」
「うるさい」
 正人は邪険に拓己の手を振り払う。
「おれはもう、あんたの言いなりになんかならないからな!」

 正人の宣言を聞いて拓己と片瀬は顔を見合わせ、坂野今日子は顔をしかめた。これはもう暴挙としか思えない。

「ばか言わないの。私に弱みなんかあるわけないでしょ」
「嘘つけ。おれは知ってんだ」
「なにをムキになってるのかな、この子は」
「ガキ扱いしてんじゃねえよ」
「それで、どうしてあなたが私の弱みとやらを知ってるの?」
「それは……」
 応酬の流れから口を滑らせそうになった正人は慌てて唇を嚙み締めた。
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登場人物紹介

・池崎正人


新入生。持ち前の行動力と運動能力で活躍するようになる。負けず嫌いで男らしい性格だが察しが悪い。

・中川美登利


中央委員会委員長。容姿の良さと性格の特異さで彼女を慕う者は多いが恐れる者も多い。

・一ノ瀬誠


生徒会長。美登利の幼馴染。彼女に動かされているようでいて、実はいちばん恐れられている。

・綾小路高次


風紀委員長。堅物で融通が利かないが、意外な一面を持っていたりもする?

・坂野今日子


中央委員会書記。価値観のすべてを美登利を基準に置き絶対的に従っている。

・船岡和美


中央委員会兼放送部員。軽快なトークが得意。

・澤村祐也


文化部長。ピアノの達人。彼も幼い頃から美登利に心酔している。

・安西史弘


体育部長。際立った運動能力の持ち主で「万能の人」とあだ名される。性格は奇々怪々。

・森村拓己


正人の同級生で同じく寮生。美登利の信奉者。計算力が高く何事もそつなくこなす。

・片瀬修一


正人の同級生。総合的に能力が高く次期中央委員長と目される。マイペースで一見感情が鈍いようにも見えるが。

・小暮綾香


正人の同級生で調理部員。学年一の美少女。

・須藤恵


綾香の親友。大人し気な様子だが計算力が高く、けっこうちゃっかりしている。

・宮前仁


美登利と誠の幼馴染。市内の不良グループをまとめる櫻花連合の総長になるため北部高校に入学した経緯を持つ。

・錦小路紗綾


綾小路の婚約者。京都に住んでいる。

・志岐琢磨


喫茶ロータスのマスター。元櫻花連合総長。美登利たちの後ろ盾のような存在。

・中川巽


美登利の兄。初代生徒会長。「神童」「天才」と称されるものの、人間的に欠けている部分が多い。それゆえに妹との関係を拗らせてしまう。

・榊亜紀子


美大生。芸術に精魂を傾ける奇抜な性格の持ち主。

・村上達彦


巽の同級生。生い立ちと持って生まれた優秀さのせいで彼もまた拗らせている。中川兄妹に出会って一層歪んでしまう。

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